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第九章 知識と勇気で
9.29 ユドークス教授から渡されたもの
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すべてが寝静まった夜更け。
サシャは、秋都の太守ホセが用意してくれた部屋からそっと立ち去った。
サシャの身を心配するホセやルーファスの気持ちは痛いほど分かっている。闇に沈んだ廊下から静寂に満ちた街路へと音も無く進むサシャのしっかりとした鼓動に、エプロンのポケットの中から首を横に振る。しかし、サシャの決意を翻すことは、……誰にもできない。
「この刻限だと、城門はすべて閉まっているぞ」
秋都の城壁が見えてきた頃、一人と一冊の背後で嗄れた声が響く。振り向かずとも、一人と一冊の背後にユドークス教授がいることは、気配だけで分かった。
「来なさい」
サシャの横に立ったユドークス教授が、城壁に沿った横道の方へとサシャを誘う。
「こっちに、緊急用の潜り戸がある」
ユドークスの言葉通りに見えてきた、秋都の大門の横にある小さな扉から、一人と一冊はユドークス教授と共に都の外へと出ることができた。
「少し遠いが、山の方に行けば、古代の神殿跡がある」
続いて響いた、ユドークスの言葉に、サシャの身が固くなる。
「メイネから色々聞いてな、少し調べてみただけだ」
警戒するトールの耳に聞こえてきたのは、飄々としたユドークス教授の、意外な台詞。
「メイネは、な、……儂の息子だ」
暗がりでも、サシャのきょとんとした表情が分かったのだろう、ユドークス教授が声を立てて笑う。南苑の石工だったユドークスは、配偶者の死をきっかけに医学を志し、南都と帝都で医学を修めた。息子であるメイネが自由七科を修めるまでは南都で一緒に暮らし、その後は、八都を放浪する生活に入ったが、歴史学を修めて南苑中を放浪するメイネとは手紙で学問上のやりとりを続けているらしい。
「メイネはな、今、南苑に伝わる『古代の人々が使っていた魔術』に興味を持っているらしい」
そう言いながら、ユドークス教授は肩に掛けていた鞄から分厚い本を取り出し、サシャに渡した。
「南都の教授用図書館の奥の本棚に突っ込まれていた本だそうだ」
渡された本のがさついた表紙が、サシャのエプロンの胸ポケットに入っているトールの背表紙に触れる。脳裏に流れ込んできた本の概要に、トールは言葉を失った。
『他人に乗り移る方法』
『神に愛されるために』
『敵対する拠点を滅ぼす』
『他人を操る術』
『永遠の命を得る』
いくつかは、東雲の『象牙の塔』で先の東雲王配リーンから渡された魔法の本に書かれていたものと同じ魔法。だが、初めて聞く魔法もたくさんある。まさか、これが、……南苑の神帝候補ディーデが探していた『魔法の本』なのか?
「帝都で、この本が助けになると良いのだが」
渡された『本』の内容を小さい字でサシャに告げるトールの耳に、ユドークスの微笑みが響く。
「ありがとう、ございます」
渡された本を手にしたまま、サシャはユドークスに向かって大きく頭を下げた。
この本が、サシャの助けになるだろうか? トールの冷静な部分が小さく唸る。ディーデという『敵』を知るためには必要だと思うが、果たして。ユドークスに別れを告げ、教えられた小道を辿るサシャの鼓動が速くなった気がして、トールは無意識に首を横に振っていた。
サシャは、秋都の太守ホセが用意してくれた部屋からそっと立ち去った。
サシャの身を心配するホセやルーファスの気持ちは痛いほど分かっている。闇に沈んだ廊下から静寂に満ちた街路へと音も無く進むサシャのしっかりとした鼓動に、エプロンのポケットの中から首を横に振る。しかし、サシャの決意を翻すことは、……誰にもできない。
「この刻限だと、城門はすべて閉まっているぞ」
秋都の城壁が見えてきた頃、一人と一冊の背後で嗄れた声が響く。振り向かずとも、一人と一冊の背後にユドークス教授がいることは、気配だけで分かった。
「来なさい」
サシャの横に立ったユドークス教授が、城壁に沿った横道の方へとサシャを誘う。
「こっちに、緊急用の潜り戸がある」
ユドークスの言葉通りに見えてきた、秋都の大門の横にある小さな扉から、一人と一冊はユドークス教授と共に都の外へと出ることができた。
「少し遠いが、山の方に行けば、古代の神殿跡がある」
続いて響いた、ユドークスの言葉に、サシャの身が固くなる。
「メイネから色々聞いてな、少し調べてみただけだ」
警戒するトールの耳に聞こえてきたのは、飄々としたユドークス教授の、意外な台詞。
「メイネは、な、……儂の息子だ」
暗がりでも、サシャのきょとんとした表情が分かったのだろう、ユドークス教授が声を立てて笑う。南苑の石工だったユドークスは、配偶者の死をきっかけに医学を志し、南都と帝都で医学を修めた。息子であるメイネが自由七科を修めるまでは南都で一緒に暮らし、その後は、八都を放浪する生活に入ったが、歴史学を修めて南苑中を放浪するメイネとは手紙で学問上のやりとりを続けているらしい。
「メイネはな、今、南苑に伝わる『古代の人々が使っていた魔術』に興味を持っているらしい」
そう言いながら、ユドークス教授は肩に掛けていた鞄から分厚い本を取り出し、サシャに渡した。
「南都の教授用図書館の奥の本棚に突っ込まれていた本だそうだ」
渡された本のがさついた表紙が、サシャのエプロンの胸ポケットに入っているトールの背表紙に触れる。脳裏に流れ込んできた本の概要に、トールは言葉を失った。
『他人に乗り移る方法』
『神に愛されるために』
『敵対する拠点を滅ぼす』
『他人を操る術』
『永遠の命を得る』
いくつかは、東雲の『象牙の塔』で先の東雲王配リーンから渡された魔法の本に書かれていたものと同じ魔法。だが、初めて聞く魔法もたくさんある。まさか、これが、……南苑の神帝候補ディーデが探していた『魔法の本』なのか?
「帝都で、この本が助けになると良いのだが」
渡された『本』の内容を小さい字でサシャに告げるトールの耳に、ユドークスの微笑みが響く。
「ありがとう、ございます」
渡された本を手にしたまま、サシャはユドークスに向かって大きく頭を下げた。
この本が、サシャの助けになるだろうか? トールの冷静な部分が小さく唸る。ディーデという『敵』を知るためには必要だと思うが、果たして。ユドークスに別れを告げ、教えられた小道を辿るサシャの鼓動が速くなった気がして、トールは無意識に首を横に振っていた。
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