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第九章 知識と勇気で

9.27 ウォルターと共に、……何処へ向かう?

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 辺りがすっかり明るくなる前に、ウォルターと共に白竜はくりゅう騎士団の館を出る。

 目指すのは、帝都ていとの北側郊外の丘の上にある、星読ほしよみの塔。だが、……それで、ウォルターの身は安全になるのだろうか? 帝都からもっと離れた場所でウォルターを匿ってもらった方が良いのではないだろうか?

 木々が少ない、崩れそうな岩肌をみせる山道に時折足を取られるウォルターを庇うように歩くサシャを見上げ、懸念を背表紙に並べる。トールの焦燥に、サシャは唇を横に引き延ばし、そして小さく頭を振った。現状では、星読みの塔以外の避難場所は、思いつかない。帝華ていかの東端にある黒竜こくりゅう騎士団領には疫病が蔓延っている。秋津あきつ北向きたむく夏炉かろ東雲しののめも、帝華に隣接する国々は、歩いて向かうには遠すぎる。泣きそうな瞳を伏せたサシャに、トールも小さく頭を振ることしかできなかった。とにかく、星読みの塔に行こう。塔にいる星読み博士ギュンターに相談すれば、何かアドバイスをくれるはずだ。……ウォルターが神帝じんてい候補の身代わりであることだけは、伏せなければいけないが。

 だが。

「どこへ行くんだ? こんな朝早くに」

 星読みの塔がある丘の中腹で、見知った嫌な影がサシャの進路を塞ぐ。

「星読みの塔、です」

 とっさにウォルターを背後に庇ったサシャは、嘲りの笑みを浮かべたディーデを静かに見据え、感情を浮かべることなく事実を口にした。

「ふうん」

 サシャの答えに唇を曲げたディーデが、道を譲る仕草をする。ディーデが空けた空間を小走りで通り抜けたサシャを無視すると、ディーデはサシャの背後にぴったりとくっついていたウォルターの細い腕を掴み、自分の方へと引き寄せた。

「ウォルター!」

 酷薄な笑みを浮かべたままウォルターの腕を捻るディーデの肩に、サシャの腕が伸びる。痛みに泣くウォルターの歪んだ顔がトールの視界を横切った次の瞬間、ウォルターをディーデから引き剥がしたサシャの身体はウォルターと共に、崩れた道の端から崖下へと滑り落ちていた。

「……痛いなぁ」

 サシャの身長の倍はある崖の上に、右肩を押さえたディーデの崩れない哄笑が見える。

「助けてやろうか」

 投げやりなディーデの言葉に、サシャは毅然と首を横に振った。

 そのサシャに大きな嘲笑を見せたディーデの姿が、トールの視界から消える。

「大丈夫?」

 ディーデが消えたのを確かめたサシャは、腕の中で守っていたウォルターを地面に立たせ、ウォルターに怪我がないことを確かめた。幸いなことに、サシャの方にも怪我は見えない。この場所から山道へと戻る方法を見つけさえすれば、星読みの塔に辿り着くことは可能。自分とウォルターの服についた土埃を払うサシャの蒼白い顔を確かめてから、トールはぐるりと辺りを見回した。一人と一冊、そしてウォルターが今居る場所は、崖の途中にできた小さな段差。二歩踏み出せば、かなり下方に見える茂みの中に落ちてしまう。かといって崖を登ることも難しい。落ちてきた小さな石のかけらに、トールは唇を噛み締めた。どうすれば、ここから脱出できる?

 首を傾げたトールの視界に、崖に刻まれた亀裂が映る。その亀裂の、朝の光で影になった部分が、釣り竿を肩に担いだ巨人のようになっている。これは。動悸を、鎮める。まさか。

[サシャ!]

 最速で、背表紙に文字を並べる。

 エプロンの胸ポケットに入っているトールに頷くと、サシャは一歩横に進み、崖の亀裂に顔を近付けた。

「……!」

 崖の亀裂が作る影を上から下まで確かめたサシャの顔色が、僅かに血の気を帯びる。崖の亀裂に刻まれていたのは、古代の神の像。釣り道具を肩に担いだ『運命を釣るもの』。サシャの頭上から崖下の茂みまでの大きさを持っているから、西側のかなり遠くの地点までサシャを運んでくれるだろう。西に行けば、ルーファスさんが療養している秋都あきとがある!

「ウォルター、目、閉じて」

 サシャの言葉に、ウォルターが素直に頷く。

 ウォルターを抱き寄せたサシャが亀裂に頭を下げると、亀裂の横に僅かな光が見えた。

 サシャの足が、その光の方へと進む。何歩も歩かないうちに、光は消え、帝都北側の丘よりも密集した木々がサシャとウォルターを出迎えた。

「ここ、どこ?」

 ぐるりと辺りを見回したサシャが、はっとした表情で一歩踏み出す。

 木々の間、遙か下方に見えたのは、蕩々と流れる大河と、緑から黄色に染まった畑、そして柔らかな光に霞む秋都の城壁。
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