306 / 351
第九章 知識と勇気で
9.16 西海からの神帝候補①
しおりを挟む
夏至を過ぎた、ほぼ上から降り注ぐ日差しの中、立ち止まってしまったサシャの速くなった鼓動に、目の前に立ち塞がった人物を睨む。
「おやおや、これはこれは」
神帝公邸内、謁見の間と大聖堂に挟まれた中庭を囲む回廊で一人と一冊の前に現れたのは、南苑の神帝候補ディーデ。
「子供をさらい、墓を荒らした上に、神帝の宰相を弑した者が、この公邸に現れるとは」
サシャの冤罪を口にして不敵な笑みを浮かべたディーデに、気分が悪くなる。神帝ティツィアーノの宰相ガストーネが殺された件については、友人カジミールとその恩師マクシムの証言によってサシャへの疑いは晴れている。子供さらいの件も、墓荒らしの件も、サシャには全然関係のないこと。
[大丈夫]
俯いてしまったサシャに、エプロンの胸ポケットの中からサシャにしか聞こえない声を掛ける。ディーデが何を言おうと、神帝候補の地位を剥奪できるのは神帝だけ。その神帝ティツィアーノが、子供さらいの件も墓荒らしの件も宰相の件もサシャとは無関係だと裁定している。神帝候補位を剥奪する理由の軽重に規定は無いが、その昔、神帝候補位の剥奪が乱用された結果八都中が一触即発の状態になったため、神帝候補位の剥奪は避けるようになっていると、東雲でサシャが師事していたグスタフ教授は言っていた。
なぜディーデは、サシャに拘泥するのだろうか? ふと脳裏をよぎった疑問に、視線をディーデの方へと戻す。執拗なところは、かつてトールを逆恨みし、サッカー部に嘘の噂を流したあげくトールを殴って大怪我を負わせた中学校の時のサッカー部のあの先輩に似ている。
「何をしているのです?」
嗄れた、しかし威厳を備えた声に、サシャの呪縛が解ける。
顔を上げると、背後に白竜騎士団長イジドールを従えた神帝ティツィアーノの、小柄だが堂々とした姿があった。
「西海からの神帝候補はまもなく到着する。そう連絡がありましたよ」
ティツィアーノの指摘を受けたディーデが、ティツィアーノに頭を下げてから謁見の間に消える。今日、サシャがここにいる理由は、北向の神帝候補として西海から来る神帝候補を出迎えるため。サシャも、回廊側に開いた出入り口のどこかから謁見の間に入った方が良い。イジドールと共に謁見の間に入っていくティツィアーノの背を見送るサシャに、トールは大きく頷いて見せた。
西海の神帝候補は、どんな人物なのだろう? 謁見の間に入ることを躊躇うサシャを見上げ、首を横に振る。ディーデのように、サシャを虐める輩でないことを祈りたい。そこまで考えたトールの視界は、不意に横にずれた。
「……」
無言のままサシャの腕を掴み、謁見の間に引き込んだ大柄な影に、ほっと息を吐く。
「バジャルド、さん」
小さく発せられたサシャの声も、どことなくほっとしているように、トールには聞こえた。
何も言わないバジャルドの腕が、バジャルドともう一人の大柄な白竜騎士団の間にできた影の中にサシャを置く。この場所なら、神帝ティツィアーノの側にいるディーデからは離れているし、目立たない。色が戻ったように見えるサシャの頬に、トールは小さく頷いた。
「おやおや、これはこれは」
神帝公邸内、謁見の間と大聖堂に挟まれた中庭を囲む回廊で一人と一冊の前に現れたのは、南苑の神帝候補ディーデ。
「子供をさらい、墓を荒らした上に、神帝の宰相を弑した者が、この公邸に現れるとは」
サシャの冤罪を口にして不敵な笑みを浮かべたディーデに、気分が悪くなる。神帝ティツィアーノの宰相ガストーネが殺された件については、友人カジミールとその恩師マクシムの証言によってサシャへの疑いは晴れている。子供さらいの件も、墓荒らしの件も、サシャには全然関係のないこと。
[大丈夫]
俯いてしまったサシャに、エプロンの胸ポケットの中からサシャにしか聞こえない声を掛ける。ディーデが何を言おうと、神帝候補の地位を剥奪できるのは神帝だけ。その神帝ティツィアーノが、子供さらいの件も墓荒らしの件も宰相の件もサシャとは無関係だと裁定している。神帝候補位を剥奪する理由の軽重に規定は無いが、その昔、神帝候補位の剥奪が乱用された結果八都中が一触即発の状態になったため、神帝候補位の剥奪は避けるようになっていると、東雲でサシャが師事していたグスタフ教授は言っていた。
なぜディーデは、サシャに拘泥するのだろうか? ふと脳裏をよぎった疑問に、視線をディーデの方へと戻す。執拗なところは、かつてトールを逆恨みし、サッカー部に嘘の噂を流したあげくトールを殴って大怪我を負わせた中学校の時のサッカー部のあの先輩に似ている。
「何をしているのです?」
嗄れた、しかし威厳を備えた声に、サシャの呪縛が解ける。
顔を上げると、背後に白竜騎士団長イジドールを従えた神帝ティツィアーノの、小柄だが堂々とした姿があった。
「西海からの神帝候補はまもなく到着する。そう連絡がありましたよ」
ティツィアーノの指摘を受けたディーデが、ティツィアーノに頭を下げてから謁見の間に消える。今日、サシャがここにいる理由は、北向の神帝候補として西海から来る神帝候補を出迎えるため。サシャも、回廊側に開いた出入り口のどこかから謁見の間に入った方が良い。イジドールと共に謁見の間に入っていくティツィアーノの背を見送るサシャに、トールは大きく頷いて見せた。
西海の神帝候補は、どんな人物なのだろう? 謁見の間に入ることを躊躇うサシャを見上げ、首を横に振る。ディーデのように、サシャを虐める輩でないことを祈りたい。そこまで考えたトールの視界は、不意に横にずれた。
「……」
無言のままサシャの腕を掴み、謁見の間に引き込んだ大柄な影に、ほっと息を吐く。
「バジャルド、さん」
小さく発せられたサシャの声も、どことなくほっとしているように、トールには聞こえた。
何も言わないバジャルドの腕が、バジャルドともう一人の大柄な白竜騎士団の間にできた影の中にサシャを置く。この場所なら、神帝ティツィアーノの側にいるディーデからは離れているし、目立たない。色が戻ったように見えるサシャの頬に、トールは小さく頷いた。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。
政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
【完結】実家に捨てられた私は侯爵邸に拾われ、使用人としてのんびりとスローライフを満喫しています〜なお、実家はどんどん崩壊しているようです〜
よどら文鳥
恋愛
フィアラの父は、再婚してから新たな妻と子供だけの生活を望んでいたため、フィアラは邪魔者だった。
フィアラは毎日毎日、家事だけではなく父の仕事までも強制的にやらされる毎日である。
だがフィアラが十四歳になったとある日、長く奴隷生活を続けていたデジョレーン子爵邸から抹消される運命になる。
侯爵がフィアラを除名したうえで専属使用人として雇いたいという申し出があったからだ。
金銭面で余裕のないデジョレーン子爵にとってはこのうえない案件であったため、フィアラはゴミのように捨てられた。
父の発言では『侯爵一家は非常に悪名高く、さらに過酷な日々になるだろう』と宣言していたため、フィアラは不安なまま侯爵邸へ向かう。
だが侯爵邸で待っていたのは過酷な毎日ではなくむしろ……。
いっぽう、フィアラのいなくなった子爵邸では大金が入ってきて全員が大喜び。
さっそくこの大金を手にして新たな使用人を雇う。
お金にも困らずのびのびとした生活ができるかと思っていたのだが、現実は……。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる