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第九章 知識と勇気で

9.11 墓地で再会した者

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 ノエルに手を引かれるまま、帝都ていとに佇む丘の北東の麓にある墓地へと入る。

 南側にある医学部の建物が圧迫している所為か、帝都の墓地は狭く、どこか乱雑に見えた。

 そう言えば。一人と一冊の先に立って歩くノエルの、父であるイジドール白竜はくりゅう騎士団長と同じ茶色の髪の揺れを確認しながら、かつて東雲しののめで聞いたグスタフ教授の言葉を思い出す。北向きたむく出身の前の神帝じんていサシャ猊下は、自分の前の神帝達の時代に墓地の南側を潰して建てられた医学部用の建物を他の場所に移し、墓地を元に戻したいと考えていた。サシャ猊下が立てた帝都を東側に拡張する計画は、ヴィリバルト猊下の許でも少しずつ進められていると、グスタフ教授は言っていた。今も、拡張計画は進んでいるのだろうか? 手狭な墓地を進むノエルの両側にある歪んだ墓石の並びに心が淋しくなる。人は必ず死ぬのだから、墓地は、都市には必要な物なのでは?

「ここが、お母様のお墓」

 トールがそんなことを考えている間に、目的地に辿り着いたらしい。目の前の簡素な石の前に白竜騎士団の中庭で摘んだ小さな花を置くノエルを見下ろしながら、トールはサシャと同じように目を閉じて黙祷を捧げた。

 目を開けたトールの視界の端に、銀色の線が入る。

〈あれ、は……!〉

 同時に横を向いた一人と一冊の目に映ったのは、銀糸の刺繍が施された細いリボンのようなものを墓石に結わえつける二つの影。

「何をしている!」

 銀色のリボンが巻かれた墓石の下の土の色が周りよりも濃いことを確かめたトールの耳に、聞き覚えのある声が響く。

「お前、まさか、サシャ?」

 ノエルを庇ったサシャの前に現れたのは、かつて帝都でグスタフ教授の内弟子をしていたダリオとドゥシャン。確か、グスタフ教授の許を追い出された後、同郷のよしみで医学部のエフライン教授の内弟子になったと聞いている。

「まさか、お前が『墓荒らし』?」

「死体を盗んで、狂信者の儀式に使うんだろ?」

 難癖を付けるダリオとドゥシャンを、サシャのエプロンのポケットの中からきっと睨む。「不当な扱いには、毅然とした態度を取ること」。エルネストの助言通り、サシャはノエルを背中に隠したまま、墓地を去るために二人から顔を逸らした。

 そのサシャに、顔を真っ赤にしたダリオが手を伸ばす。だが、勢いの付いたダリオの腕は、サシャとダリオの間に割って入った大柄な影に遮られた。

「『墓荒らし』はそっちだろう」

 ばっさりと相手を切る言葉に、顔を上げる。

 一人と一冊の前に立っていたのは、白地に銀の竜が刺繍された白竜騎士団のマントを羽織ったバジャルド。

「そのリボン、月明かりで光るな。星明かりでも」

 埋葬が終わったばかりの、土の色がまだ乾いていない墓標にリボンで印を付け、夜になってから光るリボンを頼りに遺体を掘り出す。的確なバジャルドの言葉にダリオとドゥシャンが動揺を示す。

「覚えてろよ!」

「お前なんか、また帝都から追い出してやる!」

 捨て台詞を残し、二人はサシャとバジャルドの前から退散した。

「神帝候補かなんだか知らないが、神帝猊下に奏上すれば、お前なんかすぐに追い出されるさ」

「神帝や神帝候補の非を糺すのも大学の務めだからな」

 逃げながらのダリオとドゥシャンの言葉に、サシャが青ざめる。サシャが狂信者であることは濡れ衣だが、もしもサシャが神帝候補から外されてしまったら、リュカが、この危険な帝都に来ることになってしまう。リュカを危険にさらすことは、サシャにはできない。

「やはり、医学部だったか」

 息を吐いたバジャルドが、サシャを見下ろす。

「あ、ありがとうございます」

 震える声でバジャルドに頭を下げるサシャに、バジャルドは首を横に振った。

「猊下の命で守っていただけだから」

「僕を守ってたんじゃないんだ」

 バジャルドが白竜騎士団員であることが分かったのだろう、バジャルドが羽織る白いマントに微笑んだノエルが、バジャルドの言葉に膨れっ面を見せる。

「しかし、医学部の奴らは何をするか分からない」

 そのノエルを無視したバジャルドの言葉に、サシャの震えが倍増した。

「……『墓荒らし』を止めさせたい」

 俯いたサシャの強い言葉に、バジャルドが頷く。

「では、猊下の許に行こう」

 続くバジャルドの言葉に、トールはぽかんとしてバジャルドを見上げた。
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