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第八章 再び北へ
8.22 湖底の少年二人と青年、三度②
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「あなたたちの負けですね」
低い声に、はっとして横を向く。
背の高い細い影が、サシャの膝に座ったままの膨れっ面を静かに見つめていた。
「ハル」
トールから片手を離したアキが、自由になった手でハルの左腕をぎゅっと掴む。そのアキの頭を優しく撫でると、ハルはアキの手を引き、ユキとサシャが座っているベッド側に移動した。
「不躾かも、しれませんが」
そのハルを見上げたサシャが、小さく、考えを口にする。
「あなたがたの方が、ずっと、おつらいのでは?」
「そうかも、しれませんね」
サシャの問いに、ハルは頷くとも否定するとでもない言葉を返した。
一方。
「ぼく……」
トールのすぐ側で、アキの小さな声が響く。
「アキっ!」
「ぼくは、……お母様のところに戻りたい」
ユキがアキの口を塞ぐ前に、ハルがアキとユキの間に割って入った。
「ここの方がずっと良いだろ」
再び膨れっ面をしたユキが、ハルの背後に隠れたアキを睨む。
「あのね、ユキ」
そのユキを、サシャの白い腕が抱き締めた。
「僕は、アキの気持ち、分かるから、アキに味方したい」
おそらくユキが、『転生者』達を湖底に封印するために『執着心』を利用された、犠牲者。トールと同じ予想をしたサシャが、サシャから逃れようと身体を揺らすユキに優しいが毅然とした言葉をかける。
「そんなの、アキのわがままだっ!」
ユキに味方しないサシャの言葉に、ユキは爆発したようにサシャの身体を突き飛ばし、三人から遠く離れた部屋の隅に仁王立ちになった。
「そうやって、みんな、ぼくを見捨てて」
「ごめんなさい」
怒りに満ちたユキの言葉に、サシャが目を伏せる。
「ユキ」
ユキを宥めたのは、トールを抱き締めて震えるアキをサシャに託し、ユキの前に立ったハル。
「怒るのは、分かります。皆が離れていってしまって淋しいのも」
柔らかいが謹厳なハルの言葉に、ユキが俯くのが見える。
「でも、その気持ちを乗り越えないと、あなたも、あなたを虐めていたあの人達と同じですよ」
「それは、……いやだ」
黙りこくったユキが次の言葉を発するまで、長い時間が経ったようにトールには感じられた。
「……分かった」
諦めたようなユキの声に、アキの腕の中で安堵の息を吐く。
「私は、あなたと一緒にいます」
次のハルの言葉に、落ち込んだユキの表情がぱっと晴れた。
「本当っ!」
ハルの胸に飛び込んだユキの姿が、ハルの中に溶ける。同時に、トールを抱き締めていたアキの姿も、部屋から溶けるように消えていた。
「これで、ここの呪いも解けましたね」
ベッドの上に落ちたトールを素早く拾い上げたサシャの腕の冷たさをトールが感じるより前に、サシャの掌よりも少しだけ大きい硝子瓶を手にしたハルがサシャの前に立つ。
「この硝子瓶には、ここに封印された人達の魂が入っています」
ハルは、ここに封じられていた、自分の居場所に戻ることができず絶望した人々の魂を全て硝子瓶の中に入れて保管していた。微笑んでサシャに硝子瓶を渡すハルの細い指に、目を瞬かせる。
「『転生者』を『元の世界』に戻す方法を、知っていますね」
確信に満ちたハルの声に、一人と一冊は同時に頷いた。
「お願いします」
その声と同時に、ハルの姿も消える。
村一つ分の住人の魂を水底に封じる古代の魔法を発動させるには、犠牲者の他に魔術師が必要。サシャがトールにメモした、『魔法』の本の余白に書かれていた残酷な文章を思い出す。その魔術を使った魔術師も、住人と共に水底に封印される。そこまで思い出したトールの視界は、一瞬で闇に飲まれた。
低い声に、はっとして横を向く。
背の高い細い影が、サシャの膝に座ったままの膨れっ面を静かに見つめていた。
「ハル」
トールから片手を離したアキが、自由になった手でハルの左腕をぎゅっと掴む。そのアキの頭を優しく撫でると、ハルはアキの手を引き、ユキとサシャが座っているベッド側に移動した。
「不躾かも、しれませんが」
そのハルを見上げたサシャが、小さく、考えを口にする。
「あなたがたの方が、ずっと、おつらいのでは?」
「そうかも、しれませんね」
サシャの問いに、ハルは頷くとも否定するとでもない言葉を返した。
一方。
「ぼく……」
トールのすぐ側で、アキの小さな声が響く。
「アキっ!」
「ぼくは、……お母様のところに戻りたい」
ユキがアキの口を塞ぐ前に、ハルがアキとユキの間に割って入った。
「ここの方がずっと良いだろ」
再び膨れっ面をしたユキが、ハルの背後に隠れたアキを睨む。
「あのね、ユキ」
そのユキを、サシャの白い腕が抱き締めた。
「僕は、アキの気持ち、分かるから、アキに味方したい」
おそらくユキが、『転生者』達を湖底に封印するために『執着心』を利用された、犠牲者。トールと同じ予想をしたサシャが、サシャから逃れようと身体を揺らすユキに優しいが毅然とした言葉をかける。
「そんなの、アキのわがままだっ!」
ユキに味方しないサシャの言葉に、ユキは爆発したようにサシャの身体を突き飛ばし、三人から遠く離れた部屋の隅に仁王立ちになった。
「そうやって、みんな、ぼくを見捨てて」
「ごめんなさい」
怒りに満ちたユキの言葉に、サシャが目を伏せる。
「ユキ」
ユキを宥めたのは、トールを抱き締めて震えるアキをサシャに託し、ユキの前に立ったハル。
「怒るのは、分かります。皆が離れていってしまって淋しいのも」
柔らかいが謹厳なハルの言葉に、ユキが俯くのが見える。
「でも、その気持ちを乗り越えないと、あなたも、あなたを虐めていたあの人達と同じですよ」
「それは、……いやだ」
黙りこくったユキが次の言葉を発するまで、長い時間が経ったようにトールには感じられた。
「……分かった」
諦めたようなユキの声に、アキの腕の中で安堵の息を吐く。
「私は、あなたと一緒にいます」
次のハルの言葉に、落ち込んだユキの表情がぱっと晴れた。
「本当っ!」
ハルの胸に飛び込んだユキの姿が、ハルの中に溶ける。同時に、トールを抱き締めていたアキの姿も、部屋から溶けるように消えていた。
「これで、ここの呪いも解けましたね」
ベッドの上に落ちたトールを素早く拾い上げたサシャの腕の冷たさをトールが感じるより前に、サシャの掌よりも少しだけ大きい硝子瓶を手にしたハルがサシャの前に立つ。
「この硝子瓶には、ここに封印された人達の魂が入っています」
ハルは、ここに封じられていた、自分の居場所に戻ることができず絶望した人々の魂を全て硝子瓶の中に入れて保管していた。微笑んでサシャに硝子瓶を渡すハルの細い指に、目を瞬かせる。
「『転生者』を『元の世界』に戻す方法を、知っていますね」
確信に満ちたハルの声に、一人と一冊は同時に頷いた。
「お願いします」
その声と同時に、ハルの姿も消える。
村一つ分の住人の魂を水底に封じる古代の魔法を発動させるには、犠牲者の他に魔術師が必要。サシャがトールにメモした、『魔法』の本の余白に書かれていた残酷な文章を思い出す。その魔術を使った魔術師も、住人と共に水底に封印される。そこまで思い出したトールの視界は、一瞬で闇に飲まれた。
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