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第七章 東の理

7.30 東の端の砦

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[……!]

 段々とこちらに近づいてくる、崖に貼り付いたような武骨な塔に、馬の背の上で揺れるサシャのエプロンの胸ポケットの中で感嘆の声を上げる。

「あれが目的地だ」

 サシャの前にいる、崖に沿って作られた細い道を危うげなく馬で進む、東雲しののめの治安を維持する騎士団『黒剣団』の団長リーンハルトの声に頷くサシャの、普段以上に蒼白い頬に、トールは小さく首を横に振った。病み上がりなのに、馬に乗って旅をしている。無理をさせているのかもしれない。

 『象牙の塔』からこの東辺の砦までの道のりは、去年の冬、アラン教授と共に秋都あきとから『象牙の塔』へと向かった道と同じくらい長かった。城塞に向かう最後の急峻な坂道の前にある小さな空き地で馬を止めたリーンハルトの平然とした顔に頭を下げる。途中で東雲の都に寄り、サシャの世界の新年祭である『煌星祭きらぼしのまつり』に沸く東都をリーンハルトの引率で見学したので、この小さな砦まで辿り着くまでの日数は、秋都から『象牙の塔』までに掛かった日数より長い。粒熱から回復したばかりのサシャが疲れてしまうのも、当然。

「ここからは、馬が使えない」

 サシャを抱きかかえて馬から下ろしてくれたリーンハルトの言葉に、小さく唸る。この急な坂を、登れというのか。文句を言いそうになったトールは、しかし、エプロンの前後を変えたサシャを身軽に背負ったリーンハルトを見てすぐに、その文句を引っ込めた。

 リーンハルトの背に揺られながら急峻な坂道を登るサシャの、背中の熱を確かめる。近づくと、一人と一冊の目的地である『砦』は、三つの塔とその塔を繋ぐ城壁回廊から成り立つことが分かった。北と南、そして西側、正三角形の頂点部分に塔が一つずつ。そして正三角形の辺の部分が、居住区と回廊を兼ねた城壁。

「ゼバスティアン」

 ようやく辿り着いた、砦の西にある塔に穿たれた小さな玄関口で待っていた大柄な老人に、リーンハルトが頭を下げる。

「これが、新しい療養者だ」

 そう言いながらサシャを下ろしたリーンハルトの笑顔に、トールはエプロンの前後を直すサシャの手の熱さを確かめながら大きく頭を下げた。とにかく、この堅牢そうに見える砦まで無事に辿り着けたのは、リーンハルトのおかげ。

「小麦粉と、冬籠もりに必要な物を持って来た」

 砦の入り口である西の塔の中に足を踏み入れたリーンハルトの声が、吹き抜けの空間に大きく響く。

「麓の村には小麦を差し入れた」

「それは、麓の村でも喜んでいることでしょう」

 リーンハルトの声の聞き慣れない響き方に天井を見上げたサシャと同じように、トールも塔の上方を見上げる。吹き抜けになっている塔だが、緩くカーブした石壁に沿って階段が左回りにぐるりと設えられているのが分かる。一人と一冊の正面には、小さな踊り場が、階段を0.5階分上がった場所とそこから更に0.5階分上がった場所に見える。

「この砦は、北側部分だけ半分だけ低くなっている」

 崖に沿う形で建てられた砦の性質をサシャに小声で説明したリーンハルトが、改めてゼバスティアンに向き直る。

「それで、このサシャの部屋だが」

「客間はあの方のために開けて置いた方が良いでしょう」

 ゼバスティアンの回答に、リーンハルトの声は明らかに不機嫌に変わった。

「『まだ』来てるのか、あいつは」

「去年の冬からは来ていませんが、もうそろそろ」

「ここはユリアンの砦だ」

「しかしユリアン様にこの砦と領地を授けたのは」

「あいつは東雲の王族ではないからな」

 強くなるリーンハルトの声に、思わず身構える。

「手懐けることができる奴にお気に入りの場所を一時的に渡しただけさ」

 ゼバスティアンの言葉にそっぽを向いたリーンハルトは、そこで初めてサシャを見いだしたかのようにその蒼色の瞳を瞬かせた。
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