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第七章 東の理
7.16 河原の邂逅②
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[サシャっ!]
サシャが地面に倒れた衝撃が、トールの全身を貫く。
見えた茜色の空は、しかしすぐに、小柄な影で見えなくなった。
[このっ!]
サシャの首に指を絡める小柄な影に、罵る声を上げる。しかし『本』であるトールには、何もできない。抵抗していたサシャの腕が地面に落ちる様と、弱くなっていく鼓動に無力感を覚え、トールは無駄に熱くなった全身を震わせた。
その時。
サシャに覆い被さっていた小柄な影が、不意に消える。
咳と共に身体を震わせたサシャに、トールは安堵の息を吐いた。
「逃げられはしないぞ、レフィ」
そのトールの耳に、聞き覚えのある声が響く。
顔を上げると、黒い鎧を着、抜き身の剣を手にした影が数体、地面に倒れたままのサシャと、サシャから身を離した小柄な影の周りを囲んでいた。東雲を守る騎士団『黒剣団』が、サシャを助けてくれた。黒鎧達が羽織る黒いマントに刺繍された剣の紋章に、トールは安堵の息を吐いた。
「今日こそ、捕まえてティツィアーノの野望を……」
サシャの横に立つ、黒剣団の団長リーンハルトが剣を構える前に、小柄な影が囲みから消える。
「いつものことながら、素早い野郎だ」
色めき立つ部下達には構わず、リーンハルトは剣を腰の鞘に収め、そして素早くサシャの側に膝をついた。
「生きてるか?」
「はい……」
絞められていたサシャの首を確かめるリーンハルトに、サシャが僅かに首を振る。
「あいつ、レフィだな」
いつの間にかサシャの横にいた黒髭、ウベルトが、川原を見回して溜め息を吐いた。
「夏炉の神帝候補ティツィアーノの間者」
「何か、狙われるようなことでもしたか?」
呟くようなウベルトの言葉に、憂いを含んだリーンハルトの声が重なる。
「いいえ」
その声に、一人と一冊は同時に首を横に振った。秋都で、津都の太守ロレンシオから受けた鞭傷をユドークス教授に治療してもらった後で出会った黒竜騎士団のルジェクが口にしていた名前も、確か『レフィ』。そのことにトールが思い至るより先に、リーンハルトはサシャをトールごと抱き上げた。
「まあいい」
ここからなら、『象牙の塔』の方が近いな。リーンハルトの呟きに、辺りを見回す。夕日に照らされた薄灰色の『象牙の塔』の向こうに、薄闇に沈む『星読みの塔』が見える、そのことに、トールは愕然と言葉を失った。どうして、『象牙の塔』と『星読みの塔』が同じ方向に見える? さっきまでは確かに、『象牙の塔』は南に、『星読みの塔』は北に見えていたはずなのに。そこまで考えたトールの脳裏に閃いたのは、サシャが触れた、古代の神像らしき物の姿。
「お前達はレフィを探せ」
動転するトールの耳に響いたのは、落ち着いたサシャの鼓動と、部下に指示するリーンハルトの、どこか投げやりな声。
「多分もう東雲にはいないと思うが」
「でしょうね」
小さく肩を竦めたリーンハルトの真似をしたウベルトが、部下と共に夕闇に消える。
「秋津の神帝候補が若い奴に変わったからだろうな、ティツィアーノの奴、自分まで神帝の地位が回ってこないと危惧して色々動いてやがる」
徒歩でサシャを『象牙の塔』まで運ぶリーンハルトの、独り言のような愚痴を、トールはどこか遠くに聞いていた。
「ま、ヴィリバルトは当分くたばりそうにないし、ロレンシオとティツィアーノのあがきも無駄ってことさ」
サシャが地面に倒れた衝撃が、トールの全身を貫く。
見えた茜色の空は、しかしすぐに、小柄な影で見えなくなった。
[このっ!]
サシャの首に指を絡める小柄な影に、罵る声を上げる。しかし『本』であるトールには、何もできない。抵抗していたサシャの腕が地面に落ちる様と、弱くなっていく鼓動に無力感を覚え、トールは無駄に熱くなった全身を震わせた。
その時。
サシャに覆い被さっていた小柄な影が、不意に消える。
咳と共に身体を震わせたサシャに、トールは安堵の息を吐いた。
「逃げられはしないぞ、レフィ」
そのトールの耳に、聞き覚えのある声が響く。
顔を上げると、黒い鎧を着、抜き身の剣を手にした影が数体、地面に倒れたままのサシャと、サシャから身を離した小柄な影の周りを囲んでいた。東雲を守る騎士団『黒剣団』が、サシャを助けてくれた。黒鎧達が羽織る黒いマントに刺繍された剣の紋章に、トールは安堵の息を吐いた。
「今日こそ、捕まえてティツィアーノの野望を……」
サシャの横に立つ、黒剣団の団長リーンハルトが剣を構える前に、小柄な影が囲みから消える。
「いつものことながら、素早い野郎だ」
色めき立つ部下達には構わず、リーンハルトは剣を腰の鞘に収め、そして素早くサシャの側に膝をついた。
「生きてるか?」
「はい……」
絞められていたサシャの首を確かめるリーンハルトに、サシャが僅かに首を振る。
「あいつ、レフィだな」
いつの間にかサシャの横にいた黒髭、ウベルトが、川原を見回して溜め息を吐いた。
「夏炉の神帝候補ティツィアーノの間者」
「何か、狙われるようなことでもしたか?」
呟くようなウベルトの言葉に、憂いを含んだリーンハルトの声が重なる。
「いいえ」
その声に、一人と一冊は同時に首を横に振った。秋都で、津都の太守ロレンシオから受けた鞭傷をユドークス教授に治療してもらった後で出会った黒竜騎士団のルジェクが口にしていた名前も、確か『レフィ』。そのことにトールが思い至るより先に、リーンハルトはサシャをトールごと抱き上げた。
「まあいい」
ここからなら、『象牙の塔』の方が近いな。リーンハルトの呟きに、辺りを見回す。夕日に照らされた薄灰色の『象牙の塔』の向こうに、薄闇に沈む『星読みの塔』が見える、そのことに、トールは愕然と言葉を失った。どうして、『象牙の塔』と『星読みの塔』が同じ方向に見える? さっきまでは確かに、『象牙の塔』は南に、『星読みの塔』は北に見えていたはずなのに。そこまで考えたトールの脳裏に閃いたのは、サシャが触れた、古代の神像らしき物の姿。
「お前達はレフィを探せ」
動転するトールの耳に響いたのは、落ち着いたサシャの鼓動と、部下に指示するリーンハルトの、どこか投げやりな声。
「多分もう東雲にはいないと思うが」
「でしょうね」
小さく肩を竦めたリーンハルトの真似をしたウベルトが、部下と共に夕闇に消える。
「秋津の神帝候補が若い奴に変わったからだろうな、ティツィアーノの奴、自分まで神帝の地位が回ってこないと危惧して色々動いてやがる」
徒歩でサシャを『象牙の塔』まで運ぶリーンハルトの、独り言のような愚痴を、トールはどこか遠くに聞いていた。
「ま、ヴィリバルトは当分くたばりそうにないし、ロレンシオとティツィアーノのあがきも無駄ってことさ」
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