221 / 351
第七章 東の理
7.2 秋都を出、東雲へ
しおりを挟む
「おいおいおい」
「済まない」
再び、サシャとカジミールを守ろうと両腕を伸ばしかけたユドークスの横で、ホセがサシャに頭を下げる。
「明日、明後日くらいに、アラン教授が黒竜騎士団から借りた馬車と一緒に来る」
「で、どこにサシャを追い出すつもりなんだ、ホセ」
続いて、北辺で暮らしていた頃からサシャに親切にしてくれている医学教授アランの名を出したホセの言葉に、ホセを睨んだユドークスは皮肉にも聞こえる言葉を発した。
「東雲しかない」
「東雲!」
ホセの回答に、ユドークスの声が沸点を超える。
「王が死んだのに王太子が即位しない国にサシャをやるのか?」
「東雲の政は、先王の王配殿下と先王の弟君が取り仕切っていて、今のところ特に何事も無いようだと、ヴィリバルト猊下は仰っていた」
「何事も、無い、ねぇ」
ユドークス教授とホセ学生長のやりとりに、トールは、これまで耳にした東雲という国の情報を頭の片隅から引っ張り出した。
長年東雲を穏やかに支配していた王が亡くなったのは、先の秋分祭の少し前。当時サシャと共に南苑にいた、母が東雲の王族であるアラン教授が、届いた手紙を手に渋面を作っていたことを思い出す。アラン教授が東雲に向かった後、サシャはメイネ教授と共に訪れた古代の神殿跡で打ち捨てられた神像を見つけ、気が付くと西海の南の端に飛ばされていた。秋分祭の頃に王が亡くなっているのなら、ユドークス教授が言うように、冬至祭が終わっている現在の段階で王太子が新たな王に即位していないのはおかしい。小さな硝子窓の外の弱い光を確かめる。帝都でサシャが無実の罪を着せられかけた時、「リーンがいるから東雲にも移せない」と呟いたヴィリバルトの言葉もある。東雲にサシャを向かわせて、大丈夫なのだろうか、背筋の震えに、トールは小さく唸った。
だからといって、他の場所に行くことは、現状では難しい。ベッドに横たわるサシャの、閉じかけた瞳に小さく唸る。サシャの出身地である北向は、今は雪で閉ざされているし、北都でのサシャへの中傷が再燃する可能性もある。帝都で知り合ったルーファスさんとイアンがいる西海へ行くには、ロレンシオのいる津都を通らなければならない。メイネ教授がいる南苑にも、津都を通らなければならない海路では戻れないし、陸路は現在、夏炉の内乱を鎮静化しようとしている夏炉王リエトとリエトを支持する春陽と南苑に対抗する小貴族達がしばしば小さな反乱を起こしているらしい。
王太子周辺の件は気になるが、東雲に行くのが今のベストの選択、なのだろう。結論に、小さく首を横に振る。カジミールからの情報によると、帝都に留学していたサシャの友人の一人、北辺の王子セルジュも、帝都の大学における権力争いに巻き込まれる形で帝都を離れ、帝都の大学に嫌気が差して出身地である東雲に戻った法学教授グスタフの許で勉学に励んでいるらしい。おそらくヴィリバルトは、グスタフ教授にサシャを預ける心積もりなのだろう。その方が、勉学を志すサシャにとっては、良い。それは、分かっている。
「済まない」
再び、サシャとカジミールを守ろうと両腕を伸ばしかけたユドークスの横で、ホセがサシャに頭を下げる。
「明日、明後日くらいに、アラン教授が黒竜騎士団から借りた馬車と一緒に来る」
「で、どこにサシャを追い出すつもりなんだ、ホセ」
続いて、北辺で暮らしていた頃からサシャに親切にしてくれている医学教授アランの名を出したホセの言葉に、ホセを睨んだユドークスは皮肉にも聞こえる言葉を発した。
「東雲しかない」
「東雲!」
ホセの回答に、ユドークスの声が沸点を超える。
「王が死んだのに王太子が即位しない国にサシャをやるのか?」
「東雲の政は、先王の王配殿下と先王の弟君が取り仕切っていて、今のところ特に何事も無いようだと、ヴィリバルト猊下は仰っていた」
「何事も、無い、ねぇ」
ユドークス教授とホセ学生長のやりとりに、トールは、これまで耳にした東雲という国の情報を頭の片隅から引っ張り出した。
長年東雲を穏やかに支配していた王が亡くなったのは、先の秋分祭の少し前。当時サシャと共に南苑にいた、母が東雲の王族であるアラン教授が、届いた手紙を手に渋面を作っていたことを思い出す。アラン教授が東雲に向かった後、サシャはメイネ教授と共に訪れた古代の神殿跡で打ち捨てられた神像を見つけ、気が付くと西海の南の端に飛ばされていた。秋分祭の頃に王が亡くなっているのなら、ユドークス教授が言うように、冬至祭が終わっている現在の段階で王太子が新たな王に即位していないのはおかしい。小さな硝子窓の外の弱い光を確かめる。帝都でサシャが無実の罪を着せられかけた時、「リーンがいるから東雲にも移せない」と呟いたヴィリバルトの言葉もある。東雲にサシャを向かわせて、大丈夫なのだろうか、背筋の震えに、トールは小さく唸った。
だからといって、他の場所に行くことは、現状では難しい。ベッドに横たわるサシャの、閉じかけた瞳に小さく唸る。サシャの出身地である北向は、今は雪で閉ざされているし、北都でのサシャへの中傷が再燃する可能性もある。帝都で知り合ったルーファスさんとイアンがいる西海へ行くには、ロレンシオのいる津都を通らなければならない。メイネ教授がいる南苑にも、津都を通らなければならない海路では戻れないし、陸路は現在、夏炉の内乱を鎮静化しようとしている夏炉王リエトとリエトを支持する春陽と南苑に対抗する小貴族達がしばしば小さな反乱を起こしているらしい。
王太子周辺の件は気になるが、東雲に行くのが今のベストの選択、なのだろう。結論に、小さく首を横に振る。カジミールからの情報によると、帝都に留学していたサシャの友人の一人、北辺の王子セルジュも、帝都の大学における権力争いに巻き込まれる形で帝都を離れ、帝都の大学に嫌気が差して出身地である東雲に戻った法学教授グスタフの許で勉学に励んでいるらしい。おそらくヴィリバルトは、グスタフ教授にサシャを預ける心積もりなのだろう。その方が、勉学を志すサシャにとっては、良い。それは、分かっている。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。
政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!
七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
【完結】実家に捨てられた私は侯爵邸に拾われ、使用人としてのんびりとスローライフを満喫しています〜なお、実家はどんどん崩壊しているようです〜
よどら文鳥
恋愛
フィアラの父は、再婚してから新たな妻と子供だけの生活を望んでいたため、フィアラは邪魔者だった。
フィアラは毎日毎日、家事だけではなく父の仕事までも強制的にやらされる毎日である。
だがフィアラが十四歳になったとある日、長く奴隷生活を続けていたデジョレーン子爵邸から抹消される運命になる。
侯爵がフィアラを除名したうえで専属使用人として雇いたいという申し出があったからだ。
金銭面で余裕のないデジョレーン子爵にとってはこのうえない案件であったため、フィアラはゴミのように捨てられた。
父の発言では『侯爵一家は非常に悪名高く、さらに過酷な日々になるだろう』と宣言していたため、フィアラは不安なまま侯爵邸へ向かう。
だが侯爵邸で待っていたのは過酷な毎日ではなくむしろ……。
いっぽう、フィアラのいなくなった子爵邸では大金が入ってきて全員が大喜び。
さっそくこの大金を手にして新たな使用人を雇う。
お金にも困らずのびのびとした生活ができるかと思っていたのだが、現実は……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる