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第七章 東の理

7.2 秋都を出、東雲へ

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「おいおいおい」

「済まない」

 再び、サシャとカジミールを守ろうと両腕を伸ばしかけたユドークスの横で、ホセがサシャに頭を下げる。

「明日、明後日くらいに、アラン教授が黒竜こくりゅう騎士団から借りた馬車と一緒に来る」

「で、どこにサシャを追い出すつもりなんだ、ホセ」

 続いて、北辺ほくへんで暮らしていた頃からサシャに親切にしてくれている医学教授アランの名を出したホセの言葉に、ホセを睨んだユドークスは皮肉にも聞こえる言葉を発した。

東雲しののめしかない」

「東雲!」

 ホセの回答に、ユドークスの声が沸点を超える。

「王が死んだのに王太子が即位しない国にサシャをやるのか?」

「東雲の政は、先王の王配殿下と先王の弟君が取り仕切っていて、今のところ特に何事も無いようだと、ヴィリバルト猊下は仰っていた」

「何事も、無い、ねぇ」

 ユドークス教授とホセ学生長のやりとりに、トールは、これまで耳にした東雲という国の情報を頭の片隅から引っ張り出した。

 長年東雲を穏やかに支配していた王が亡くなったのは、先の秋分祭しゅうぶんのまつりの少し前。当時サシャと共に南苑なんえんにいた、母が東雲の王族であるアラン教授が、届いた手紙を手に渋面を作っていたことを思い出す。アラン教授が東雲に向かった後、サシャはメイネ教授と共に訪れた古代の神殿跡で打ち捨てられた神像を見つけ、気が付くと西海さいかいの南の端に飛ばされていた。秋分祭の頃に王が亡くなっているのなら、ユドークス教授が言うように、冬至祭とうじのまつりが終わっている現在の段階で王太子が新たな王に即位していないのはおかしい。小さな硝子窓の外の弱い光を確かめる。帝都ていとでサシャが無実の罪を着せられかけた時、「リーンがいるから東雲にも移せない」と呟いたヴィリバルトの言葉もある。東雲にサシャを向かわせて、大丈夫なのだろうか、背筋の震えに、トールは小さく唸った。

 だからといって、他の場所に行くことは、現状では難しい。ベッドに横たわるサシャの、閉じかけた瞳に小さく唸る。サシャの出身地である北向きたむくは、今は雪で閉ざされているし、北都ほくとでのサシャへの中傷が再燃する可能性もある。帝都で知り合ったルーファスさんとイアンがいる西海へ行くには、ロレンシオのいる津都つとを通らなければならない。メイネ教授がいる南苑にも、津都を通らなければならない海路では戻れないし、陸路は現在、夏炉かろの内乱を鎮静化しようとしている夏炉王リエトとリエトを支持する春陽はるひと南苑に対抗する小貴族達がしばしば小さな反乱を起こしているらしい。

 王太子周辺の件は気になるが、東雲に行くのが今のベストの選択、なのだろう。結論に、小さく首を横に振る。カジミールからの情報によると、帝都に留学していたサシャの友人の一人、北辺の王子セルジュも、帝都の大学における権力争いに巻き込まれる形で帝都を離れ、帝都の大学に嫌気が差して出身地である東雲に戻った法学教授グスタフの許で勉学に励んでいるらしい。おそらくヴィリバルトは、グスタフ教授にサシャを預ける心積もりなのだろう。その方が、勉学を志すサシャにとっては、良い。それは、分かっている。
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