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第六章 西からの風

6.44 神帝ヴィリバルトの解決

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 馬二頭が並んで走れるかどうかの幅しかない道を、黒竜こくりゅう騎士団員が操る馬達は危なげなく走る。それでも、バジャルドが領有する山間の件の村に辿り着く頃には、弱い太陽の光は更に弱くなっていた。

「村人はどこに集めてある?」

 馬に乗ったまま、先行していた黒竜騎士団員の一人に状況を尋ねるヴィリバルトの声に、トールの全身も緊張に震える。

「領主の屋敷前の広場に集めてあります」

 黒鎧をまとう騎士の言葉に頷いたヴィリバルトの身体は、すぐに、サシャと一緒に一晩だけ滞在した小さな屋敷の前に滑るように辿り着いた。

「この村の責任者は?」

「私です」

 馬に乗ったままのヴィリバルトの声に、塊になって犇めいている村人達の中から中肉中背の家令の影が一歩前に進み出る。村人達の塊から少し横に離れた場所に立っている三つの人影に、トールはサシャの代わりに安堵の息を吐いた。アニセトの頬の腫れは気になるが、カジミールもクレトも、アニセトも無事だ。

「この村の鉱山から流出している毒と土砂が、『星の河ほしのかわ』の下流域と海を侵していることは知っているか?」

「何を証拠に」

 落ち着いた声を眼前の家令に投げたヴィリバルトの前に、ロレンシオが派遣した役人ミゲルの細身の影が現れる。

「この『祈祷書』が、ドラド川の川原に落ちていた」

 怒りを隠すことなくヴィリバルトを見上げた細い影に小さく肩を竦めたヴィリバルトは、ずっと腕の中に抱えていた『本』であるトールを、村人達に見えるように腕を上げて掲げた。

「それ、もしかして、サシャの!」

 トールを見上げたカジミールが、良いアシストを出してくれる。

「この祈祷書の持ち主を、お前達はどこに連れて行った?」

 そのカジミールに頷くと、ヴィリバルトはトールを掲げたまま、土が染みこんだ服をまとう人々を睨み付けた。

「あ、あの、古い方の、鉱山に」

 人々の間から出てきた言葉に、ヴィリバルトが満足げに頷く。

「鉱山にあった物がドラド川の川原に落ちていたということは、どういうことか、……分かるな」

「はい」

 トールを腕の中に戻したヴィリバルトに項垂れた家令の沈んだ声に、トールは胸を撫で下ろした。

 だが。

「ここはロレンシオ閣下の管轄地だ!」

 なおもヴィリバルトにくってかかるミゲルの勢いに、やはり馬に乗ったままのエゴンがヴィリバルトの斜め前に馬を進める。

「一国のことに、神帝じんていが口出しできるのか!」

「一国の、秋津あきつだけの問題ではない」

 そのエゴンを制すると、ヴィリバルトはあくまで冷静に言葉を紡いだ。

「『星の河』が流れ出る海の先にある西海さいかいにも害が及んでいる」

 放っておけば、早晩、海で繋がる春陽はるひ南苑なんえんにも害が出てくるだろう。冷徹に将来を見据えたヴィリバルトの言葉に、広場に集まっていた全員が黙り込む。

「それに。……金の採掘を止めろとは、誰も言っていない」

 静かになった空間に、幾分空々しく聞こえるヴィリバルトの声が響いた。

「『毒』の流出さえ止められれば、採掘に問題は無い」

 そう言いながら、村人達から少し離れた場所に佇むカジミール達の方に顔を向けたヴィリバルトに、頬を腫らしたアニセトが大きく頷く。一方、ロレンシオの部下ミゲルの方は、不利を悟ったのか、ヴィリバルトを睨んだまま微動だにしない。

 これで、バリーさんとの約束は果たせたのかな? 今晩の宿について指示を出すフェリクスの声に、口の端を上げる。汚染された土地や水が元に戻るまでには、かなりの時間が掛かる。かつて理科や社会の時間に何度も学習した『公害』や『環境問題』に関する話題が脳裏を過る。それでも、サシャの努力が解決に繋がって、……嬉しい。ウォルターやオーガスト、グレンさんやイアンも、喜んでくれるかな。西海で一人と一冊を助けてくれた人々の温かさを思い返し、トールはサシャの代わりにその温かさに頭を下げた。
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