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第六章 西からの風

6.35 バジャルドとブラスの故郷へ

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[サシャ!]

 前を歩いていたカジミールの背が、急に上に上がる。

 崩れるように細い坂道に座り込んでしまったサシャの身体の熱さに、トールは首を横に振っていた。やはり、外出はまだ無理だった。

「サシャ!」

 異変に気付いたカジミールが、俯いたサシャの身体を道の右手に並ぶ森の木のがっしりとした幹に凭せかけてくれる。

「大丈夫か?」

「うん……」

 秋都を出た時には、サシャの熱は確かに下がっていた。サシャとカジミールを門まで見送ってくれた秋都あきとの学生長ホセの心配そうな顔が脳裏を過る。だが、サシャとカジミールの出身地である北向きたむくのように乾いた雪こそ無いが、季節は冬。しかも『星の河ほしのかわ』の支流であるドラド川を遡る道は平坦ではない坂道。津都つとの太守ロレンシオから受けた拷問の傷が治りきっていないサシャには、やはり、無理だったか。何もできない自分に、トールは再び首を横に振っていた。

「休むか?」

「うん。……ごめん」

「いや、良いって」

 トールが唸っている間に、サシャに水筒の水を飲ませたカジミールが、腰のベルトに配したポーチから畳んだ蝋板を取り出す。

「地図にあった村、もうそろそろ見えてきても良さそうなんだけどなぁ」

 登り坂に向かって右手にある森の木々を見透かしたカジミールが、頭を掻きながら小さく唸る。左側の崖下から聞こえてくるのは、崖を削って流れるドラド川の水の音。

 カジミールの蝋板には、秋都の学生長ホセが提供してくれた地図の簡易版が刻まれている。これから向かう、帝都ていとでサシャに親切にしてくれた青年バジャルドが領有する山間の村と秋都との間には、ドラド川に沿って幾つかの村が点在する。ホセが見せてくれた地図には確かにそう、描いてあった。だが、昨夜泊めてもらった村の長によると、地図にある村の幾つかは、ドラド川の水が農業や飲用に適さなくなってしまった所為で無くなってしまっているらしい。秋都の学生長ホセの護衛をしていたボリバルも、ドラド川流域の住民が他に移住したいと訴えてきていると言っていた。カジミールが探している村もきっと、今はもう無くなってしまっているのだろう。今夜は野宿しないといけなくなるかもしれない。荒い息を吐くサシャの胸の鼓動を確かめる。サシャは、冬の野宿に耐えられるか?
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