209 / 351
第六章 西からの風
6.35 バジャルドとブラスの故郷へ
しおりを挟む
[サシャ!]
前を歩いていたカジミールの背が、急に上に上がる。
崩れるように細い坂道に座り込んでしまったサシャの身体の熱さに、トールは首を横に振っていた。やはり、外出はまだ無理だった。
「サシャ!」
異変に気付いたカジミールが、俯いたサシャの身体を道の右手に並ぶ森の木のがっしりとした幹に凭せかけてくれる。
「大丈夫か?」
「うん……」
秋都を出た時には、サシャの熱は確かに下がっていた。サシャとカジミールを門まで見送ってくれた秋都の学生長ホセの心配そうな顔が脳裏を過る。だが、サシャとカジミールの出身地である北向のように乾いた雪こそ無いが、季節は冬。しかも『星の河』の支流であるドラド川を遡る道は平坦ではない坂道。津都の太守ロレンシオから受けた拷問の傷が治りきっていないサシャには、やはり、無理だったか。何もできない自分に、トールは再び首を横に振っていた。
「休むか?」
「うん。……ごめん」
「いや、良いって」
トールが唸っている間に、サシャに水筒の水を飲ませたカジミールが、腰のベルトに配したポーチから畳んだ蝋板を取り出す。
「地図にあった村、もうそろそろ見えてきても良さそうなんだけどなぁ」
登り坂に向かって右手にある森の木々を見透かしたカジミールが、頭を掻きながら小さく唸る。左側の崖下から聞こえてくるのは、崖を削って流れるドラド川の水の音。
カジミールの蝋板には、秋都の学生長ホセが提供してくれた地図の簡易版が刻まれている。これから向かう、帝都でサシャに親切にしてくれた青年バジャルドが領有する山間の村と秋都との間には、ドラド川に沿って幾つかの村が点在する。ホセが見せてくれた地図には確かにそう、描いてあった。だが、昨夜泊めてもらった村の長によると、地図にある村の幾つかは、ドラド川の水が農業や飲用に適さなくなってしまった所為で無くなってしまっているらしい。秋都の学生長ホセの護衛をしていたボリバルも、ドラド川流域の住民が他に移住したいと訴えてきていると言っていた。カジミールが探している村もきっと、今はもう無くなってしまっているのだろう。今夜は野宿しないといけなくなるかもしれない。荒い息を吐くサシャの胸の鼓動を確かめる。サシャは、冬の野宿に耐えられるか?
前を歩いていたカジミールの背が、急に上に上がる。
崩れるように細い坂道に座り込んでしまったサシャの身体の熱さに、トールは首を横に振っていた。やはり、外出はまだ無理だった。
「サシャ!」
異変に気付いたカジミールが、俯いたサシャの身体を道の右手に並ぶ森の木のがっしりとした幹に凭せかけてくれる。
「大丈夫か?」
「うん……」
秋都を出た時には、サシャの熱は確かに下がっていた。サシャとカジミールを門まで見送ってくれた秋都の学生長ホセの心配そうな顔が脳裏を過る。だが、サシャとカジミールの出身地である北向のように乾いた雪こそ無いが、季節は冬。しかも『星の河』の支流であるドラド川を遡る道は平坦ではない坂道。津都の太守ロレンシオから受けた拷問の傷が治りきっていないサシャには、やはり、無理だったか。何もできない自分に、トールは再び首を横に振っていた。
「休むか?」
「うん。……ごめん」
「いや、良いって」
トールが唸っている間に、サシャに水筒の水を飲ませたカジミールが、腰のベルトに配したポーチから畳んだ蝋板を取り出す。
「地図にあった村、もうそろそろ見えてきても良さそうなんだけどなぁ」
登り坂に向かって右手にある森の木々を見透かしたカジミールが、頭を掻きながら小さく唸る。左側の崖下から聞こえてくるのは、崖を削って流れるドラド川の水の音。
カジミールの蝋板には、秋都の学生長ホセが提供してくれた地図の簡易版が刻まれている。これから向かう、帝都でサシャに親切にしてくれた青年バジャルドが領有する山間の村と秋都との間には、ドラド川に沿って幾つかの村が点在する。ホセが見せてくれた地図には確かにそう、描いてあった。だが、昨夜泊めてもらった村の長によると、地図にある村の幾つかは、ドラド川の水が農業や飲用に適さなくなってしまった所為で無くなってしまっているらしい。秋都の学生長ホセの護衛をしていたボリバルも、ドラド川流域の住民が他に移住したいと訴えてきていると言っていた。カジミールが探している村もきっと、今はもう無くなってしまっているのだろう。今夜は野宿しないといけなくなるかもしれない。荒い息を吐くサシャの胸の鼓動を確かめる。サシャは、冬の野宿に耐えられるか?
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。
政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
【完結】実家に捨てられた私は侯爵邸に拾われ、使用人としてのんびりとスローライフを満喫しています〜なお、実家はどんどん崩壊しているようです〜
よどら文鳥
恋愛
フィアラの父は、再婚してから新たな妻と子供だけの生活を望んでいたため、フィアラは邪魔者だった。
フィアラは毎日毎日、家事だけではなく父の仕事までも強制的にやらされる毎日である。
だがフィアラが十四歳になったとある日、長く奴隷生活を続けていたデジョレーン子爵邸から抹消される運命になる。
侯爵がフィアラを除名したうえで専属使用人として雇いたいという申し出があったからだ。
金銭面で余裕のないデジョレーン子爵にとってはこのうえない案件であったため、フィアラはゴミのように捨てられた。
父の発言では『侯爵一家は非常に悪名高く、さらに過酷な日々になるだろう』と宣言していたため、フィアラは不安なまま侯爵邸へ向かう。
だが侯爵邸で待っていたのは過酷な毎日ではなくむしろ……。
いっぽう、フィアラのいなくなった子爵邸では大金が入ってきて全員が大喜び。
さっそくこの大金を手にして新たな使用人を雇う。
お金にも困らずのびのびとした生活ができるかと思っていたのだが、現実は……。
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる