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第六章 西からの風
6.13 神殿の幻想 その4
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薄暗い、しかしどこか懐かしい空間に、思わず目を瞬かせる。
ここは、……サッカー&フットサルクラブのグラウンド近くにあった写真館。大学入試の前に、願書に貼る写真を小野寺や伊藤と一緒に撮りに行った場所。この小さな写真館の主人は無類のサッカー好きで、近所の愛好家達をかき集めて、トールの父が所属していた工場チームと度々、サッカーやフットサルの試合をしていた。
「はい、もう少しにこやかに」
その、写真館の主人の声に、はっと顔を上げる。
トールが立ち竦む暗がりの向こう、強いライトで明るくなった空間に居たのは。
「緊張しているのか、司」
不意に砕けた口調になった写真館の主人の前で、少し派手なスーツに身を包んだ見知った影が小さく呻く。あの、影は。
〈伊藤〉
言葉を、飲み込む。
「もう少し文乃さんの側に寄った方が、写真映えするんだが」
「……う」
写真館の主人の揶揄に釣られるように、伊藤が小野寺の方へ小さく一歩だけ寄るさまに、トールは無意識に奥歯を噛み締めていた。
伊藤の横で、椅子に座って笑っている小野寺は、落ち着いた色の振袖をまとっている。成人式の、前撮り。脳裏にちらついた単語に、トールはごまかすように首を横に振った。トールが暮らしていた、あの小さな街では、二十歳になる年度の一月に成人式をしていた。だから、……もし生きていたら、自分も、小野寺や伊藤と一緒に写真に収まっていたのだろう。
小野寺が着ている振袖は、小野寺の家に代々伝わるものだと、聞いている。小野寺と一緒に受けていた教育学部の授業の後で成人式の装いについて話していた友人の問いに答えていた小野寺の声を思い出す。今風に、襟元と帯にあしらわれたレースは、……小野寺には似合わないような気がする。短い髪に付けられた豪勢な髷も。
「ちょ、ちょっと、汗」
狭い部屋を煌々と照らすライトが熱いのだろう、慌てた様子で近くのタオルを手にした伊藤に口の端を上げた小野寺から、伊藤の方へと目を逸らす。何事にも厳格で、常にオーダーメイドのスーツをビシッと着こなしていた自分の父親を、伊藤は静かに尊敬していた。お金を貯めて、成人式用のオーダーメイドのスーツを作ろうとトールに持ちかけてきたのも、伊藤。正直なところ、オーダーメイドのスーツは敷居が高すぎるとトールは思っていた。だが、就活用の地味なスーツも作ることができると、伊藤が持ってきたカタログには書かれていた。だからトールは最終的に、伊藤の案に了承の言葉を返した。それが、確か、あの事故の数日前。
あの事故が無ければ。小さな未練が、胸を刺す。
息苦しさを覚えると同時に、辺りの景色は、一瞬にしてその色を失った。
ここは、……サッカー&フットサルクラブのグラウンド近くにあった写真館。大学入試の前に、願書に貼る写真を小野寺や伊藤と一緒に撮りに行った場所。この小さな写真館の主人は無類のサッカー好きで、近所の愛好家達をかき集めて、トールの父が所属していた工場チームと度々、サッカーやフットサルの試合をしていた。
「はい、もう少しにこやかに」
その、写真館の主人の声に、はっと顔を上げる。
トールが立ち竦む暗がりの向こう、強いライトで明るくなった空間に居たのは。
「緊張しているのか、司」
不意に砕けた口調になった写真館の主人の前で、少し派手なスーツに身を包んだ見知った影が小さく呻く。あの、影は。
〈伊藤〉
言葉を、飲み込む。
「もう少し文乃さんの側に寄った方が、写真映えするんだが」
「……う」
写真館の主人の揶揄に釣られるように、伊藤が小野寺の方へ小さく一歩だけ寄るさまに、トールは無意識に奥歯を噛み締めていた。
伊藤の横で、椅子に座って笑っている小野寺は、落ち着いた色の振袖をまとっている。成人式の、前撮り。脳裏にちらついた単語に、トールはごまかすように首を横に振った。トールが暮らしていた、あの小さな街では、二十歳になる年度の一月に成人式をしていた。だから、……もし生きていたら、自分も、小野寺や伊藤と一緒に写真に収まっていたのだろう。
小野寺が着ている振袖は、小野寺の家に代々伝わるものだと、聞いている。小野寺と一緒に受けていた教育学部の授業の後で成人式の装いについて話していた友人の問いに答えていた小野寺の声を思い出す。今風に、襟元と帯にあしらわれたレースは、……小野寺には似合わないような気がする。短い髪に付けられた豪勢な髷も。
「ちょ、ちょっと、汗」
狭い部屋を煌々と照らすライトが熱いのだろう、慌てた様子で近くのタオルを手にした伊藤に口の端を上げた小野寺から、伊藤の方へと目を逸らす。何事にも厳格で、常にオーダーメイドのスーツをビシッと着こなしていた自分の父親を、伊藤は静かに尊敬していた。お金を貯めて、成人式用のオーダーメイドのスーツを作ろうとトールに持ちかけてきたのも、伊藤。正直なところ、オーダーメイドのスーツは敷居が高すぎるとトールは思っていた。だが、就活用の地味なスーツも作ることができると、伊藤が持ってきたカタログには書かれていた。だからトールは最終的に、伊藤の案に了承の言葉を返した。それが、確か、あの事故の数日前。
あの事故が無ければ。小さな未練が、胸を刺す。
息苦しさを覚えると同時に、辺りの景色は、一瞬にしてその色を失った。
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