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第四章 帝都の日々
4.18 林に埋もれた古代の遺跡
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サシャが投げた、小さめの石が、木々の間を掠めて真っ直ぐに飛んでいく。イアンから教わっている石投げは、上手になっている。石が飛んでいった方向を見透かし、微笑んだサシャの赤くなった頬に、トールは小さく息を吐いた。……剣術の方は、全然、上達していないが。石投げの技と交換でサシャがイアンに教えている勉強の方も、これは成果が現れるのを気長に待った方が良いのだろう。
サシャが白竜騎士団に移ってから、もうそろそろ二つ目の季節に入ろうとしている。帝都の南側郊外に広がる林の木々はしっかりとした青みを帯び、南へ向かう街道沿いに広がる畑は既に刈り取りが終わっている。二毛作は、できないのだろうか? 林の向こうに映る裸の畑に、トールが暮らしていた町の郊外に広がっていた田畑を重ね、トールはサシャのエプロンのポケットの中で首を傾げた。稲を植える前に大麦を栽培したり、米を収穫した後で蕎麦を植えたりするのは、やはり、豊富な化学肥料抜きでは無理なのかもしれない。
「トール」
サシャが指差した、林の木々に巻き付く蔓草の葉を、記憶と照合する。あの、帝華の北側の森で見つけた、紙を作るのに丁度良かった草は、これではない。トールと同時に首を横に振ったサシャに、トールは再び溜め息を吐いた。やはり、ここからは遠い、あの森に行く必要があるのだろう。行く暇はあるのか? 白竜騎士団におけるサシャの日々を思い出し、トールは再び首を横に振った。掃除と洗濯については、身の回りのことだけに注意すれば良くなったので、サシャの負担は格段に少なくなっている。学問の方も、自由七科の内、『幾何』と『修辞』の資格は、新しい学年の始まりである煌星祭の前までに取れるだろうと、サシャの勉強を手伝ってくれている、自分も教授資格を取るために勉学に励んでいるアラン師匠は太鼓判を押していた。『文法』と『算術』の資格は持っているから、あとは、『論理』と『音楽』と『天文』の資格さえ取れば、サシャも、『師匠』と呼ばれる、自由七科卒業者になることができる。そう言えば。上や下に首を動かしながら林を彷徨うサシャの、足下に危険が無いかを確認しながら、小さく唸る。北都でサシャが手伝っていた『星読み』の仕事をこの帝都でも続けることができるように、黒竜騎士団のフェリクス副団長が『星読み』の人を紹介すると言っていた覚えがあるのだが、それに関しては音沙汰が無い。フェリクス副団長も、八都内にゴタゴタが起こっていないかどうかを確認する黒竜騎士団の責務で忙しいのだろう。サシャも、『星読み』のことは気にしていないようにみえる。……白竜騎士団での剣術の訓練が厳しすぎるというのもあるだろうが。
「……これ、は?」
剣術の訓練、もう少し楽になる方法は無いのだろうか? そう考えていたトールの耳に、首を傾げるサシャの声が響く。同時に目の端に映った、大学の大教室の光景に、トールは呻きを飲み込んだ。おそらく暑いのだろう、カーディガンを膝に置いた小野寺が、隣の男子から身を離すように、座っている椅子を動かす。小野寺の気持ちに気付いていない男子が小野寺の方に身を寄せるのを見るや否や、トールの胸は熱い怒りでいっぱいになった。あの大教室での教育学部全学年合同の必修授業は、学年が変わる毎に縦割りのグループを組んで一年間グループ活動を行うが、二年生になって小野寺と同じグループになってからずっと、あの男子は、小野寺に自分の気持ちを押しつけていた。だからトールは、工学部所属の『余所者』であるという自分の立場を利用して知り合いである小野寺と同じグループになるよう担当教員に頼み込み、自分と同じ性別であるその男子の横に居た方が教育学部生ばかりのグループに溶け込みやすいという尤もな理由を付けてその男子と小野寺との間に座っていた。その上で、トールは、幼馴染みの伊藤に、小野寺に伊藤の好意を告げるように助言した。それなのに。
「これ、古代の、神様、だよね、トール?」
草の間から小さなものを拾い上げたサシャの声に、思考を、大教室から無理矢理引き剥がす。サシャの手の中にあったのは、サシャの小さな手にすっぽりと収まる、木とも石とも判別がつかない物質で作られた像。大きく伸びた額に、数えると角が九つ見える星が刻まれている。
「ここも、古代の神殿、だったのかな?」
小野寺の方に身を寄せる件の男子の幻影の後ろに、階段教室の机のように見える低い壁が見える。おそらく昔は、ちゃんとした壁だったのだろう、今は岩が無造作に積み重なっただけのように見える『壁』の下方に穿たれた、小さな隙間の一つに、サシャは汚れを払った手の中の像を優しく収めた。
サシャが白竜騎士団に移ってから、もうそろそろ二つ目の季節に入ろうとしている。帝都の南側郊外に広がる林の木々はしっかりとした青みを帯び、南へ向かう街道沿いに広がる畑は既に刈り取りが終わっている。二毛作は、できないのだろうか? 林の向こうに映る裸の畑に、トールが暮らしていた町の郊外に広がっていた田畑を重ね、トールはサシャのエプロンのポケットの中で首を傾げた。稲を植える前に大麦を栽培したり、米を収穫した後で蕎麦を植えたりするのは、やはり、豊富な化学肥料抜きでは無理なのかもしれない。
「トール」
サシャが指差した、林の木々に巻き付く蔓草の葉を、記憶と照合する。あの、帝華の北側の森で見つけた、紙を作るのに丁度良かった草は、これではない。トールと同時に首を横に振ったサシャに、トールは再び溜め息を吐いた。やはり、ここからは遠い、あの森に行く必要があるのだろう。行く暇はあるのか? 白竜騎士団におけるサシャの日々を思い出し、トールは再び首を横に振った。掃除と洗濯については、身の回りのことだけに注意すれば良くなったので、サシャの負担は格段に少なくなっている。学問の方も、自由七科の内、『幾何』と『修辞』の資格は、新しい学年の始まりである煌星祭の前までに取れるだろうと、サシャの勉強を手伝ってくれている、自分も教授資格を取るために勉学に励んでいるアラン師匠は太鼓判を押していた。『文法』と『算術』の資格は持っているから、あとは、『論理』と『音楽』と『天文』の資格さえ取れば、サシャも、『師匠』と呼ばれる、自由七科卒業者になることができる。そう言えば。上や下に首を動かしながら林を彷徨うサシャの、足下に危険が無いかを確認しながら、小さく唸る。北都でサシャが手伝っていた『星読み』の仕事をこの帝都でも続けることができるように、黒竜騎士団のフェリクス副団長が『星読み』の人を紹介すると言っていた覚えがあるのだが、それに関しては音沙汰が無い。フェリクス副団長も、八都内にゴタゴタが起こっていないかどうかを確認する黒竜騎士団の責務で忙しいのだろう。サシャも、『星読み』のことは気にしていないようにみえる。……白竜騎士団での剣術の訓練が厳しすぎるというのもあるだろうが。
「……これ、は?」
剣術の訓練、もう少し楽になる方法は無いのだろうか? そう考えていたトールの耳に、首を傾げるサシャの声が響く。同時に目の端に映った、大学の大教室の光景に、トールは呻きを飲み込んだ。おそらく暑いのだろう、カーディガンを膝に置いた小野寺が、隣の男子から身を離すように、座っている椅子を動かす。小野寺の気持ちに気付いていない男子が小野寺の方に身を寄せるのを見るや否や、トールの胸は熱い怒りでいっぱいになった。あの大教室での教育学部全学年合同の必修授業は、学年が変わる毎に縦割りのグループを組んで一年間グループ活動を行うが、二年生になって小野寺と同じグループになってからずっと、あの男子は、小野寺に自分の気持ちを押しつけていた。だからトールは、工学部所属の『余所者』であるという自分の立場を利用して知り合いである小野寺と同じグループになるよう担当教員に頼み込み、自分と同じ性別であるその男子の横に居た方が教育学部生ばかりのグループに溶け込みやすいという尤もな理由を付けてその男子と小野寺との間に座っていた。その上で、トールは、幼馴染みの伊藤に、小野寺に伊藤の好意を告げるように助言した。それなのに。
「これ、古代の、神様、だよね、トール?」
草の間から小さなものを拾い上げたサシャの声に、思考を、大教室から無理矢理引き剥がす。サシャの手の中にあったのは、サシャの小さな手にすっぽりと収まる、木とも石とも判別がつかない物質で作られた像。大きく伸びた額に、数えると角が九つ見える星が刻まれている。
「ここも、古代の神殿、だったのかな?」
小野寺の方に身を寄せる件の男子の幻影の後ろに、階段教室の机のように見える低い壁が見える。おそらく昔は、ちゃんとした壁だったのだろう、今は岩が無造作に積み重なっただけのように見える『壁』の下方に穿たれた、小さな隙間の一つに、サシャは汚れを払った手の中の像を優しく収めた。
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