上 下
132 / 351
第四章 帝都の日々

4.18 林に埋もれた古代の遺跡

しおりを挟む
 サシャが投げた、小さめの石が、木々の間を掠めて真っ直ぐに飛んでいく。イアンから教わっている石投げは、上手になっている。石が飛んでいった方向を見透かし、微笑んだサシャの赤くなった頬に、トールは小さく息を吐いた。……剣術の方は、全然、上達していないが。石投げの技と交換でサシャがイアンに教えている勉強の方も、これは成果が現れるのを気長に待った方が良いのだろう。

 サシャが白竜はくりゅう騎士団に移ってから、もうそろそろ二つ目の季節に入ろうとしている。帝都ていとの南側郊外に広がる林の木々はしっかりとした青みを帯び、南へ向かう街道沿いに広がる畑は既に刈り取りが終わっている。二毛作は、できないのだろうか? 林の向こうに映る裸の畑に、トールが暮らしていた町の郊外に広がっていた田畑を重ね、トールはサシャのエプロンのポケットの中で首を傾げた。稲を植える前に大麦を栽培したり、米を収穫した後で蕎麦を植えたりするのは、やはり、豊富な化学肥料抜きでは無理なのかもしれない。

「トール」

 サシャが指差した、林の木々に巻き付く蔓草の葉を、記憶と照合する。あの、帝華ていとの北側の森で見つけた、紙を作るのに丁度良かった草は、これではない。トールと同時に首を横に振ったサシャに、トールは再び溜め息を吐いた。やはり、ここからは遠い、あの森に行く必要があるのだろう。行く暇はあるのか? 白竜騎士団におけるサシャの日々を思い出し、トールは再び首を横に振った。掃除と洗濯については、身の回りのことだけに注意すれば良くなったので、サシャの負担は格段に少なくなっている。学問の方も、自由七科の内、『幾何』と『修辞』の資格は、新しい学年の始まりである煌星祭きらぼしのまつりの前までに取れるだろうと、サシャの勉強を手伝ってくれている、自分も教授資格を取るために勉学に励んでいるアラン師匠は太鼓判を押していた。『文法』と『算術』の資格は持っているから、あとは、『論理』と『音楽』と『天文』の資格さえ取れば、サシャも、『師匠』と呼ばれる、自由七科卒業者になることができる。そう言えば。上や下に首を動かしながら林を彷徨うサシャの、足下に危険が無いかを確認しながら、小さく唸る。北都でサシャが手伝っていた『星読みほしよみ』の仕事をこの帝都でも続けることができるように、黒竜こくりゅう騎士団のフェリクス副団長が『星読み』の人を紹介すると言っていた覚えがあるのだが、それに関しては音沙汰が無い。フェリクス副団長も、八都内にゴタゴタが起こっていないかどうかを確認する黒竜騎士団の責務で忙しいのだろう。サシャも、『星読み』のことは気にしていないようにみえる。……白竜騎士団での剣術の訓練が厳しすぎるというのもあるだろうが。

「……これ、は?」

 剣術の訓練、もう少し楽になる方法は無いのだろうか? そう考えていたトールの耳に、首を傾げるサシャの声が響く。同時に目の端に映った、大学の大教室の光景に、トールは呻きを飲み込んだ。おそらく暑いのだろう、カーディガンを膝に置いた小野寺が、隣の男子から身を離すように、座っている椅子を動かす。小野寺おのでらの気持ちに気付いていない男子が小野寺の方に身を寄せるのを見るや否や、トールの胸は熱い怒りでいっぱいになった。あの大教室での教育学部全学年合同の必修授業は、学年が変わる毎に縦割りのグループを組んで一年間グループ活動を行うが、二年生になって小野寺と同じグループになってからずっと、あの男子は、小野寺に自分の気持ちを押しつけていた。だからトールは、工学部所属の『余所者』であるという自分の立場を利用して知り合いである小野寺と同じグループになるよう担当教員に頼み込み、自分と同じ性別であるその男子の横に居た方が教育学部生ばかりのグループに溶け込みやすいという尤もな理由を付けてその男子と小野寺との間に座っていた。その上で、トールは、幼馴染みの伊藤いとうに、小野寺に伊藤の好意を告げるように助言した。それなのに。

「これ、古代の、神様、だよね、トール?」

 草の間から小さなものを拾い上げたサシャの声に、思考を、大教室から無理矢理引き剥がす。サシャの手の中にあったのは、サシャの小さな手にすっぽりと収まる、木とも石とも判別がつかない物質で作られた像。大きく伸びた額に、数えると角が九つ見える星が刻まれている。

「ここも、古代の神殿、だったのかな?」

 小野寺の方に身を寄せる件の男子の幻影の後ろに、階段教室の机のように見える低い壁が見える。おそらく昔は、ちゃんとした壁だったのだろう、今は岩が無造作に積み重なっただけのように見える『壁』の下方に穿たれた、小さな隙間の一つに、サシャは汚れを払った手の中の像を優しく収めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます

里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。 だが実は、誰にも言えない理由があり…。 ※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。 全28話で完結。

絞首刑まっしぐらの『醜い悪役令嬢』が『美しい聖女』と呼ばれるようになるまでの24時間

夕景あき
ファンタジー
ガリガリに痩せて肌も髪もボロボロの『醜い悪役令嬢』と呼ばれたオリビアは、ある日婚約者であるトムス王子と義妹のアイラの会話を聞いてしまう。義妹はオリビアが放火犯だとトムス王子に訴え、トムス王子はそれを信じオリビアを明日の卒業パーティーで断罪して婚約破棄するという。 卒業パーティーまで、残り時間は24時間!! 果たしてオリビアは放火犯の冤罪で断罪され絞首刑となる運命から、逃れることが出来るのか!?

転生美女は元おばあちゃん!同じ世界に転生した孫を守る為、エルフ姉妹ともふもふたちと冒険者になります!

ひより のどか
ファンタジー
目が覚めたら知らない世界に。しかもここはこの世界の神様達がいる天界らしい。そこで驚くべき話を聞かされる。 私は前の世界で孫を守って死に、この世界に転生したが、ある事情で長いこと眠っていたこと。 そして、可愛い孫も、なんと隣人までもがこの世界に転生し、今は地上で暮らしていること。 早く孫たちの元へ行きたいが、そうもいかない事情が⋯ 私は孫を守るため、孫に会うまでに強くなることを決意する。 『待っていて私のかわいい子⋯必ず、強くなって会いに行くから』 そのために私は⋯ 『地上に降りて冒険者になる!』 これは転生して若返ったおばあちゃんが、可愛い孫を今度こそ守るため、冒険者になって活躍するお話⋯ ☆。.:*・゜☆。.:*・゜ こちらは『転生初日に妖精さんと双子のドラゴンと家族になりました。もふもふとも家族になります!』のスピンオフとなります。おばあちゃんこと凛さんが主人公! が、こちらだけでも楽しんでいただけるように頑張ります。『転生初日に~』共々、よろしくお願いいたします。 また、全くの別のお話『小さな小さな花うさぎさん達に誘われて』というお話も始めました。 こちらも、よろしくお願いします。 *8/11より、なろう様、カクヨム様、ノベルアップ、ツギクルさんでも投稿始めました。アルファポリスさんが先行です。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

【書籍化進行中】魔法のトランクと異世界暮らし

猫野美羽
ファンタジー
※書籍化進行中です。  曾祖母の遺産を相続した海堂凛々(かいどうりり)は原因不明の虚弱体質に苦しめられていることもあり、しばらくは遺産として譲り受けた別荘で療養することに。  おとぎ話に出てくる魔女の家のような可愛らしい洋館で、凛々は曾祖母からの秘密の遺産を受け取った。  それは異世界への扉の鍵と魔法のトランク。  異世界の住人だった曾祖母の血を濃く引いた彼女だけが、魔法の道具の相続人だった。  異世界、たまに日本暮らしの楽しい二拠点生活が始まる── ◆◆◆  ほのぼのスローライフなお話です。  のんびりと生活拠点を整えたり、美味しいご飯を食べたり、お金を稼いでみたり、異世界旅を楽しむ物語。 ※カクヨムでも掲載予定です。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...