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第四章 帝都の日々

4.17 ルーファスの息子イアン

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「大丈夫か?」

 襲われていたのは本当にセルジュだったのだろうか? トールが首を傾げる前に、赤い髪が目の前に現れる。

「俺の石投げ、どうだった?」

 ルーファスの酒場にいた子供だ。記憶を、どうにか手繰り寄せる。名前は、確か、イアン。

「どうやったら、あそこまで正確に当てられるの?」

 動く人間の、小さな頭に、当たるように石を投げるのは、思う以上に難しいこと。助けてくれた人物に目を瞬かせたサシャの質問に、イアンは父親に似た碧色の瞳を輝かせた。

「小さい頃、親父に、教えてもらったんだ」

 俺が学校に行く年頃までは、親父、結構優しかったんだぜ。満面の笑みを浮かべ、しかしすぐに俯いたイアンに、サシャの身体が小さく震える。勉強ができないイアンが悪い成績を持って帰る度に、ルーファスはしばしば雷を落としているらしい。トールの両親は、どうだっただろうか? 肩を落としたイアンに、妹のひかるの姿が重なる。性別が違っている所為か、トールにとって妹は、いつの頃からか遠巻きに眺めるだけの存在になっていた。だが、トールの両親は、成績が振るわなかった妹を近くの熱心な塾に行かせたり、勉強時間を増やすために家事負担を減らしたりと、かなり気を遣っていたように思う。

「あの、イアン」

 遠慮がちなサシャの声が、トールの耳に響く。

「僕で良ければ、勉強、教えられると、思う」

「えっ?」

「いや、僕も、勉強、あるけど、その、ルーファスさん、良い人だし、イアンが、迷惑だと思わなかったら」

 助けてくれた御礼のつもりなのだろう、支えながらのサシャの言葉に、イアンは再び満面の笑みをサシャに向けた。

「良い、のか?」

 しかしすぐにまた、イアンは石畳の方へ視線を落とした。

「あ、でも、サシャ、白竜はくりゅう騎士団にいるんだろ?」

 イアンは、勉強と剣術に追われているサシャのことを心配している。トールのこの思考は、しかし的外れに終わる。

「『大国』の奴には、勉強、教わりたくない」

 次に響いた、イアンの言葉に、トールは幻の口をぽかんと開けた。しかしすぐに、イアンの思考を理解する。イアンの言う『大国』とは、八都はちとの内、国土の大きい秋津あきつ東雲しののめ春陽はるひ南苑なんえんのこと。帝都ていとで暮らす学生達の殆どはこの四つの国のうちのどこかの出身者であり、白竜騎士団でも、サシャが通っている自由七科の教室でも互いに覇を競っている。彼らが所属する『国民団』の結束力も強く、夏炉かろ北向きたむく西海さいかい出身者は肩身の狭い思いをすることが少なくない。ルーファスは西海出身だと本人が話していた。イアンが、自分の父の出身地に誇りを持ち、それ故に、帝都中で威張っている大国出身者に恩を売りたくないと思っているのだろう。

「僕は、北向出身」

「本当かっ!」

 微笑んだサシャの優しい声に、一息で、イアンがサシャに飛びつく。

「良かった」

 大国出身者は、信用できない。父が大国出身者に優しくするなど、言語道断。そう思い、サシャの後を付けていた。口ごもりながらのイアンの言葉が、トールのすぐ側で響く。

「勉強、教えてくれるんなら、こっちも、……そうだ。石投げ、教えてやる」

 それは、良い交換条件かもしれない。サシャから身を離し、サシャの両手を掴んだイアンに、大きく頷く。『石投げ』という遠距離攻撃をサシャが会得すれば、先程のようにサシャ自身の身を危険に曝すことなく、サシャが助けたいと思う人々を助けることができる。サシャにとっては良いこと。一瞬だけ俯いたサシャに、トールは頷くことで自分の意見を伝えた。
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