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第四章 帝都の日々
4.7 郊外にいた影
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黒竜騎士団の館に戻り、エルチェに断って小さな門を通り抜ける。
「跳ね橋、日が暮れたら上げるから、それまでに帰って来いよ」
門の側で手を振るエルチェに、サシャも手を振り返す。その勢いでサシャがくるりと踵を返すと、僅かに色付き始めた麦畑と青々とした丘が、トールの幻の瞳に眩しく映った。
「丘の上に、あるかな?」
麦畑の間にある細い道を慎重に進むサシャに、小さく頷く。
丘の麓、まばらに生えた木々の影に人影を捉えたのは、丁度その時。
[サシャ]
侘しい林の中ではなく、大学構内が似合いそうな人影に気付いていないサシャに、注意を促す。
「あれ、は」
立ち止まり、人影の方を見つめたサシャは、目を瞬かせて首を傾げた。
「レイナルド教授がいる」
四人見える人影の一人、灰色の髭を蓄えた人物は、トールもよく知っている人物。狂信者の悪行により酷い火傷を負い、帝都に運び込まれたサシャを最初に診た、神帝猊下の侍医の一人で医学部所属の教授。サシャの火傷を的確な指示で治療したアランに喧嘩腰に抗議していたその声を、トールもサシャもしっかりと覚えている。レイナルド教授のすぐ側に控えている頼りなげな若い人物には心当たりはないが、アランに抗議するレイナルド教授の側に控えていたエフラインというまだ若いが存在感のあった教授と同じ、レイナルド教授の弟子なのだろう。
「あの人は、……ティツィアーノ様かな?」
もう一人、細身ながら威圧感のある中年の人物の方に目を移したサシャが、再び首を傾げる。サシャの言う通り、あの影は確かに、夏炉の神帝候補ティツィアーノ。ヴィリバルトに引き摺られるように帝都観光をした時に、帝都の丘の麓にある神帝猊下の政務所の前で出会っただけだが、威圧感の重さだけはしっかりと覚えている。会釈だけして去ったティツィアーノの鋭い視線と、その視線を自然に躱して肩を竦めたヴィリバルトの呆れた笑みも。
「ティツィアーノ様の側にいるのは、秘書の人かな?」
ティツィアーノの影にいた、まだ若そうな小柄な影に、サシャが三度首を傾げる。
「こんなところで何をしているんだろう?」
独り言のようなサシャの問いに合わせるように、不意に、トールが見る景色が揺らぐ。木々の間に見える人影に重なって映ったのは、トールもよく知る大学の大教室。そこにある机と椅子を動かして行われているグループ学習中のグループの一つにいた、小野寺の影に、トールの全身は固まった。
〈小野寺〉
叫びを、喉で止める。幼馴染みの小野寺は、同じ幼馴染みである伊藤の好意を受け入れた、はず。トールには、もう、……何もできない。話し合いをまとめたホワイトボードをグループに示す小野寺と、その小野寺に不自然に身体を寄せる、小野寺と同じ学部の男子に、トールは殊更大きく首を横に振った。ルジェクによると、帝都の周りの丘にも、古代人が作った遺跡が少しだけあるらしい。今、トールが見ているのは、古代の遺跡が勝手に映し出す、幻影。
[離れよう、サシャ]
幻影を振り切り、背表紙に文字を並べる。
帝都から離れた人気の無い場所で、権力を持っている人々が話していることなんて、ろくでもないことに違いない。サシャには、これ以上の陰謀に巻き込まれてほしくない。それが、トールの本音。
「そうだね」
やっぱり今日は、何もせずに、自室で身体を休めた方が良い。更に血の気を失ったように見えるサシャの頬と、小さく頷いて帝都の方へと踵を返したサシャの忙しなくなった鼓動に、トールはむずむずと幻の身体を動かした。
「跳ね橋、日が暮れたら上げるから、それまでに帰って来いよ」
門の側で手を振るエルチェに、サシャも手を振り返す。その勢いでサシャがくるりと踵を返すと、僅かに色付き始めた麦畑と青々とした丘が、トールの幻の瞳に眩しく映った。
「丘の上に、あるかな?」
麦畑の間にある細い道を慎重に進むサシャに、小さく頷く。
丘の麓、まばらに生えた木々の影に人影を捉えたのは、丁度その時。
[サシャ]
侘しい林の中ではなく、大学構内が似合いそうな人影に気付いていないサシャに、注意を促す。
「あれ、は」
立ち止まり、人影の方を見つめたサシャは、目を瞬かせて首を傾げた。
「レイナルド教授がいる」
四人見える人影の一人、灰色の髭を蓄えた人物は、トールもよく知っている人物。狂信者の悪行により酷い火傷を負い、帝都に運び込まれたサシャを最初に診た、神帝猊下の侍医の一人で医学部所属の教授。サシャの火傷を的確な指示で治療したアランに喧嘩腰に抗議していたその声を、トールもサシャもしっかりと覚えている。レイナルド教授のすぐ側に控えている頼りなげな若い人物には心当たりはないが、アランに抗議するレイナルド教授の側に控えていたエフラインというまだ若いが存在感のあった教授と同じ、レイナルド教授の弟子なのだろう。
「あの人は、……ティツィアーノ様かな?」
もう一人、細身ながら威圧感のある中年の人物の方に目を移したサシャが、再び首を傾げる。サシャの言う通り、あの影は確かに、夏炉の神帝候補ティツィアーノ。ヴィリバルトに引き摺られるように帝都観光をした時に、帝都の丘の麓にある神帝猊下の政務所の前で出会っただけだが、威圧感の重さだけはしっかりと覚えている。会釈だけして去ったティツィアーノの鋭い視線と、その視線を自然に躱して肩を竦めたヴィリバルトの呆れた笑みも。
「ティツィアーノ様の側にいるのは、秘書の人かな?」
ティツィアーノの影にいた、まだ若そうな小柄な影に、サシャが三度首を傾げる。
「こんなところで何をしているんだろう?」
独り言のようなサシャの問いに合わせるように、不意に、トールが見る景色が揺らぐ。木々の間に見える人影に重なって映ったのは、トールもよく知る大学の大教室。そこにある机と椅子を動かして行われているグループ学習中のグループの一つにいた、小野寺の影に、トールの全身は固まった。
〈小野寺〉
叫びを、喉で止める。幼馴染みの小野寺は、同じ幼馴染みである伊藤の好意を受け入れた、はず。トールには、もう、……何もできない。話し合いをまとめたホワイトボードをグループに示す小野寺と、その小野寺に不自然に身体を寄せる、小野寺と同じ学部の男子に、トールは殊更大きく首を横に振った。ルジェクによると、帝都の周りの丘にも、古代人が作った遺跡が少しだけあるらしい。今、トールが見ているのは、古代の遺跡が勝手に映し出す、幻影。
[離れよう、サシャ]
幻影を振り切り、背表紙に文字を並べる。
帝都から離れた人気の無い場所で、権力を持っている人々が話していることなんて、ろくでもないことに違いない。サシャには、これ以上の陰謀に巻き込まれてほしくない。それが、トールの本音。
「そうだね」
やっぱり今日は、何もせずに、自室で身体を休めた方が良い。更に血の気を失ったように見えるサシャの頬と、小さく頷いて帝都の方へと踵を返したサシャの忙しなくなった鼓動に、トールはむずむずと幻の身体を動かした。
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