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第三章 森と砦と

3.13 荒野の向こうにある砦

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〈なっ!〉

 上下に揺れながら、飛ぶように遠ざかる乾いた色の木々に、思わず呻き声を上げる。

 これが、「馬に乗る」ということなのか? 幻の胃がひっくり返ったように感じ、トールは幻の手で口を押さえた。

「サシャ! くっついてるかっ?」

「はいっ!」

 ルジェクの問いに答えるサシャの声も、悲鳴に聞こえる。

「ここにもさぁ、村、あったんだぜ」

 そのサシャの気を落ち着かせるためだろうか、木々が疎らになったところで、今は不要な情報をルジェクが口にする。

「疫病と渇水で丘の向こうに移住しちゃったんだけどな」

 海から遠く、山に囲まれた夏炉は、雨が少ない土地。北辺で読んだ地理書の内容に、揺れて見える周りの荒野を重ね合わせる。

「あの砦に匿ってもらう」

 不意に上がった、ルジェクの右腕に、トールも思わず顔を上げた。

 目眩の視界に映るのは、荒野と同じ色をした岩の丘。砦なんて、何処にある? 眼を細めても、分からない。

「……やばっ!」

 首を傾げそうになったトールの前に、ルジェクが握っていたはずの手綱が落ちる。

「気付かれたっ!」

 サシャが狂信者達のマントを羽織っているから、偽装になると思ったのに。ルジェクの呟きに、首を斜め後ろに向ける。まだ遠いが確実にこちらに向かってくる砂埃に、トールは思わず身震いした。

「旗、紫色に翼が描かれてるよ」

 トールと同じように砂埃を確かめたのであろうサシャが、疑問の声を出す。

夏炉かろの正規軍じゃないの?」

 狂信者達のマントを身に着けているサシャ達が、敵であると勘違いされている可能性がある。サシャの疑問は、しかしすぐにルジェクによって打ち消された。

「翼に、馬、付いてるか?」

「……付いてない」

「夏炉の旗は紫地に天馬。あいつらの旗は翼だけ。紛らわしいったらありゃしない」

 しっかり、つかまってろ。サシャに小さく声をかけたルジェクが、頭と同じくらいの高さに弓を構える。ルジェクが放った矢は、近づいてきた砂埃の真ん中に吸い込まれた。

「よしっ!」

 砂埃が蟠ったことを確かめ、ほっと息を吐く。

「もう一丁!」

 再び頭と同じ高さに弓を掲げ、矢を放ったルジェクは、腰の捻りだけで馬の進行方向をやや右寄りに変更した。

「ルジェク、右側にも、紫の旗!」

 サシャの腕から、怯えがトールに伝わってくる。

「追いつけやしないさ!」

 先程よりも悪くなった顔色で口の端を上げると、ルジェクは再び前方を指差した。

「砦は、すぐ、そこ!」

 確かに、ルジェクの言う通り、丘と同化した円筒形が、揺れ続けるトールの視界でも判別できる。

「意外に、作戦通りかもな」

 振り向いたルジェクがそう呟くと同時に、二人と一冊を乗せた馬は、いかにも人工物だと言わんばかりの薄色の土壁の中に入り、壁を避けるように直角に曲がった。

「よし、着いたっ!」

 緩やかな曲線の壁に開いた小さめの門が、あっという間にトールの後ろになる。やはり緩やかな曲線に囲まれた中庭で、ルジェクは手綱を引いた。

「ルジェク!」

「ごめん、ブルーノ隊長!」

 壁の隅から現れた灰色の髪に、馬を止めたルジェクが頭を下げる。

「門を閉めろっ!」

 危急を察した灰色の髪の隊長の命令と同時に、トールの後ろで何か重いものが滑る音が響いた。

「助かった、ぜ……」

 息を吐いたルジェクの身体が、ゆらりと揺れる。

「ルジェク!」

 倒れそうになったルジェクを抱き締めたサシャの、震える腕に、トールは無意識に首を横に振っていた。
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