98 / 351
第三章 森と砦と
3.10 顔無き翼持つもの
しおりを挟む
「……トール?」
サシャの声に、はっと意識を取り戻す。
『本』に、戻っている。先程よりは僅かに明るい暗闇と、トールを抱き締めているサシャの細い腕の温かさに、トールは小さく首を横に振った。……やはり、あれは、夢。
「大丈夫?」
僅かに震えるトールの耳に、心地良いサシャの声が響く。
「泣いている、みたいだったけど」
[大丈夫]
トールを更に力強く抱き締めたサシャの、青白く見える頬に、トールは自分の感情をごまかすように首を横に振った。
息を吐いて鼓動を静めてから、おもむろに暗闇を見回す。トールを抱き締めたサシャが尻餅をついているこの空間は、先程、眠りから目覚めた場所よりは、明るくて狭い。ずっと上に見える天井に小さく開いた穴から、細い光が差し込んできていることを、顔を上げて確かめる。そして、円筒の内側のように曲がった壁の間に見えた大きな像に、トールは目を瞬かせた。
[これ、は]
サシャの鼓動の忙しなさを確かめながら、記憶を手繰り寄せる。この像は、古代人の遺跡で何度か目にしている。顔の無い、翼を持つ人型の像。古代人は、この像を最高神として崇めていたと、北辺でトールが読んだ本には書かれていた。やはりここは、古代人の神殿。トールとサシャを見下ろす、眼の無い像に射竦められた気がして、トールは大きく全身を震わせた。
「……」
サシャも、トールと同じ感情を抱いているらしい。トールを抱き締めたまま、その像に向かって大きく頭を下げる。
次の瞬間。
「……え?」
不意に像の横に現れた細い光に、トールはサシャと同時に声を上げた。まさか、……脱出口? 逸る気持ちを抑えるように、サシャをそっと見上げる。
「行って、大丈夫、かな?」
サシャの方も、半信半疑のようだ。
[行ってみよう]
トールの言葉に頷くと、立ち上がったサシャは細い光の方へと歩を進めた。
緩やかに曲がる壁にできた隙間は、細いサシャなら何とか通り抜けることができる幅。息を止めたサシャがその隙間を通り抜けると、一人と一冊の目の前には再び、岩色の壁が現れた。
「トール!」
用心深く辺りを見回していたサシャが、歓喜の声を上げる。サシャが指差した先にあったのは、大きく開いた洞窟の出口と、その向こうに見える木々の緑。
良かった。震えるサシャの腕の中でほっと胸を撫で下ろす。しかしまだ、油断は禁物。洞窟の外、森または林の中に、サシャを害するものがいないという保証は無い。
[気をつけろ、サシャ]
用心を、背表紙に踊らせる。
「うん」
そのトールに大きく頷くと、洞窟の影に身を潜めるようにして、サシャは出口の方へと歩を進めた。
サシャの声に、はっと意識を取り戻す。
『本』に、戻っている。先程よりは僅かに明るい暗闇と、トールを抱き締めているサシャの細い腕の温かさに、トールは小さく首を横に振った。……やはり、あれは、夢。
「大丈夫?」
僅かに震えるトールの耳に、心地良いサシャの声が響く。
「泣いている、みたいだったけど」
[大丈夫]
トールを更に力強く抱き締めたサシャの、青白く見える頬に、トールは自分の感情をごまかすように首を横に振った。
息を吐いて鼓動を静めてから、おもむろに暗闇を見回す。トールを抱き締めたサシャが尻餅をついているこの空間は、先程、眠りから目覚めた場所よりは、明るくて狭い。ずっと上に見える天井に小さく開いた穴から、細い光が差し込んできていることを、顔を上げて確かめる。そして、円筒の内側のように曲がった壁の間に見えた大きな像に、トールは目を瞬かせた。
[これ、は]
サシャの鼓動の忙しなさを確かめながら、記憶を手繰り寄せる。この像は、古代人の遺跡で何度か目にしている。顔の無い、翼を持つ人型の像。古代人は、この像を最高神として崇めていたと、北辺でトールが読んだ本には書かれていた。やはりここは、古代人の神殿。トールとサシャを見下ろす、眼の無い像に射竦められた気がして、トールは大きく全身を震わせた。
「……」
サシャも、トールと同じ感情を抱いているらしい。トールを抱き締めたまま、その像に向かって大きく頭を下げる。
次の瞬間。
「……え?」
不意に像の横に現れた細い光に、トールはサシャと同時に声を上げた。まさか、……脱出口? 逸る気持ちを抑えるように、サシャをそっと見上げる。
「行って、大丈夫、かな?」
サシャの方も、半信半疑のようだ。
[行ってみよう]
トールの言葉に頷くと、立ち上がったサシャは細い光の方へと歩を進めた。
緩やかに曲がる壁にできた隙間は、細いサシャなら何とか通り抜けることができる幅。息を止めたサシャがその隙間を通り抜けると、一人と一冊の目の前には再び、岩色の壁が現れた。
「トール!」
用心深く辺りを見回していたサシャが、歓喜の声を上げる。サシャが指差した先にあったのは、大きく開いた洞窟の出口と、その向こうに見える木々の緑。
良かった。震えるサシャの腕の中でほっと胸を撫で下ろす。しかしまだ、油断は禁物。洞窟の外、森または林の中に、サシャを害するものがいないという保証は無い。
[気をつけろ、サシャ]
用心を、背表紙に踊らせる。
「うん」
そのトールに大きく頷くと、洞窟の影に身を潜めるようにして、サシャは出口の方へと歩を進めた。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。
政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
【完結】実家に捨てられた私は侯爵邸に拾われ、使用人としてのんびりとスローライフを満喫しています〜なお、実家はどんどん崩壊しているようです〜
よどら文鳥
恋愛
フィアラの父は、再婚してから新たな妻と子供だけの生活を望んでいたため、フィアラは邪魔者だった。
フィアラは毎日毎日、家事だけではなく父の仕事までも強制的にやらされる毎日である。
だがフィアラが十四歳になったとある日、長く奴隷生活を続けていたデジョレーン子爵邸から抹消される運命になる。
侯爵がフィアラを除名したうえで専属使用人として雇いたいという申し出があったからだ。
金銭面で余裕のないデジョレーン子爵にとってはこのうえない案件であったため、フィアラはゴミのように捨てられた。
父の発言では『侯爵一家は非常に悪名高く、さらに過酷な日々になるだろう』と宣言していたため、フィアラは不安なまま侯爵邸へ向かう。
だが侯爵邸で待っていたのは過酷な毎日ではなくむしろ……。
いっぽう、フィアラのいなくなった子爵邸では大金が入ってきて全員が大喜び。
さっそくこの大金を手にして新たな使用人を雇う。
お金にも困らずのびのびとした生活ができるかと思っていたのだが、現実は……。
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる