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第三章 森と砦と
3.5 神殿の幻想 その1
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目の前に広がった白色のカーテンに、目を瞬かせる。
このカーテンは、いつから目の前に? ひらひらと揺れる薄いカーテンに目障りを覚え、トールは半ば無意識にカーテンを掴んで横に引いた。
次の瞬間。飛び込んできた光景に、呼吸を忘れる。
おそらく病院のものだと思われる、簡素な鉄製のベッドに横たわっているのは、トールの母。薄い掛け布団の上に置かれている腕にも、荒く息を吐く口元にも、血の気が無い。凹んで黒くなっている目元と、痩けた頬に、トールの思考は殆ど停止した。
大学の准教授である母には、いつも静かに笑っている印象しか無い。仕事場でも家でも、少し諦めたような笑顔で動き回っていて、父が気付いて病院へ引っ張っていくまで、自分の体調不良にすら気付かない。それが母だと思っていた。おそらく、トールが交通事故で亡くなった時にも、母は気丈に振る舞っていたのだろう。そして、……限界が来て、倒れてしまった。トールの横でカーテンを揺らす風の冷たさに、トールは首を横に振った。
「ごめんなさい、母さん」
小さな声が、唇から漏れる。
その声にも気付くことなく、母は、眠っている。
起こさずに去った方が良いことは、分かっている。細くなってしまった母の腕から伸びる点滴の管に、唇を震わせる。もう、この世界にはいないトールが、ここで母に話しかけて、……どうなるというのだろうか? 倒れてしまうほど悲しみにくれている母を、更に悲しませることになるだけだろう。それでも。
意を決し、点滴が付いていない方の母の腕に手を伸ばす。
だが、トールの手が母の腕に触れる僅か手前で、トールの視界は闇に飲まれた。
このカーテンは、いつから目の前に? ひらひらと揺れる薄いカーテンに目障りを覚え、トールは半ば無意識にカーテンを掴んで横に引いた。
次の瞬間。飛び込んできた光景に、呼吸を忘れる。
おそらく病院のものだと思われる、簡素な鉄製のベッドに横たわっているのは、トールの母。薄い掛け布団の上に置かれている腕にも、荒く息を吐く口元にも、血の気が無い。凹んで黒くなっている目元と、痩けた頬に、トールの思考は殆ど停止した。
大学の准教授である母には、いつも静かに笑っている印象しか無い。仕事場でも家でも、少し諦めたような笑顔で動き回っていて、父が気付いて病院へ引っ張っていくまで、自分の体調不良にすら気付かない。それが母だと思っていた。おそらく、トールが交通事故で亡くなった時にも、母は気丈に振る舞っていたのだろう。そして、……限界が来て、倒れてしまった。トールの横でカーテンを揺らす風の冷たさに、トールは首を横に振った。
「ごめんなさい、母さん」
小さな声が、唇から漏れる。
その声にも気付くことなく、母は、眠っている。
起こさずに去った方が良いことは、分かっている。細くなってしまった母の腕から伸びる点滴の管に、唇を震わせる。もう、この世界にはいないトールが、ここで母に話しかけて、……どうなるというのだろうか? 倒れてしまうほど悲しみにくれている母を、更に悲しませることになるだけだろう。それでも。
意を決し、点滴が付いていない方の母の腕に手を伸ばす。
だが、トールの手が母の腕に触れる僅か手前で、トールの視界は闇に飲まれた。
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