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第二章 湖を臨む都
2.46 契りと誓い②
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小さな聖堂は、冬に見た時と同じように、静かな森の中に幻のように佇んでいた。
「鍵、開いてるかな」
幾分しっかりしてきたサシャの鼓動を確かめ、頷く。
「開いてるね」
軋む扉の音の後に見えてきたのは、暗く静謐な、空間。北側に位置する祭壇の上に設えられた、神の三つ星を描いたステンドグラスだけが、僅かに明るい。
「本当に、契りを結んで良いの?」
濡れた服のまま、祭壇の前に跪いたサシャに、強く頷く。
「……ありがとう」
『物』との契りだから、誓いの言葉、全部僕が言うね。照れたような響きを持つサシャの言葉に、トールは笑って頷きを返した。
「天地、全てを知る神様」
項垂れたサシャの唇から漏れる言葉が、聖堂の静寂を濃くする。
「私、サシャは、ここにいる『魔導書』、……じゃなかった、『祈祷書』トールと契りを結びます」
道を指し示す神よ、この契りを認め、私達があなたとの誓約を果たすまで、私達をお導きください。『祈祷書』に書かれている言葉を、サシャと共に口にする。性欲とも、恋心とも違う、満たされた感情が、トールの心を熱くした。
〈これが、『契りを結ぶ』と言うことなのか〉
心に満ちた感情に涙を覚え、慌てて目頭を押さえる。この感情を得たまま、子供を育てることができるのは、おそらく幸せなことなのだろう。ある意味微妙な納得感に、トールは大きく頷いた。
「トール」
祈祷書に書かれた言葉を全て言い終わったサシャが、トールをぎゅっと抱き締める。暗くとも分かる、サシャの赤らんだ頬に、トールは大きく微笑んだ。
「本当に、ずっと一緒にいてくれるの?」
[もちろん]
ゆっくりと立ち上がったサシャの言葉に、大きく頷く。
「ありがとう」
そう言って祭壇から離れかけたサシャに、トールは大文字を背表紙に揺らした。
[どこへ行く?]
「あ、……うん」
サシャが行こうとしている場所は、分かっている。サシャを止めないといけないことも。再び湖の底に向かおうとするサシャを止めるために、トールはサシャと契りを結んだ。だから。
[子供、殺すことになるぞ]
殊更大きめに、表紙に文字を躍らせる。
「え?」
予想通り、聖堂の外に向かいかけたサシャの足は途中で止まった。
[契りを結んだんだから、子供、できるだろ]
そのサシャを死から遠ざけるために、半ば夢中で、言葉を紡ぐ。
「でも、物との契りでは、子供は」
[俺は、『物』か?]
「う……」
絶句して、小さく首を横に振るサシャに、トールはほっと胸を撫で下ろした。
これを、狙っていた。トールの中の冷静な部分が小さく笑う。おそらく、十中八九、トールとサシャの間には子供はできない。まだ幼いサシャと、『本』でしかないトールに、子育ては無理。だが。……嘘でも、偽りでもいい。一時的にでも、サシャを死から遠ざけることができさえすれば。トールの企みは、しかしうまくいったようだ。
[北都に戻りたくないのなら、南へ行こう]
もうすぐ夏なのだから、誰にも会いたくなければ、森の中でしばらく暮らすのも良い。あくまで軽く、しかし必死に、言葉を紡ぐ。
「うん」
ようやく首を縦に振ってくれたサシャに、トールは心からほっと息を吐いた。
小さな聖堂を後にし、星を隠す深遠な森へと向かう。
ゆっくりと、しかし確実に動いているサシャの鼓動を確かめ、トールは再び、安堵の息を吐いた。
「鍵、開いてるかな」
幾分しっかりしてきたサシャの鼓動を確かめ、頷く。
「開いてるね」
軋む扉の音の後に見えてきたのは、暗く静謐な、空間。北側に位置する祭壇の上に設えられた、神の三つ星を描いたステンドグラスだけが、僅かに明るい。
「本当に、契りを結んで良いの?」
濡れた服のまま、祭壇の前に跪いたサシャに、強く頷く。
「……ありがとう」
『物』との契りだから、誓いの言葉、全部僕が言うね。照れたような響きを持つサシャの言葉に、トールは笑って頷きを返した。
「天地、全てを知る神様」
項垂れたサシャの唇から漏れる言葉が、聖堂の静寂を濃くする。
「私、サシャは、ここにいる『魔導書』、……じゃなかった、『祈祷書』トールと契りを結びます」
道を指し示す神よ、この契りを認め、私達があなたとの誓約を果たすまで、私達をお導きください。『祈祷書』に書かれている言葉を、サシャと共に口にする。性欲とも、恋心とも違う、満たされた感情が、トールの心を熱くした。
〈これが、『契りを結ぶ』と言うことなのか〉
心に満ちた感情に涙を覚え、慌てて目頭を押さえる。この感情を得たまま、子供を育てることができるのは、おそらく幸せなことなのだろう。ある意味微妙な納得感に、トールは大きく頷いた。
「トール」
祈祷書に書かれた言葉を全て言い終わったサシャが、トールをぎゅっと抱き締める。暗くとも分かる、サシャの赤らんだ頬に、トールは大きく微笑んだ。
「本当に、ずっと一緒にいてくれるの?」
[もちろん]
ゆっくりと立ち上がったサシャの言葉に、大きく頷く。
「ありがとう」
そう言って祭壇から離れかけたサシャに、トールは大文字を背表紙に揺らした。
[どこへ行く?]
「あ、……うん」
サシャが行こうとしている場所は、分かっている。サシャを止めないといけないことも。再び湖の底に向かおうとするサシャを止めるために、トールはサシャと契りを結んだ。だから。
[子供、殺すことになるぞ]
殊更大きめに、表紙に文字を躍らせる。
「え?」
予想通り、聖堂の外に向かいかけたサシャの足は途中で止まった。
[契りを結んだんだから、子供、できるだろ]
そのサシャを死から遠ざけるために、半ば夢中で、言葉を紡ぐ。
「でも、物との契りでは、子供は」
[俺は、『物』か?]
「う……」
絶句して、小さく首を横に振るサシャに、トールはほっと胸を撫で下ろした。
これを、狙っていた。トールの中の冷静な部分が小さく笑う。おそらく、十中八九、トールとサシャの間には子供はできない。まだ幼いサシャと、『本』でしかないトールに、子育ては無理。だが。……嘘でも、偽りでもいい。一時的にでも、サシャを死から遠ざけることができさえすれば。トールの企みは、しかしうまくいったようだ。
[北都に戻りたくないのなら、南へ行こう]
もうすぐ夏なのだから、誰にも会いたくなければ、森の中でしばらく暮らすのも良い。あくまで軽く、しかし必死に、言葉を紡ぐ。
「うん」
ようやく首を縦に振ってくれたサシャに、トールは心からほっと息を吐いた。
小さな聖堂を後にし、星を隠す深遠な森へと向かう。
ゆっくりと、しかし確実に動いているサシャの鼓動を確かめ、トールは再び、安堵の息を吐いた。
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