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第二章 湖を臨む都

2.45 契りと誓い①

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〈……あ〉

 ここは、……湖の畔? 僅かに聞こえてくる湖面の細波を、確かめる。ここは、前に湖に落ちたときに打ち上げられた湖岸と同じ場所。木々の梢が教える情報に、トールは気怠く頷いた。そうだ、サシャは? 見回すまでもなくトールのすぐ横に見えたサシャの、弱いが規則正しい息に、ほっと胸を撫で下ろす。頬の傷は、見えない。服に血は滲んでいるが、肩の傷も、大丈夫であるように見える。

[サシャ]

 僅かに目を開いたサシャに、微笑む。

 水の中ではないが、ここはまだ湖に近い。星が瞬く夜空を、確かめる。天候によっては、ただでさえ濡れ鼠のサシャが更に水浸しになってしまう。身体が辛いかもしれないが、もう少し、高いところへ。トールの言葉に、しかしサシャは小さく首を横に振って目を閉じた。

[どうした?]

 やはり、師匠であるジルドを湖に落としてしまったことを、気にしているのだろうか? 自分の野望のためにサシャからトールを奪った上に、身勝手にもサシャを湖に突き落とした奴のことなんて、気にしなくて良いのに。そう、言おうとしたトールは、しかし、サシャの瞳からこぼれ落ちた涙に、出かかった言葉を飲み込んだ。おそらく、ジルドのことだけじゃない。今日、北都ほくとで受けた讒言と失望、その全てが、サシャを打ち倒している。そして。

「……母上」

 小さく響いた言葉に、はっとする。湖底にいた子供達は「サシャの願いを叶える」と言っていた。その、願いは、……まさか。

[ダメだ、サシャ!]

 思わず、叫びを表紙に踊らせる。

 絶望は、分かるつもりだ。先輩から殴られた時の痛みが、トールの全身を駆け抜ける。だが。トールが、母や友人を悲しませてしまったのと同じ行為を、サシャにさせてはいけない。でも、……今のサシャに、トールの言葉は、多分、届かない。

 それでも。

[サシャ]

 再び目を開き、物憂げにトールの方を見たサシャに、考え抜いた言葉を大文字で表紙に光らせる。

[契り、結んでくれ]

「え?」

 トールの言葉は、やはり、サシャにとっては意外だったのだろう、目を瞬かせたサシャに、ほっと息を吐く。

[前、約束したろ?]

「う、うん。……でも」

[『物』との契りは、年齢関係無いって、祈祷書に書いてあるんだよな]

「う、うん」

 ここで説得に失敗したら、サシャは、……大切な人を悲しませる行為に走ってしまう。その想いだけで、言葉を紡ぐ。

[近くに、漁師さん達が網を置いている聖堂があったよな]

「……うん」

[あの聖堂、小さくて、森の中の聖堂に似てたし]

「そこで、……良いの?」

 ようやく、頷き以外の言葉がサシャの口から漏れる。

[ああ]

「分かった」

 力無く上半身を起こしたサシャが、トールを抱き締めて立ち上がる。

 ふらふらと、それでも湖から遠ざかるサシャの足に、トールはもう一度、大きく息を吐いた。

 ……次は。
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