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第二章 湖を臨む都

2.15 クリスの提案①

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「サシャ!」

 聞き知った声に、顔を上げる。

 日焼けしたクリスの小さな影を認め、サシャは静かに立ち上がった。

「お腹、治ったのか?」

「ええ」

「この前、『星読ほしよみ』の館に魚、届けに行ったけど、そこの人達も心配してたぜ」

 こましゃくれたクリスの言葉に、腹の底で笑う。

 サシャが腹を下して寝込んでいる間に、この世界の重要な祭の一つである『蒼星祭あおぼしのまつり』の日は過ぎてしまった。この世界の新年である『煌星祭きらぼしのまつり』の日を正確に算出するために、『蒼星祭』で測定する蒼星の動きが計算通りであるかどうかを確かめ、ズレがあれば計算をし直す必要がある。「また計算を手伝ってほしい」と、リュカの父、『星読み』博士ヒルベルトは言ってくれていたのに、結局今回は手伝えなかった。仕方が無いとはいえ、サシャは、……落ち込んでいないだろうか?

「母上と、弟さんは?」

「あー。母ちゃんは、毎日雷落とすほど元気。バジルも、いつも通りいたずらばっかりしてる」

 クリスの家族のことを心配するサシャに肩を竦めるクリスに苦笑しつつ、サシャの様子を確かめる。大丈夫。さっきまでは落ち込んでいたけど、今は、クリスの家族の無事にほっとした顔をしている。

「あのさ、サシャ」

 不意に、真顔になったクリスが横を向く。

「アランから聞いたんだけどさ、サシャ、丈夫な植物で何か作ろうとしてるんだって?」

 何か、あったのか? 思わず身構えたトールの耳に響いたのは、どこか照れくさげな言葉。

「え、ええ」

「あのさ、お礼、ってわけじゃないんだけど、さ」

 トールと同じように驚いたサシャの頷きに、クリスがくるりとサシャに背を向ける。

「漁師が使ってる網に編み込んでる蔓草のこと、サシャに教えて良いって、マルクさんが」

 次に響いたのは、思いがけない言葉。

「え?」

 サシャと同じように、トールも目を丸くする。

 網に使っている蔓草なら、長い繊維が取れるはず。社会見学で行った手漉き和紙の説明パネルの文章を、トールは苦労して記憶の底から抜き出した。正直に言うと、紙を作るサシャの作業は、……上手くいっていない。クリスが教えてくれる蔓草からユーグが績む麻と同じ長繊維を取り出すことができれば、サシャの紙作りは一歩以上、進むはず。

[サシャ、頼んでみよう]

 トールの考えを、一瞬でサシャに伝える。

 トールを見て頷くと、サシャは小さく震える手でクリスの日焼けした手を掴んだ。

「お願いします、クリス」

「まかせとけって」

 まず、サシャの学校が休みの日を教えろ。その時に合わせて、マルクさんに休みをもらうから。相変わらず乱暴なクリスの声に、笑みが零れる。学業を優先しないといけないから進みは遅いが、紙作りも、頑張らないと。待ち合わせ場所を指示するクリスに頷くサシャを確かめ、トールも大きく頷いた。
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