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第二章 湖を臨む都

2.2 掃除と勉学②

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「掃除はもう良いぞ、サシャ」

 大きめの声と共に、事務室の両開きの扉から毛むくじゃらの頭が現れる。

「今日は羊皮紙、必要か?」

「はい。お願いします」

 その、茶色の髭があらゆる方向に伸びている人物、北都ほくとにただ一つあるこの学校の事務を掌握する事務長ヘラルドに、サシャは大きく頭を下げた。

 サシャが北都で学ぶ学費は、北辺ほくへんを守護する砦の隊長セレスタンが負担してくれている。普段の生活については、サシャが生まれてからずっと所属していた、北辺の更に北にある異教の国『冬の国ふゆのくに』への伝道を主な任務とする修道院の雑務を手伝うことで何とかなっている。だが、勉学に使用する物品は、サシャ自身が調達する必要がある。特に提出するレポートを書くための『紙』については、値段が高すぎて手が出ないのが現状。羊皮紙を売る店で悩んでいたサシャに声をかけ、図書館の掃除と引き換えに事務作業では使えないくず羊皮紙を譲ってくれる事務長ヘラルドには、頭が上がらない。

 動物の皮を専用の枠に張って表面の毛をナイフで擦り落とし、それを乾かしてから更に石で擦って滑らかにしたものが、羊皮紙。世界史の知識を引っ張り出す。動物の皮の調達にも、作成にも手間が掛かる羊皮紙よりも、草を叩きほぐして作る紙の方が、適切な草さえあれば手軽に作成できる。そう考えたトールは、羊皮紙と引き替えに図書館の掃除を了承したサシャに、トールの世界にあった『紙』のことを簡単に話した。だが、北都の生活に慣れることに重点を置いている現在のサシャの反応は、薄い。

「掃除は助かるが、学生の本分は勉強だ。勉強もしっかりやらないと」

「はい。ありがとうございます」

 確か、幾何のレポートが出ていたはず。気持ちを、勉強モードに切り替える。

 この世界の学校は、この世界の新年、すなわち煌星祭きらぼしのまつりの翌日から始まる。入学は随時受け付けているらしいが、大雑把に言えば、初冬の煌星祭から初夏の緋星祭あかぼしのまつりまでが普段の授業期間、緋星祭から次の煌星祭までが、就職や進学のための休業期間兼補講期間になっているらしい。今は緋星祭が終わった後だから、サシャと一緒に授業を受けている学生はいない。授業形態も、大学で学位を取った教授が、街中の家の二階にある机も椅子も無い部屋で一方的に話す『講義』の他に、教授の授業内容を応用して自分で問題を解いたり、他の学生と議論したりする時間もある。トールの世界の大学にはあった『カリキュラム』については、明文化されているのかどうかはトールには分からない。サシャは『自由七科』と呼ばれている、文法、修辞、論理、算術、幾何、音楽、天文という互いに関連がある七つの科目を学習しているが、どの科目も、指定された講義と演習を受け、レポート提出を含む筆記試験と教授が行う口頭試問をパスすれば、その科目は卒業となる、ある意味資格試験のような形式となっているようだ。授業形態に関しては、トールが通っていた大学とあまり変わらない。掃除用具を片付け、事務室に置かせてもらっている、北都の学校への入学祝いにサシャの叔父ユーグが作ってくれた筆記用具が入った箱を取り出して微笑むサシャの、赤みを帯びた頬を確かめ、トールは小さく肩を竦めた。
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