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第一章 北辺に出会う
1.38 夕刻の襲撃②
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手を繋いだサシャとリュカの影が、強い風が吹く荒野を横切っていく。
そういえば、サシャはマントを着けていない。大きくはためくリュカのマントに、トールは自分の迂闊さを呪った。しかしサシャの部屋にマントを取りに行けば、ユーグに見咎められてしまう。見咎められてしまったら、サシャを、トールが教えたことを自分の手柄にした狡猾なジルドがいる修道院から引き離すことができなくなってしまう。リュカと一緒に砦に行くことが、サシャをジルドから引き離す一時的な措置であることは、トールにも分かっている。しかしとにかく今は、サシャをジルドに逢わせたくない。強い風を感じ、トールはぎゅっと唇を引き結んだ。
その時。
風に倒れる枯れ草の間に、見知った影が踊る。あの影は、まさか! トールが警告を発する前に、リュカから手を放したサシャは道に落ちていた長めの枯れ枝を拾っていた。
「リュカ!」
グイドから教わった通りに枯れ枝を構えたサシャが、近くになっていた砦の石壁を確かめて叫ぶ。
「砦へ!」
「お母様、呼んでくるっ!」
リュカを守るように姿勢を低くし、飛びかかってきたテオの足を枯れ枝で払ったサシャの背後をすり抜け、リュカが砦へと走る。リュカがトールの視界から消える前に、体勢を立て直したテオが腰の剣を抜き、地面を蹴ってサシャに飛びかかった。
グイドの指導通り、落ちてくるテオの影を一歩踏み込んでかわしたサシャが、剣を持つテオの腕を枯れ枝で打つ。そのまま枯れ枝の先をテオの喉元に突きつけたサシャは、しかし次の瞬間、左に避けたテオの動作に蹈鞴を踏んだ。
[サシャ!]
固い地面が、トールの全身を強く叩く。一瞬だけ、息ができなくなったが、トールはすぐに自分を取り戻した。だが。
[サシャ?]
トールと一緒に地面に倒れたはずのサシャの動きが、無い。呻き声すら、聞こえてこない。違和感に、トールの全身は知らず知らず震えていた。
サシャの胸の鼓動に、耳を凝らす。鼓動は、早い。しかしどこか弱くなっている感じも、ある。……まさか!
[サシャ!]
届かないと分かっていても、叫ぶ。
何もできない自分に、トールは地団駄を踏んでいた。
「何をしている!」
強い声に、我に返る。
「我が息子リュカの客人に手をかけるとは!」
その声と共に、トールの上にあったサシャの身体は、トールから離れた。
「しっかりしろ!」
風に煽られたサシャのエプロンが、トールの目の前でふわりと広がる。その風のおかげで確かめることができた光景に、トールは絶句した。見えたものは、背中部分がすっぱりと切られた、サシャの、灰色に赤色が混ざったエプロン。複数の兵士に取り押さえられたテオの悄然とした顔。そして。
「サシャ!」
おそらくリュカの母親であろう、汚れの無い鎧を身に着けた長身の影に駆け寄ったリュカの声を、遠くに聞く。
「修道院のアラン師を呼んで来い!」
荒野に響く声と、地面に落ちた血塗られた剣、そしてリュカの母親の腕の中で身動き一つしないサシャの、血の気の無い頬に、トールの全身は震えに震えていた。
そういえば、サシャはマントを着けていない。大きくはためくリュカのマントに、トールは自分の迂闊さを呪った。しかしサシャの部屋にマントを取りに行けば、ユーグに見咎められてしまう。見咎められてしまったら、サシャを、トールが教えたことを自分の手柄にした狡猾なジルドがいる修道院から引き離すことができなくなってしまう。リュカと一緒に砦に行くことが、サシャをジルドから引き離す一時的な措置であることは、トールにも分かっている。しかしとにかく今は、サシャをジルドに逢わせたくない。強い風を感じ、トールはぎゅっと唇を引き結んだ。
その時。
風に倒れる枯れ草の間に、見知った影が踊る。あの影は、まさか! トールが警告を発する前に、リュカから手を放したサシャは道に落ちていた長めの枯れ枝を拾っていた。
「リュカ!」
グイドから教わった通りに枯れ枝を構えたサシャが、近くになっていた砦の石壁を確かめて叫ぶ。
「砦へ!」
「お母様、呼んでくるっ!」
リュカを守るように姿勢を低くし、飛びかかってきたテオの足を枯れ枝で払ったサシャの背後をすり抜け、リュカが砦へと走る。リュカがトールの視界から消える前に、体勢を立て直したテオが腰の剣を抜き、地面を蹴ってサシャに飛びかかった。
グイドの指導通り、落ちてくるテオの影を一歩踏み込んでかわしたサシャが、剣を持つテオの腕を枯れ枝で打つ。そのまま枯れ枝の先をテオの喉元に突きつけたサシャは、しかし次の瞬間、左に避けたテオの動作に蹈鞴を踏んだ。
[サシャ!]
固い地面が、トールの全身を強く叩く。一瞬だけ、息ができなくなったが、トールはすぐに自分を取り戻した。だが。
[サシャ?]
トールと一緒に地面に倒れたはずのサシャの動きが、無い。呻き声すら、聞こえてこない。違和感に、トールの全身は知らず知らず震えていた。
サシャの胸の鼓動に、耳を凝らす。鼓動は、早い。しかしどこか弱くなっている感じも、ある。……まさか!
[サシャ!]
届かないと分かっていても、叫ぶ。
何もできない自分に、トールは地団駄を踏んでいた。
「何をしている!」
強い声に、我に返る。
「我が息子リュカの客人に手をかけるとは!」
その声と共に、トールの上にあったサシャの身体は、トールから離れた。
「しっかりしろ!」
風に煽られたサシャのエプロンが、トールの目の前でふわりと広がる。その風のおかげで確かめることができた光景に、トールは絶句した。見えたものは、背中部分がすっぱりと切られた、サシャの、灰色に赤色が混ざったエプロン。複数の兵士に取り押さえられたテオの悄然とした顔。そして。
「サシャ!」
おそらくリュカの母親であろう、汚れの無い鎧を身に着けた長身の影に駆け寄ったリュカの声を、遠くに聞く。
「修道院のアラン師を呼んで来い!」
荒野に響く声と、地面に落ちた血塗られた剣、そしてリュカの母親の腕の中で身動き一つしないサシャの、血の気の無い頬に、トールの全身は震えに震えていた。
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