29 / 351
第一章 北辺に出会う
1.29 思いがけない否定①
しおりを挟む
「リュカ、良い子だったね」
森を貫く凍った道を、滑らないように注意しながら歩くサシャの声の明るさに、ほっと息を吐く。
結局、昼食の後も、サシャは夕方までリュカの勉強――リュカが字の練習に飽きた後は、サシャが地理の本を音読した――に付き合うことになった。その所為で、日課である回廊の掃除ができなかったが、ジルドはそのことを咎めなかった。いや、本当はサシャに雷を数発落としたかったに違いない。回廊の隅で楽しそうに字を書いているリュカを見下ろしたジルドの、苦虫を噛み潰したような顔が脳裏を過る。修道院からの帰り道も、途中まで、リュカを迎えに来た、トールの父くらいの年齢に見えた熟練の兵士と一緒に帰ったので、テオの理不尽な攻撃は受けずに済んでいる。
『権威』に頼ることは「格好が悪い」と、何となく感じてしまう。だが、リュカのおかげでサシャは助かっている。使い方を間違えなければ良い、だけ。サッカー部の先輩に殴られた時、トールは、大学の先生である母の『権威』を頼もしく思った。これは事実。
「リュカ、賢いし、きっと前の神帝猊下と同じくらい立派な神帝になるよね」
考えるトールの耳に、サシャの柔らかい声が響く。
小さい子に頼り切ってはいけないことは、分かっている。だが、リュカがいれば、サシャの勉強も、サシャが目標としている都の学校への進学も、何とかなるかもしれない。膨らむ期待に、トールは大きく頷いた。
だが。
「あれ?」
森を出る前に、森の出口に立つ細い影を認める。
その細い影の持ち主、サシャの叔父ユーグは、森から出てきたばかりのサシャをその細い腕でしっかりと抱き締めた。
「叔父上? どうされたのですか?」
冷たい腕の中で、トールと同じ戸惑いを覚えたサシャが小さく問う。
その問いに答えたのは、ユーグ叔父の、揺るぎない声。
「明日からはずっと私の側に居てください、サシャ」
何故? 疑問を、そのまま表紙に浮かべる。しかしもちろん、トールの疑問に、ユーグの答えはなかった。
「……分かりました、叔父上」
トールと同じように頭が真っ白になっているはずのサシャの頷きが、トールの戸惑いを更に増やす。
ようやくサシャから腕を離したユーグの普段以上に青白い顔と、俯いたサシャの唇の震えに、喉の苦しさを覚える。ユーグと共に自分の家へと帰るサシャの鼓動の早さを読み取り、トールは大きく首を横に振った。
森を貫く凍った道を、滑らないように注意しながら歩くサシャの声の明るさに、ほっと息を吐く。
結局、昼食の後も、サシャは夕方までリュカの勉強――リュカが字の練習に飽きた後は、サシャが地理の本を音読した――に付き合うことになった。その所為で、日課である回廊の掃除ができなかったが、ジルドはそのことを咎めなかった。いや、本当はサシャに雷を数発落としたかったに違いない。回廊の隅で楽しそうに字を書いているリュカを見下ろしたジルドの、苦虫を噛み潰したような顔が脳裏を過る。修道院からの帰り道も、途中まで、リュカを迎えに来た、トールの父くらいの年齢に見えた熟練の兵士と一緒に帰ったので、テオの理不尽な攻撃は受けずに済んでいる。
『権威』に頼ることは「格好が悪い」と、何となく感じてしまう。だが、リュカのおかげでサシャは助かっている。使い方を間違えなければ良い、だけ。サッカー部の先輩に殴られた時、トールは、大学の先生である母の『権威』を頼もしく思った。これは事実。
「リュカ、賢いし、きっと前の神帝猊下と同じくらい立派な神帝になるよね」
考えるトールの耳に、サシャの柔らかい声が響く。
小さい子に頼り切ってはいけないことは、分かっている。だが、リュカがいれば、サシャの勉強も、サシャが目標としている都の学校への進学も、何とかなるかもしれない。膨らむ期待に、トールは大きく頷いた。
だが。
「あれ?」
森を出る前に、森の出口に立つ細い影を認める。
その細い影の持ち主、サシャの叔父ユーグは、森から出てきたばかりのサシャをその細い腕でしっかりと抱き締めた。
「叔父上? どうされたのですか?」
冷たい腕の中で、トールと同じ戸惑いを覚えたサシャが小さく問う。
その問いに答えたのは、ユーグ叔父の、揺るぎない声。
「明日からはずっと私の側に居てください、サシャ」
何故? 疑問を、そのまま表紙に浮かべる。しかしもちろん、トールの疑問に、ユーグの答えはなかった。
「……分かりました、叔父上」
トールと同じように頭が真っ白になっているはずのサシャの頷きが、トールの戸惑いを更に増やす。
ようやくサシャから腕を離したユーグの普段以上に青白い顔と、俯いたサシャの唇の震えに、喉の苦しさを覚える。ユーグと共に自分の家へと帰るサシャの鼓動の早さを読み取り、トールは大きく首を横に振った。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
国外追放者、聖女の護衛となって祖国に舞い戻る
はにわ
ファンタジー
ランドール王国最東端のルード地方。そこは敵国や魔族領と隣接する危険区域。
そのルードを治めるルーデル辺境伯家の嫡男ショウは、一年後に成人を迎えるとともに先立った父の跡を継ぎ、辺境伯の椅子に就くことが決定していた。幼い頃からランドール最強とされる『黒の騎士団』こと辺境騎士団に混ざり生活し、団員からの支持も厚く、若大将として武勇を轟かせるショウは、若くして国の英雄扱いであった。
幼馴染の婚約者もおり、将来は約束された身だった。
だが、ショウと不仲だった王太子と実兄達の謀略により冤罪をかけられ、彼は廃嫡と婚約者との婚約破棄、そして国外追放を余儀なくされてしまう。彼の将来は真っ暗になった。
はずだったが、2年後・・・ショウは隣国で得意の剣術で日銭を稼ぎ、自由気ままに暮らしていた。だが、そんな彼はひょんなことから、旅をしている聖女と呼ばれる世界的要人である少女の命を助けることになる。
彼女の目的地は祖国のランドール王国であり、またその命を狙ったのもランドールの手の者であることを悟ったショウ。
いつの間にか彼は聖女の護衛をさせられることになり、それについて思うこともあったが、祖国の現状について気になることもあり、再び祖国ランドールの地に足を踏み入れることを決意した。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです
ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。
転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。
前世の記憶を頼りに善悪等を判断。
貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。
2人の兄と、私と、弟と母。
母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。
ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。
前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。
異世界召喚されたと思ったら何故か神界にいて神になりました
璃音
ファンタジー
主人公の音無 優はごく普通の高校生だった。ある日を境に優の人生が大きく変わることになる。なんと、優たちのクラスが異世界召喚されたのだ。だが、何故か優だけか違う場所にいた。その場所はなんと神界だった。優は神界で少しの間修行をすることに決めその後にクラスのみんなと合流することにした。
果たして優は地球ではない世界でどのように生きていくのか!?
これは、主人公の優が人間を辞め召喚された世界で出会う人達と問題を解決しつつ自由気ままに生活して行くお話。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
マーラッシュ
ファンタジー
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる