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第一章 北辺に出会う

1.24 追う者、助ける者③

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 無言のまま、森を貫くいつもの道を進む。

 予想通り、森の出口には、サシャの叔父ユーグの青白い影があった。

「サシャ!」

 普段以上に熱くなったサシャの身体に、ユーグの腕が巻き付く。

「マントは? こんなに冷えてしまって!」

 普段以上に冷たく感じるその腕に、サシャは無言で首を横に振った。

「この、袋は?」

 ようやく解かれた腕が、サシャの胸と腹を押さえつけていたかさばる麻袋を掴む。しかし事情を話そうとサシャが口を開く前に、ユーグの腕はサシャの腕へと伸びた。

「話は、火の側で聞きましょう」

 杖をつくユーグに引っ張られるようにして家路につくサシャの、ぎこちない動きに不安を覚える。

[大丈夫か?]

 思わず口にした言葉にサシャが首を振ると同時に、サシャとトールは石壁の家の中に入っていた。

「さ、これを」

 麻袋を床に落としたユーグが、奥の部屋から自分の毛布を持ってくる。サシャの身体にその毛布をぐるぐると巻くと、ユーグはサシャを暖炉のすぐ側に座らせた。

「飲みなさい。温まりますから」

 毛布の隙間からサシャの様子を確認するトールの前で、ユーグが、炉に掛かった大鍋から小さな茶碗によそったいつもの豆粥をサシャに差し出す。その粥を一口だけ啜ったサシャは、ぽつりぽつりと、夕方の件――テオにマントを取られたことと、異国の言葉を話す者に危ないところを助けてもらったこと――をユーグに話した。

「エリゼの釦を渡したお礼に、あの麻袋を受け取ったのですね」

 サシャの言葉が途切れたところで、黙って話を聞いていたユーグが入り口側の床に落とされたままの麻袋の方を向く。

「何が入っているのでしょう?」

 そういえば、サシャもトールも、麻袋の中身を確認することを失念していた。すっかりと頭から抜け落ちていた物事に、トールは少しだけ自分に呆れた。あの大柄な人物が持っていたらしいものだから、持ち運んでもサシャに害は無かったと思うが、もしも、サシャに害を為すものが入っていたら。背筋を寒くしたトールは、しかし、麻袋に近づき、封となっている上部分の縄を解いたユーグの声に懸念の全てを吹っ飛ばした。

「これ、は……!」

 麻袋からユーグが取り出したのは、ピンク色に染まった半透明の塊。

「岩塩ですよ。『冬の国ふゆのくに』の」

「えっ?」

 ユーグの言葉に、サシャが絶句する。トールも、思わぬことに言葉を失っていた。

「じゃ、じゃあ」

 震えるサシャの唇に、ユーグが頷く。

「ドニさんに渡せば、喜んでくれる」

「そうですね」

 今からでも間に合うかどうかは分からないが、塩があれば、冬を越すための保存食を作ることができる。サシャと同じ思考に、トールはほっと息を吐いた。サシャは怖い思いをしたけど、とにかく、全てが丸く収まっている。

「明日は休みの日だから、ドニさんに、渡しに行こう」

 豆粥が残る茶碗をテーブルに置いたサシャが、ゆっくりと立ち上がる。そのまま、どこかゆっくりと身体のバランスを崩したサシャに、トールは叫ぶことすら忘れてしまった。

「サシャ!」

 サシャが床に倒れるギリギリで、ユーグの胸が、サシャを支える。

「熱がありますね」

 サシャの額に手を当てたユーグは、すぐに、サシャの身体を奥の部屋へと引っ張った。

「今夜は私の部屋で寝なさい、サシャ。その方が温かいですから」

 杖を持った左腕でサシャを支え、右手でサシャの服を器用に脱がせるユーグに頷いたサシャを、もどかしく見つめる。幸いなことに、サシャのエプロンから取り出したトールを、ユーグはサシャが眠るベッド横の棚の上に置いてくれた。だが、……やはり、自分は、何もできない。何もできていない。ユーグのベッドに寝かされたサシャの、血の気をすっかり失ってしまった頬に、トールは首を横に振るのがやっとだった。
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