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第一章 北辺に出会う

1.6 森の聖堂に棲むもの②

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 細い影、サシャの叔父ユーグの後から、小さな石を積み上げたように見える小屋の中へと入る。

 小さな部屋の隅に燃える暖炉の熱にほっと息を吐くサシャに、トールもふうと安堵の息を吐いた。

 暖炉の炎だけが明るい部屋の中は、物が少なく、狭さは感じない。

 暖炉の近くにあるテーブルにトールを置き、フードが付いたマフラーを外した後、きっちりと閉まった玄関扉の横に置かれた甕の水で手を洗ったサシャが、テーブル近くに置かれたベンチに腰を下ろす。すぐに、暖炉側の椅子に腰を下ろしたユーグが、暖炉の火の上に掛かっていた鍋からすくい取った、どろっとした粥のようなものを木製の椀に入れてサシャに差し出した。

 ユーグと共に小さな祈りを唱えてから、木製の匙で粥をすくって食べるサシャの、色を取り戻した頬を見つめる。椀の中身は、豆と、黒っぽい粒と、少しの青物。木製の椀は、サシャの小さな両手で覆うことができるほど、小さい。あの量で、お腹がいっぱいになるのだろうか? 丁寧に椀の中身を匙ですくい取るサシャの動作に、トールは首を傾げた。

 食事の間、サシャもユーグも何も言わない。でも、穏やかな空気は、トールの家と、同じ。一瞬だけ感じた、喉の渇きに、トールは首を横に振った。『本』が、乾きや飢えを感じるわけがない。



 簡素な食事は、すぐに終わる。

 使った椀と匙を素早く丁寧に洗い、甕の水で口を漱ぐと、サシャの叔父ユーグは玄関の斜め向かいにある扉を開けた。

「おやすみなさい、叔父上」

「おやすみ、サシャ」

 扉の向こうに見えたのは、シンプルだが重い感じが漂う机。おそらく、ユーグが何か作業をする部屋、なのだろう。机の上に見えたペンと工具のようなものから、トールはそう、推測した。

「きちんと身体を拭いてから寝るのですよ」

「はい」

 杖が土間床を滑る音の後に、扉が閉まる音が響く。

 甕の水を汲み入れた小さな木桶をテーブル側のベンチの上に置き、小さな手ぬぐいをその桶に浸すと、サシャはエプロンだけを脱ぎ、固く絞った手ぬぐいを上着の裾から差し入れる格好で身体を拭き始めた。

[器用だな]

 『本』だから、トールにはこの場所が寒いのかどうかは分からない。しかしおそらく『寒い』のだろう。背中を拭くのに四苦八苦するサシャに、トールは思わず笑みをこぼした。

「よし」

 服を着たまま(さすがに靴と靴下は脱いだが)、小さな手ぬぐいで顔から足先まで拭き、少しだけ玄関扉を開けて木桶の中の水を外に捨てたサシャが、トールとエプロンを片腕に抱える。

「僕の寝場所は上にあるんだ」

 そう言って、サシャはトールを抱えたまま、奥の部屋に続く扉の横に立て掛けられていた、しっかりとした作りの梯子を登った。

北都ほくとで勉学をするために、孤独に慣れておきなさい、って、母上が用意してくれたの」

 どこか嬉しげなサシャの言葉に、辺りを見回す。トールの目に映ったのは、幾つかの箱のような物と、薄めのマットのようなものと二枚の毛布、そして小さなクッション。

[寒く、ないのか?]

 思わず、尋ねる。

「暖炉の煙突の近くで寝たら、温かいよ」

 にっこりと微笑んだサシャの顔に、トールはふーんと頷いた。

 そう言えば。ふと、思い返す。サシャの両親のことを、尋ねていなかった。明日で、良いか。眠そうな瞳でふわっと欠伸をしたサシャに、トールもふわりと口を開けた。

「寒くない? トール」

 そのトールを、サシャが壁近くの箱の上に置く。

[大丈夫だ]

 トールの上にエプロンを掛けようとしたサシャに、トールは首を横に振った。『本』は、寒さを感じない。

[下に敷いてもらった方が良いかな、そのエプロン]

 接触している箱表面のざらざらした感触が気になり、それだけ、サシャに頼む。

「分かった」

 快く頷いたサシャはエプロンを簡単に畳んで箱の上に置き、その上にふわりとトールを置いた。

「これで良い?」

[ああ]

「じゃ、おやすみなさい」

 にこりと笑ってトールから離れたサシャが、毛布を器用に巻き付けてマットの上に横たわる。

 すぐに、健やかな寝息が、トールの耳に聞こえてきた。
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