帝華大学物語

風城国子智

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ケータイラプソ

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「私も、もうそろそろ携帯買わないと、と思ってるんです」
 怜子さとこの呟きに、雨宮あめみや研究室は一瞬で興奮と主張の坩堝になった。
「持つならやっぱりスマートフォンよ」
 いつもより強い口調で迫るのは、機械にかけては右に出るものがないという才女、三森香花みもりきょうか
「電話もメールも使えるし、良いアプリを選んでインストールすればどんな時にも使えるわ。就活にも便利よ」
 普段からはっきりとした物言いの三森だが、機械が絡んでいる所為か、口調は立て板に水。すっきりと整った目鼻立ちに迫られた怜子がたじたじとしてしまっているのが、少し離れてソファに座っている勇太ゆうたの位置からでもはっきりと、見えた。
 そして。
「いや、ガラケーだって負けちゃいない」
 三森よりも更に自信に満ちた口調でにやりと笑うのは、勇太の兄でこの研究室の主、雨宮秀一しゅういち
「確かに種類は減っているが、アプリなんて面倒なものを入れなくても十分機能する。不具合でいきなり再起動、っていうのも無いしな」
 この兄、最近携帯をスマートフォンに変えたばかりだが、いまいち使いこなせていないのは勇太だけが知る秘密である。……いや、おそらく三森は察しているらしい。兄の言葉に僅かに鼻を鳴らしたのが、その証拠だ。
「第一、電話とメールさえ出来れば良いんだろ、木根原きねはらの場合」
「そうですね。……それに」
 不意に、研究室にいた最後の一人、大学院生の平林勁次郎ひらばやしけいじろうが静かに話に割って入った。
「怜子さんには、スマートフォンは向いてないと思いますよ。ハード的に」
 勁次郎の言葉に、兄と三森が押し黙り、怜子が下を向く。何故か怜子は精密機械とは相性が悪く、この大学に入学してからこれまでの間、大学内据え付けのパソコンを何台も再起不能にしている。情報系の授業でアシスタントのアルバイトをしている勁次郎のみならず、この研究室にいる全ての人間がそのことを承知していた。と、すると。……怜子が携帯電話を持つのは、ほぼ不可能なのではないだろうか。勇太がそう、思った、正にその時。
「よし、勇太。お前に任せる」
 不意に兄が、勇太の方を向いてにやりと笑う。
「確かお前の携帯会社、木根原のおやっさんと同じだったな」
 怜子の両親は、大学のあるこの街で小さな料理屋を営んでいる。その店に昼夜問わず出前を頼んでいる兄だから、怜子の両親の携帯会社のことを知っているのは、ある意味当然といえるだろう。しかしながら。それと、俺と、どういう関係が? 勇太は思わず首を傾げた。
「やはり家族で同じ会社にした方が料金的に有利だからな」
 勇太のその疑問は、自身は全く気にせず機種だけで弟の勇太と違う携帯会社の携帯会社を使っている口が解決する。文句は言いたいが、しかし確かに、兄が言ったことには頷ける。
 だから。
「お前が選んでやれ」
「店は、私が紹介するわ」
 兄と三森の言葉に、仲の良い怜子の両親のことを脳裏に浮かべながら、勇太は思わず頷いた。

 と、いうことで。
 少し暗くなりかけた煉瓦敷きの道を、勇太は怜子と肩を並べて歩いていた。
「この、建物か?」
 三森がネットから素早くプリントアウトした地図から顔を上げて、怜子を見る。怜子の方が微かに震えているのは、初夏だというのに少し冷たい風の所為、だろうか?
「大丈夫か?」
 思わずそう、声を掛ける。勇太の言葉に、怜子は首をぶるぶると横に振った。
「あの、勇太、さん」
 消えそうなほどに小さな声が、耳を打つ。
「め、迷惑、じゃ、ない、ですか?」
「何が?」
 怜子の言いたいことは、分かっている。自分のことで、勇太を巻き込んだことを申し訳なく思っているのだろう。だから勇太は、殊更大きな声を出しながら、怜子の肩掛け鞄を――さすがに腕は掴めなかった――掴むと、煌煌とした店の中へ怜子を引っ張り込んだ。
「ほら、ここら辺が普通のガラケーだから、さっさと選べよ」
 華やかな色合いの機種が並ぶ棚の前に怜子を立たせて、ぶっきらぼうにそう、言う。
「それとも、オレと同じヤツにするか? かなり地味だけど」
「うん」
 照れ隠しに、実用的な機種の方へ目を走らせながらの言葉。そんな勇太の言葉に、怜子は本当に小さな声で、頷いた。
「……良いのか?」
 その、あまりにも思いがけない怜子の返事に、正直戸惑う。だが。……少し、嬉しい。
 だから。
「じゃ、じゃあ、これな。身分証は、持ってるな」
 自分と同じ機種の、しかし絶対に笑うであろう兄と三森のことが脳裏に浮かんだので色違いの携帯を、怜子に手渡す。後は、店の人が手続きしてくれるから。そう言おうとした勇太の耳に、優しい怜子の声が、響いた。
「ありがとう」
 怜子のこの言葉に、耳まで真っ赤になる自分を、勇太は止めることが出来なかった。
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