最期の伝言

壱婁

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俺は余命宣告を受けた時、悲しいとか虚しいという気持ちよりも正直ようやく彼女に会えると思った。

 俺は中学1年から入院しており学校も殆ど通えておらずテストももちろんの事参加できない為課題点で内申を稼いでいる。最初は見舞いもあったけど今はぼちぼちというのが現状でのんびりと病室でゴロゴロとゲームしたりして気を紛らわす。でなければ発狂しそうな程緩やかに落ちていく砂時計の砂は目に見えて苦痛だからだ。だが、そんな砂時計とももう少しでお別れとなる。最期の時を迎えるまでに後悔なきように俺なりの終活を始めようと思う。
まず、始めたのは身辺の整理だ。俺一人では出来ないのでそれとなく仲の良い友人達に使わなくなった等の言い訳込みで漫画やゲームを譲渡し最低限物を減らしていく。主にキミが「ん?くれんの?マジで!!ありがとう。攻略メール毎日送るからな」と言いながら袋一杯に詰めて帰った。キミ達とは小中と一緒で小学生の頃は毎日の様に遊ぶ仲で気兼ねなく話せる奴等で正直な話キミに関しては好みのエロ本まで把握している仲である。その後も身辺整理を行っていく途中にキミから某狩人ゲームや流血の多い鬼畜な龍のゲームの攻略状況が送信されてきており、物欲センサーが働き過ぎて手に入らないや行動の見極めが難しくてゲームオーバーになってしまうと今にも悔しそうだけれども楽しそうなメールは白い箱みたいな病室にいる俺にとっての癒しにもなった。身辺整理は割とスムーズに進みあっという間に物は捌けていき手元に残ったのは皆で撮ったアルバム達と必要最低限の荷物のみである。幸せそうに呆けた顔をして写っている俺の横でコレにちょっかいをかけるキミ、仲良く二人でピースしている彼女とユー、その隣で見守るコイツ6人での写真は棺桶の中にも入れてもらおうと思う。それくらい彼等は大切な親友だ。それはもう一人一人に最期の挨拶をするくらいにはな。


 俺が一人目として選んだのは彼女だった。病室を後にし携帯のアドレス帳から彼女を探す。よく使う番号なので比較的上位にありすぐに見つかるがどうしても通話ボタンを押す事が出来ない。俺が伝えようとしているのが自分が死ぬという事でどうしても相手を困惑させ泣かせてしまうどうしようもない事実だからだ。何も言わないでいなくなる薄情者で在りたくないエゴと伝えてしまったときのなんと言葉にしていいかわからない罪悪感と、まだ自分では生きていたいのにできないという虚しさと悔しさがドロドロと混ざり合って濁って鉛のような重さで指に纏わりついて邪魔をする。でもちゃんと伝えておきたくて時間はかかったが通話ボタンに指をかける。
「もしもし、――くん」
「こないだぶりだね。時間大丈夫?」
「うん。どうしたの?」
「会いたくなったから電話したんだけど、いつなら来れそう?」
「来週の土曜日なら行けるよ。お土産いつものでいい?」
「楽しみに待ってる」
「私も会いたくって近い内に行こうと思ってたからありがとう。また土曜日ね」
「ありがとう。土曜日な」
スケジュール帳をパラパラと捲りながらすぐに決めてくれるのは彼女の長所だ。いつも悩んでぐずぐずしている何人かを率いてくれる道標は彼女だった。そんな彼女には最初に伝えておきたかった。たぶん、俺が死んでも変わらずみんなを引っ張ってくれるだろうから。




彼女が会いに来てくれると言った土曜当日。今日はあいにくの雨で梅雨入りしたというのに夏の様に蒸し暑く鬱陶しく降り注いでいる。濡れてくるであろう彼女にタオルとドライヤー、ミルクティーを用意してもらい久々に会うのだからとパジャマにしているTシャツ、スウェット、クロックスのラフな格好から柄物のシャツにスキニージーンズ、某有名メーカーのハイカットスニーカーに着替え彼女の来院を待つ。彼女はいつも通り少女めいたシフォンのふわふわと揺れるスカート、清楚でかわいい印象のトップス、お気に入りの大判ストールをアウター代わりに羽織ってくるんだろう。昔から変わらず天使や妖精のような少し浮世離れした格好と、それが許されてしまう容姿の小悪魔ちゃん仕様だしな。
「――くん、遊びに来たよ」
おお、やはり変わらずのリア充感満載の小悪魔に擬態したファッションに恐れ入る。
「狩りに出る?それとも走らす?闘う?」
「だいぶコレに譲ったからそんなにないぞ」
「でも、お気に入りの初期ソフトは残してあるんでしょ?」
「まあな」
擬態に関しては1日時間さえあればすべてゲームに費やすゲーマーを隠す為らしい。女子同士のカースト争いが面倒だの、彼ピがとかきしょいだの、お気に入りのモンスターに愛を囁きながら狩る姿を見た相手の絶望感溢れる表情が堪らないんだとか言っていたが面倒な事が起こる位なら対処しておこうという事だろう。彼女は飛び火する前に出火原因ごと根絶やしにする性格なのだから。
「今日は入院中の彼を甲斐甲斐しくお世話しに行く私って事になっているから」
「相変わらず大変だな。言いふらす所なんぞないから安心しろ」
「知ってる。めんどくさいったらない」
「1ラウンド行きますか」
「いっぱい狩ろっか」
「おいコラ、初っ端から飛ばすんじゃねえよ。吃驚するだろ」
見慣れたコントローラー捌きと舌なめずりをする獰猛な獣の様な捕食者のオーラを飛ばす彼女の顔に安心する。小悪魔少女に擬態する獰猛なバーサーカーを相棒に回復、援護していくのが俺の楽しみでもある。
「出なかったね」
「物欲センサーにかかりまくったな」
「もう1ラウンドしようよ」
「その前にさ、話さないか?」
「どうしたの?改まって」
「実はさ、俺余命宣告受けててそんなに長くない。だから、なんていうか」
「そっか……納得。これで断捨離の理由がわかったわ」
「まあ、そういう事だ。冗談でも虚言でも偽事でもなく全て事実だ」
「久々に聞いた。その長ったらしく回りくどい台詞」
彼女は悲しみと悔しさ、寂しさの織り交ざった表情で俺を瞳の中に映す。伝えてしまった愚直な別れの言葉に虚しさと悲しさが溢れ零れそうになる。必死に抑え込みながら次の言葉を紡ぐ。
「たぶん、冬までもたない。卒業する事も誕生日でさえ迎える事が出来ないだろう」
「高校生、慣れないんだね。みんなで卒業旅行の話してたけどそこまでは厳しいね」
「マジ楽しみにしてたのにな。行ける気満々で下調べと外出申請できるように調節してたんだけどな」
下手くそに作られた笑顔と、ぎこちない会話が往来する中、彼女が独り言のように呟く。
「ユーに会いたかったんでしょ。やっと長い片想いから両想いになれるのかな」
「さあな。ユーは俺の事待ってないかもしれないんだぞ」
「待ってるよ。ユーならね」
「そうなのかな」
「あの子はユーは絶対に待ってるよ。親友である私が言うんだから」
俺よりもユーの隣にずっと居た彼女からの言葉に少しの希望も湧いてきたが、同時に感情も溢れたためみっともない顔を晒し大泣きをするという醜態にも頭を撫でながら慰められるという羞恥にも遭った。
「泣きやめた?」
「ああ。ニヤニヤすんな」
「安心した。さらっとユーの後追う気がしてならなかったし」
「約束がなければ追ってた」
「ユーには感謝しかないね。幼馴染を間を空けず連れてかれるのは堪えらんないよ」
「そこは悪かった」
「またね。いつでも連絡していいんだよ」
「またな。気が向いたらな」
彼女は結局話もしたがきっちり狙いの物が出るまで俺を周回に付き合わせた。物欲センサーに完全警戒されながらもゴリ押しで手に入れる執念が凄い。俺、筋肉痛起こすかもしれないと思っていたが案の定筋肉痛になり箸を持つのでさえ悲鳴を上げるハメになったが後悔は不思議となかった。ようやく1人目に伝えられたがまだ4人いる。この調子でいくと先は長くなりそうだ。



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