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第17章 決戦前
第203話 負の行動・正の行動
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向かい合う馬車の中で、エリー王女の表情がいつも以上に険しいものだとアランは気が付いていた。初めは心を痛めているからだろうと思っていたが、それだけではない気がした。慰霊碑の丘の他に避難所を何か所か回ったが、民と会話をした以外は言葉は噤んでいる。どこか怒りを溜めているようにも見え、状況からしてそれは当然だと思ったアランは、ただ静観していた。
茜色に空が染まる頃、エリー王女とアランはエリー王女の私室に戻った。
「今日からディーンが来るとき、俺も部屋にいるから」
「いえ、私は大丈夫です。アランと二人でいるとあの人はあまり良くない顔をしますので」
エリー王女は首を横に振る。
「しかし、またあのようなことを――」
「ありがとうございます、大丈夫ですので」
エリー王女が強い口調でアランを制した。アランはじっとエリー王女の顔を見つめ、ディーン王子に襲われた後のことを思い返す。
「全身を震わせ、足に力も入らないほど怖い思いをさせた男と二人で会うなんて大丈夫なわけがない。もしかしてディーンが別れ際に、エリーの耳元で何かを言っていたがそのことが関係しているのか?」
「あれは、もう二度とアランに抱きつくなと言われただけです」
「なら、俺が部屋にいるだけなら問題ないはずだ」
「ですが少しでも刺激を減らす方が得策だと思いますので」
そわそわとさ迷う視線に呼吸が僅かに荒い。アランにはエリー王女が緊張しているように見えた。
「……何か隠しているだろ。エリーは後ろめたいことがある時は、いつも視線を合わせない。今日はずっとそうだった」
「何も隠してはいません。気にせず部屋にお戻りください」
そう言いながらエリー王女が無意識に寝室がある方をチラリと見る。アランはそれを見逃さなかった。
「あっちに何かあるのか? まさか体を許すつもりでいるんじゃないだろうな? ……俺がいては困る理由ならそんなところか……?」
そう言いながらアランが寝室に近付こうとすると、エリー王女が慌てて前に立ちはだかる。
「そうではありませんっ! 疲れましたので、もう一人になりたいだけです。ですから――」
「なるほど。寝室に行かせたくないのか」
「違います! アラン!」
エリー王女の言葉には耳を貸さず、寝室に向かった。特に変わった様子はない。まんべんなく怪しいものはないかと探った。
「探しても何もありません。もう出て行ってください!」
ベッドを庇うように前に立ちはだかり、アランを追い出そうとするエリー王女。アランは頷いた。
「そうか……なら最後にベッドだけ調べさせてもらう」
「アラン!」
ベッドの布団を剥がし、沢山並んだ枕も一つずつ確認しては下に落としていく。
「何だこれは……」
アランの動きが止まり、それをゆっくりと持ち上げる。
――――短剣。
鞘は赤黒く、妖しく鈍い光をを放つ。角度が変わると赤い蛇のような模様がうねっているように見えた。鍔も柄も同じく赤黒い。短剣そのものが血の固まりのようだった。
あまりの禍々しさに唾をごくりと飲む。
「……こんなものを何処で手に入れた? 護身用か? いや、それなら隠す必要はないな。説明してくれるよな?」
眉間にしわを寄せながら、エリー王女の目の前に短剣をかざす。エリー王女は視線を反らし俯いた。アランは大きなため息をつき、ソファーまで引っ張って行き座らせた。
「怒っているわけじゃない。知りたいだけだ。俺はお前の側近だろ。何でも話せ」
テーブルの上に短剣を置き、アランも隣に座った。エリー王女は自分の手を握り締め、短剣を見つめながら雫が落ちるように震える声を落としながら語る。それはディーン王子に対する怒りや憎しみ、そしてそのときに起きた出来事を。
「私はあの男を許せないのです。憎くて憎くて仕方がないのです。ですので、あの人を誘い、そこで……」
目に涙を溜めながら短剣を睨むエリー王女の最後の言葉は、喉を詰まらせて声にはならなかった。
「……ああ、憎い気持ちは分かる。しかし、バフォールから貰った剣を使う必要はない。それに、エリーが復讐で手を汚してはダメだ」
「ですが! 私も……いえ、私が制裁を加えたいのです! 私がこの悪夢を終わらせます!」
アランを睨みつけるエリー王女であったが、アランは真っ直ぐ見つめて小さく何度か頷いた。
「いいか。負の感情で起こした行動は、必ず自分の元に返ってくる。上に立つ人間はそうあってはならない。だがそれは、逆もあり得るということだ。国を支えたいという想いがあるのならば、今日のように民のために笑顔を見せてやってくれ。そうすれば幸せが返ってくる。戻ってくるんだ。民や城で働いている者たちの為に正しい行いをしてほしい」
「アランの言いたいことは分かります。分かっておりますが!」
「エリーにはエリーにしか出来ないことがあるんだ。後は俺たちに任せて欲しい」
何も言えなくなったエリー王女がただアランを見つめた。瞳から大きな粒がこぼれ落ちる。
「ほぅ……復讐はしないのか?」
突如聞こえたその声にアランは驚き、立ち上がりながら剣を抜く。声がした方を見ると、その瞬間ぞくり全身が震えた。
「バフォール!!」
窓辺に寄りかかり、男は笑顔を向けていた。
茜色に空が染まる頃、エリー王女とアランはエリー王女の私室に戻った。
「今日からディーンが来るとき、俺も部屋にいるから」
「いえ、私は大丈夫です。アランと二人でいるとあの人はあまり良くない顔をしますので」
エリー王女は首を横に振る。
「しかし、またあのようなことを――」
「ありがとうございます、大丈夫ですので」
エリー王女が強い口調でアランを制した。アランはじっとエリー王女の顔を見つめ、ディーン王子に襲われた後のことを思い返す。
「全身を震わせ、足に力も入らないほど怖い思いをさせた男と二人で会うなんて大丈夫なわけがない。もしかしてディーンが別れ際に、エリーの耳元で何かを言っていたがそのことが関係しているのか?」
「あれは、もう二度とアランに抱きつくなと言われただけです」
「なら、俺が部屋にいるだけなら問題ないはずだ」
「ですが少しでも刺激を減らす方が得策だと思いますので」
そわそわとさ迷う視線に呼吸が僅かに荒い。アランにはエリー王女が緊張しているように見えた。
「……何か隠しているだろ。エリーは後ろめたいことがある時は、いつも視線を合わせない。今日はずっとそうだった」
「何も隠してはいません。気にせず部屋にお戻りください」
そう言いながらエリー王女が無意識に寝室がある方をチラリと見る。アランはそれを見逃さなかった。
「あっちに何かあるのか? まさか体を許すつもりでいるんじゃないだろうな? ……俺がいては困る理由ならそんなところか……?」
そう言いながらアランが寝室に近付こうとすると、エリー王女が慌てて前に立ちはだかる。
「そうではありませんっ! 疲れましたので、もう一人になりたいだけです。ですから――」
「なるほど。寝室に行かせたくないのか」
「違います! アラン!」
エリー王女の言葉には耳を貸さず、寝室に向かった。特に変わった様子はない。まんべんなく怪しいものはないかと探った。
「探しても何もありません。もう出て行ってください!」
ベッドを庇うように前に立ちはだかり、アランを追い出そうとするエリー王女。アランは頷いた。
「そうか……なら最後にベッドだけ調べさせてもらう」
「アラン!」
ベッドの布団を剥がし、沢山並んだ枕も一つずつ確認しては下に落としていく。
「何だこれは……」
アランの動きが止まり、それをゆっくりと持ち上げる。
――――短剣。
鞘は赤黒く、妖しく鈍い光をを放つ。角度が変わると赤い蛇のような模様がうねっているように見えた。鍔も柄も同じく赤黒い。短剣そのものが血の固まりのようだった。
あまりの禍々しさに唾をごくりと飲む。
「……こんなものを何処で手に入れた? 護身用か? いや、それなら隠す必要はないな。説明してくれるよな?」
眉間にしわを寄せながら、エリー王女の目の前に短剣をかざす。エリー王女は視線を反らし俯いた。アランは大きなため息をつき、ソファーまで引っ張って行き座らせた。
「怒っているわけじゃない。知りたいだけだ。俺はお前の側近だろ。何でも話せ」
テーブルの上に短剣を置き、アランも隣に座った。エリー王女は自分の手を握り締め、短剣を見つめながら雫が落ちるように震える声を落としながら語る。それはディーン王子に対する怒りや憎しみ、そしてそのときに起きた出来事を。
「私はあの男を許せないのです。憎くて憎くて仕方がないのです。ですので、あの人を誘い、そこで……」
目に涙を溜めながら短剣を睨むエリー王女の最後の言葉は、喉を詰まらせて声にはならなかった。
「……ああ、憎い気持ちは分かる。しかし、バフォールから貰った剣を使う必要はない。それに、エリーが復讐で手を汚してはダメだ」
「ですが! 私も……いえ、私が制裁を加えたいのです! 私がこの悪夢を終わらせます!」
アランを睨みつけるエリー王女であったが、アランは真っ直ぐ見つめて小さく何度か頷いた。
「いいか。負の感情で起こした行動は、必ず自分の元に返ってくる。上に立つ人間はそうあってはならない。だがそれは、逆もあり得るということだ。国を支えたいという想いがあるのならば、今日のように民のために笑顔を見せてやってくれ。そうすれば幸せが返ってくる。戻ってくるんだ。民や城で働いている者たちの為に正しい行いをしてほしい」
「アランの言いたいことは分かります。分かっておりますが!」
「エリーにはエリーにしか出来ないことがあるんだ。後は俺たちに任せて欲しい」
何も言えなくなったエリー王女がただアランを見つめた。瞳から大きな粒がこぼれ落ちる。
「ほぅ……復讐はしないのか?」
突如聞こえたその声にアランは驚き、立ち上がりながら剣を抜く。声がした方を見ると、その瞬間ぞくり全身が震えた。
「バフォール!!」
窓辺に寄りかかり、男は笑顔を向けていた。
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