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第10章 未熟

第130話 見えない悪意

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 シトラル国王は獰猛な目で何もかも威嚇しながら颯爽と廊下を歩いていた。
 エリー王女に活力が戻ったことに安堵の息を漏らしたが、未だに以前のような柔軟な心を取り戻してはいない。

「陛下」
「わかっている」

 セロードが嗜めるような口調で声をかけると、あからさまに大きく息を吐いた。

 エリー王女との婚姻を急かす者もいたが、なかなか進まないエリー王女の婚姻に業を煮やし、シトラル国王に再婚を勧める者も出てきた。とにかく王族の血を絶やしてはならないという意図は分かる。しかしシトラル国王はエリー王女の婚姻を急かす気も、自身が再婚するつもりもなかった。ただそれはシトラル国王の胸の内の思いであり、公にはしていない。そのため、この聖誕祭でもエリー王女に近づく男達を目の当たりにしたし、シトラル国王自身にも近づいてくる者が多かった。
 シトラル国王にとって楽しいとは程遠い誕生祭である。

 胸にかかる圧力を吹き飛ばすかのようにシトラル国王は背筋を伸ばした。
 目の前の大きな両扉が開くと各国のそうそうたる顔ぶれが席に座って待っているのが見える。
 シトラル国王は笑顔を作り、来賓客の横をゆっくりと歩いた。

「お待たせして申し訳ない。食事にしよう」

 上座に座ったシトラル国王の合図で暖かな食事が運ばれてくる。長テーブルにはエリー王女を始め、各国の国王が左右に並んで座っていた。

 美しく静かに奏でられる音楽。
 朝から贅を尽くした食事。
 そして華やかな世界の内側にある見えない闇。

 シトラル国王はこの場にいるだけで吐き気がした。

 何よりこの吐き気の原因を作った一番の理由は、今は亡きハーネイスにある。
 ハーネイスの一族が失脚してから、あちこちで貴族達の足の引っ張り合いが始まったのだ。最も憎むべき存在であるハーネイスが、彼らの弱みを握り上手く貴族等を動かしていたことが今になって分かってしまった。裏で上手く内部統制していたのだ。

 それがシトラル国王にとって腹立たしかった。

「時にシトラル陛下。ジェルミアがエリー殿下にとても仲良くして頂いているようで嬉しく思っております。聞いた話によると、昨夜もジェルミアの部屋に来て頂いたと」

 バルダス国王がいやらしい顔つきでエリー王女に視線を送ると、エリー王女の体がびくりと震える。

「父上、その様なことを申されては失礼です。申し訳ございません、シトラル陛下、エリー殿下」

 ジェルミア王子が謝罪したあと、エリー王女に対し微笑むとエリー王女は俯いた。

「なるほど、確かにこれまで以上に仲が良くなっているようだ。ジェルミア殿下、ゆっくりと滞在していってほしい。きっとエリーも喜ぶであろう」

 シトラル国王は、心にもないことを口にする。
 エリー王女とレイとの関係を知っているジェルミア王子。側近からの報告書では友好的であると書いてあったが、いつ脅してきてもおかしくない状況だった。
 夜に男の部屋に行けば何があるとも限らない。

「しかし、羽目ははずさないように」
「はい、心得ております」

 ジェルミア王子は澄んだ笑顔で応えた。まるで何もなかったかのような振る舞いであるのに対し、エリー王女はとても居心地が悪そうだ。

「シトラル陛下。私が見たところ、リリュート公とも大変仲睦まじく、パーティーの後二人で過ごされたようです。エリー殿下は大変お忙しい」

 突然ディーン王子も話に割り込んできた。

「流石シトラル陛下のご息女でいらっしゃいますわ。多くの男を魅了するほどの美しさを持ち合わせていらっしゃいますし、より良い者を選ぶには男性の部屋に行ってすることも必要ですわね」

 デール王国のティス王妃が蛇のように目を光らせる。

「いえ……私は……」

 威圧感を感じたのか、エリー王女は小さな声で応えた。

「ティス、エリー殿下が困っているではないか。男の部屋で何をしていたかなど無粋なことを申すでない。もちろん大切な王女様ですので、何かあるなどと考えてなどおりませんが。陛下、ジェルミアもエリー殿下のことは本当に大切に思っているようですので、安心していただきたい」

 ティス王妃を嗜(たしな)めてはいるが、バルダス国王の顔には下品な笑みが浮かんでいる。

「よろしく頼むぞ」

 シトラル国王が威圧的にジェルミア王子を見据えると、首肯で理解したことを伝えた。

「はい、陛下。私はエリー殿下の支えになりたいと考えております。そのため、少しでも長く時間の共有を行っていただけでございます」

 真っ直ぐな瞳で答えるジェルミア王子の言葉を信じたわけではない。エリー王女には常に側近が付いているため、何かあるとは思えなかったからだ。

「エリー殿下は幸せですわね。自身で結婚相手を選べるなんて。殆どの者たちは、決められた相手と結婚させられておりますので。陛下の心遣い、とても素晴らしいですわ。そうそう、ジェルミアを選んでも選ばなくても貴国と弊国の絆は固いと思っております。エリー殿下は何も気にせず選んでくださいね」

 言葉とは裏腹にティス王妃はエリー王女に鋭い剣を刺すような視線を送る。

「……ありがとうございます」

 エリー王女はなんとか笑顔を作って見せた後、助けを求めるように隣に座るリアム国王を見上げた。視線を感じたリアム国王はエリー王女を見下ろし小さく頷く。

「ご自身の心を信じて進まれることを願っております。ローンズはどの選択をしても味方で有り続けましょう」
「はい、お言葉ありがとうございます」

 リアム国王の言葉にエリー王女のまとう空気が柔らかくなった。
 それを見たシトラル国王はなんとも知れない恐怖を感じ、血の気が引いた。

 この男はいったい何を企んでいる?

 苛立ちながらリアム国王を睨みつけた。セイン王子だけではなく、リアム国王もエリー王女の心に入りこんでいる。そしてこの余裕。ジェルミア王子と結託しているのだろうか。バルダス国王も絡んでいるかもしれない。

 シトラル国王の周りには黒い霧が溢れ、闇がよりいっそう深くなったように見えた。





<バルダス国王>


<ティス王妃>
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