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第09章 責務

第124話 逃避

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 リリュートを見送り、エリー王女はアランと共にジェルミア王子が滞在している部屋に来た。

「来てくれてありがとう、エリーちゃん。あれ? 側近は一緒じゃないの?」
「はい。廊下で待機しております」

 ジェルミア王子はチラリと扉を見てから、エリー王女に微笑んだ。

「そう。じゃぁ、こっちにおいで」

 腰を抱き、エスコートをする。そして当然のようにぴったりと体を寄せ合いソファーに座った。

「顔色が良くなったね。本当によかった……。ずっと心配だった。あのまま起きられなくなるんじゃないかって……」

 レイとの関係を知っていたジェルミア王子は、本当に心配しているように見える。
 ずっと側にいたのにエリー王女はジェルミア王子のことをちゃんと見ていなかったなと思った。

「ずっと側で支えて下さっていたのに、何もご連絡せずに申し訳ございませんでした」
「そんなことは気にしてないよ。だけど、この数ヶ月でエリーちゃんの隣にいる男が替わったことは気になるな。ほら、さっき別れる前は紅が付いていたよね?」

 ジェルミア王子は親指でエリー王女の下唇に触れ、瞳を覗き込んでくる。

「あの……これは……」

 探るような瞳からぱっと目を反らすと、ジェルミア王子は小さく息を吐いた。

「嘘が下手だね。彼のこと、好きなの?」
「好きなのは……レイだけです……。レイが好きなのに……」

 首を振り、否定する。
 自分の気持ちは置いてきたはずなのに、口にしたことによって、不義を働いた罪悪感が圧し掛かってきた。

「ですが私は誰かを選ばないといけません。レイを好きなまま……。そんなことは許されるのでしょうか」

 エリー王女の左目から一粒の涙が零れ、慌てて自分で拭う。

「なら、俺を選びなよ」
「え?」
「俺はエリーちゃんがずっとレイくんを好きでいてもいい。だけど、心の隙間を埋めるのは俺でありたい」
「ジェルミア様……」

 ジェルミア王子はエリー王女の手を取り、ゆっくりと優しく声を落としていく。

「家や国のために愛のない結婚する者も多い。だけど勿論、愛があった方がいいよね。でもエリーちゃんの中にはレイくんがいる。これは変えられない事実だ。エリーちゃんが上手く誤魔化しながら過ごせるならいいけど、多分エリーちゃんは、レイ君にも結婚相手にも罪悪感を感じて過ごすんじゃないかな」
「それは……」

 否定できなかった。レイを忘れることも出来ないし、レイをずっと想っていたい。

「俺ならレイくんを好きなエリーちゃんをまるごと愛せる。忘れなくていい。好きでいてもいい。だから俺を選びなよ」

 握られた手を引かれ、そのままジェルミア王子の胸の中にすっぽりと収まった。胸から聞こえる心音が優しく響いている。

「私……。どうして良いか分からないんです……」
「……大丈夫、俺が支えてあげる」



 ジェルミア王子は暫くずっとただ抱きしめていた。
 何もかも知った上で受け止めてくれる腕の中は、少し心地が良い。
 だけど、本当に言葉のまま受け止めていいのか分からない。

 胸から引き離され、熱い視線を注がれると急に怖くなった。

「ジェルミア様……私、まだ……」
「瞳を閉じて。俺をレイくんだと思っていいから」

 顔が近付いてきたため、口付けされるかと思い咄嗟に顔を反らした。すると頬やこめかみ、額など順に柔らかな唇が次々と落とされていく。それはとても優しい口付けだった。
 髪や頬、首筋を撫でる手にエリー王女の身体が痺れていく。

「あ……や……ダメです……」
「俺に身を委ねて……。楽になるから……」

 楽に……。
 このまま身体を預けたら心の隙間は埋まるの?

 エリー王女の僅かな抵抗が緩んだのを感じたジェルミア王子は唇に唇を重ねてきた。簡単に入り込む舌が脳までかき乱す。

 怖い……!

 咄嗟に胸を押し返し距離を取った。
 ジェルミア王子の言うとおり、このまま身を委ねたら頭の中が白くなり楽になりそうな気がして、怖くなったのだ。

「私……楽になんてなりたくない。まだレイを好きでいたいです。ごめんなさい……ごめんなさい……」

 手で顔を覆い隠すと、堰を切ったように涙が溢れてきた。

 こんなに優しくしてくれているのに応えることができない。
 私は誰も選ぶことが出来ない。

「……そうだね、急がせてごめん。ゆっくりでいい。俺は側にいるだけでいいから……ごめんね」

 ジェルミア王子は優しく笑っていた。



 ◇

 顔を整え心を落ち着かせてからジェルミア王子の部屋を出ると、暗くて冷たい廊下にアランの白い息が浮かんでは消えていくのが見えた。

「お待たせしました。部屋へ戻りましょう」
「……はい」

 アランの背中を見ながら歩いていると、知らない部屋に通された。内装からすると客室のようである。

「アラン……?」

 無言のまま小さな明かりを付けると、手を引かれソファーに座らせられた。

「何があった」
「え?」
「リリュート様とジェルミア様と何があった」

 威圧的な声色に胸が縮む。
 向かい側のソファーに座るアランに見つめられ、エリー王女は逃げるように俯いた。

「……大丈夫か?」

 今度は気遣うような優しい声が降ってくる。
 大丈夫なわけがない。

「……はい」

 しかしエリー王女は違う言葉を口にした。

「違うだろ。俺は昨日何て言った?」
「……何でも相談しろと仰ってました……」
「ああ。ならもう一度聞く。大丈夫か?」

 両手を重ねた自分の手に涙が落ちるのが見える。

「……大丈夫……ではありません……」

 エリー王女の瞳から次々と涙が溢れた。

「私は誰も選べません。選びたくないのです。私にはレイしかいない……レイがいいの……。アラン……私、こんなことしたくないです……」
「……わかった。今日は辛い思いをさせて悪かった……。こんなんじゃダメだな。道を照らすべきなのに迷ってばかりだ」

 部屋の中はエリー王女のすすり泣く声だけが響いている。
 アランはそのまま暫く黙ったまま動かなかったが、意を決したかのように顔を上げた。

「エリー。少し俺に付いて来て貰えるか?」




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