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第03章 告白

第033話 出国

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「本日は予定通りローンズへ渡ります」

 翌朝、私室へ来たのはレイである。やはり距離を感じる言い方ではあったが、窺うように視線を合わせると優しく笑みを返してくれた。

「滞在所が一日分の距離ごとに置かれてるので、他の国へ行くよりは楽だとは思いますが、長旅になります。あー、エリー様にとって辛い旅になるかもしれないけど……」
「いえ、ローンズは我が国唯一の同盟国です。こちらからもご挨拶に伺うのは当然ですので」

 少しだけ砕けた言葉遣いに、エリー王女も笑みを浮かべる。そんな小さなことがこんなにも嬉しいとは。

「暑い時期ですし、辛くなったら遠慮なく言ってね」
「レイ、ありがとうございます。私、お父様が気分転換になるだろうと機会を下さったことが嬉しいのです。他の国を見られることも、お見合いをしなくてすむことも」

 最後に苦笑いを溢すと、レイは複雑そうに笑った。



 ◇

 支度をすませ外に出ると、待機している騎士団と仕えの者の人数に驚いた。ざっと数えて四十人はいるのではないだろうか。

「あの……このような大人数で……? どこか危険な所があるのでしょうか」
「いえ、道中はとても安全です。ローンズの後ろだてもありますので、我々を襲ってくるようなことはありません。エリー様をお連れするのには妥当な人数です」

 アランはさも当たり前だと言うように、淡々と説明をした。変に取り繕わない言い方が、エリー王女の不安を取り除く。

 軍事国家であるローンズ王国は、経済大国のアトラス王国から支援を受ける代わりにアトラス王国の防衛を任されていた。この同盟は他国への牽制ともなり、ローンズ王国が睨みをきかせている今は平和が続いている。

「わかりました。では、アラン。皆に一言申し上げたいので集めて頂けますか?」
「……はっ」

 集められた騎士と仕えの者達は、初めて見るエリー王女の愛らしさに息を飲んだ。桃色の柔らかなドレスに、纏め上げた艶やかな髪。輝く大きな瞳と目が合えば、心臓が大きく跳ねた。

 しかし、誰一人として何故集められたのかは分かっていない。こんなことは初めてだった。

「皆様、おはようございます。道中、日差しが強いと聞いております。暑いですので、無理はせず皆が元気にローンズへ着くよう気をつけて参りましょう。十日間、宜しくお願い致します」



 まさか王女という立場の者から、気遣いの言葉をかけてもらえるとは思っていなかったため、全員が呆気に取られた。何かおかしなことを言ってしまったのだろうか? エリー王女が不安になっていると、騎士団隊長が胸に手を当て跪き敬意を示した。それを皮切りに連鎖するようにその場にいる全員が跪き敬礼をする。

 エリー王女はほっと胸を撫で下ろしレイを見ると、レイもまた笑顔で胸に手を当てた。きゅっと胸が締め付けられる。エリー王女は直ぐに視線を外し、レイだけではなくアランも平等に見た。

 この想いに気付かれてはいけない……。



「エリー様は何故、あのようにお声をかけたのですか?」

 馬車に乗り込むと、マーサが疑問を投げる。

「ふふふ。緊張してしまいました。あれは、以前レイがやっていたことを思い出し、私もやってみたくなりまして……」

 恥ずかしそうに頬を染めながらも、エリー王女はマーサにあったことを伝えた。

「以前、レイが城内で働いている一人一人に声をかけながら歩いていることを見たことがあったのです。その後、声をかけられた人たちには表情に活力が芽生えたように見えました」
「活力……ですか?」

 エリー王女はあの日のレイのことを思い出しながら、嬉しそうにこくりと頷く。

「アランにそのことについて尋ねると、"誰かに認めてもらったり見てもらえていることが分かると人は頑張ることができる"。そう教えてくれました。そしてレイはそれを積極的にやっているとも……。ですので、私も自分の口で皆のことを見ているのだと伝えようと思ったのです」

 瞳を輝かせるエリー王女にマーサは「それは素敵なことですね」と微笑む。後宮を出てからずっとふさぎ込んでいたエリー王女であったが、昨日のレイのおかげでこんな表情を見せるようになった。マーサは心の中で安堵の息を漏らす。



 ◇

 夏の暑い日差しが降り注ぐ中、エリー王女一行は大きな列をなしてゆっくりと歩を進める。
 馬車の中は魔法薬のお陰で快適な温度ではあったが、半日もすれば馬車での移動にエリー王女は疲れを見せ始めた。揺れも激しく、狭い空間では体中がかなり痛い。しかし、馬に乗っている騎士達は直接日差しに当たっており、自分よりもっと辛い状況なのだ。そう思ったエリー王女は、何も言わずひたすら耐えた。
 また、休憩の度に笑顔でねぎらいの言葉をかけ、士気を高めることも忘れてはいなかった。自分ができること。それだけはやろうと思っていたからだ。

 何日も過ぎ、疲労も溜まる一方ではあったが、出来るだけみんなの前では笑顔を絶やさぬよう心がけた。自ら声をかける時はアランを選んでいたということもあるが、レイともあまり話せていない。思っていた以上に辛い旅である。

「大丈夫ですか?」

 何度もアランやレイ、マーサが気遣いの言葉をエリー王女にかけた。しかし、その度にエリー王女は大丈夫だと笑顔を作って返す。

 状況から考えて、無理をしているのは一目瞭然であった。

 お見合い相手と話す以外は笑顔を見せなかったエリー王女は、今度は常に笑顔だった。それは三人に対しても同じである。それはつまり自分を偽っているのだ。常に気を張っている状態であり、誰にも頼ろうとしていないということ。

 三人は自分たちの不甲斐無さを責めつつ、エリー王女がどうしたら安息してくれるのかを考えていた。
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