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第02章 初恋

第015話 初めての気持ち

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 エリー王女を無事に部屋まで送り届けた後、レイは側近用の部屋に戻ってきた。

「おかえり。報告書、先に書いておけよ」

 アランが机で仕事をしながら顔を上げずに声をかけてくる。その声は聞こえていたが、レイは返事をせずにそのままベッドに倒れ込んだ。

「どうした? まだ体調が悪いのか?」

 ベッドに倒れ込んだ音を聞いたアランは、顔を上げ心配そうに眉をしかめる。

「ううん。大丈夫……。あのさ、報告書ってどこまで書くの? 俺の行動も全部書くの?」

 うつ伏せ状態のレイがモゴモゴ言いながらアランに尋ねた。

「全てだ。……ああ、薬のこともちゃんと書いておけよ。本当は許可なんか出ていないんだろ? まだ認可が下りていない薬を使用したことについて報告しにくいかもしれないが、それについては俺もフォロー入れるから安心しろ」

 レイとしては薬のことは問題ではなく、エリー王女に口付けをしようとしてしまったことについて悩んでいた。未遂とはいえ、もし報告書に書いてしまったら側近は辞めさせられるだろう。

 うーん。と唸るレイ。

「面倒がらずに今すぐ書けよ」

 アランはため息をつき、また仕事を始める。レイは隠すことに決め、ゆっくりと起き上がりしぶしぶと自分の机に向かった。



 ◇

 エリー王女はレイが部屋から出ていくと大きなため息を吐いた。緊張からかとても疲れた一日だった。だけど、レイがいなくなると不思議と寂しい気持ちにもなる。そんな気持ちで扉をじっと見つめていると、その扉を叩く音が聞こえた。もしかしてレイが戻ってきたのかと思い、胸を押さえながら入ってくるようにと促す。

「エリー様。本日はお勤めお疲れ様でした」

 そこにいたのはマーサだった。いつものように優しい笑顔。それなのに何故か気落ちしていしまったエリー王女は、マーサに気がつかれないように小さく笑顔を作った。

「ただいま、マーサ……」

 いつもであれば喜んで何かを話してくれるエリー王女であったが、それだけ言うと口を噤んでしまった。

「随分とお疲れのご様子ですね。お風呂の準備が出来ておりますのでまずはそちらで疲れを癒してください」

 マーサはそんなエリーの様子が心配であったが、きっと慣れないことに疲れたのだろうと思い、優しく促した。



 マーサは服を脱がせ、一緒にお風呂場へと入り、エリー王女の世話をした。いつも通り成すがままではあったが、今日のエリー王女は全くと言っていいほど意識が何処かに飛んでいた。

 エリー王女はというと、花火での出来事を思い出していた。自分からレイに抱きつき、そのままずっと抱き締めていたこと。レイに見とれて自分から口付けをしようとしたこと……。

 どうしてあのようなことをしてしまったのか自分でも分からなかった。

 思い出す度に顔から火が吹き出しそうなほど恥ずかしくなり、顔を思いっきり左右に振る。

「如何されました?」

 背中を洗ってくれていたマーサが驚いた。

「あの……い、いえ……何でもないです……」

 マーサに相談しようかとも思ったが、怒られるのではないかと思い言葉を飲み込んだ。そしてまた大きなため息を溢す。男性が苦手と言っていたのにも関わらず、あんなことをしてしまった自分に対し、レイがどのように思ったのかを考えるだけで恐ろしかった。

 それでもまたあの場面を思い出す。

 まさによく読んでいた物語のワンシーンだった。もう少しで触れ合いそうな唇。あのままレイと触れ合っていたらどんな感触だったのだろう。

 自分の唇に指を這わし思わず想像をしてしまう。

「さ、エリー様。次はお体を洗い流しますので立っていただけますか?」

 マーサのその声にはっと我に返る。

 なんというはしたない想像をしていたのだろうと自分を責めた。それに自分は王女で、相手は側近なのだ。もう思い出すのを止めようと気持ちを切り替えようとするが、気がつけば何度も何度もレイの眼差しと温もりを思い出してしまう。

 その度に胸がきゅうっと締め付けられ、深いため息が溢れた。



 お風呂から出た後もモヤモヤした気持ちは全く消えない。マーサに促されるままベッドに入ったものの眠れる気がしなかった。

 一人になり、明かりの消えた静かな部屋では余計にレイのことばかり思い出す。

 自分のために女の子になってくれたこと。
 怖がっていることに気が付き手を繋いでくれたこと。
 一緒に楽しく買い物をしていたこと。
 噴水での出来事やお城での出来事。

 どれも楽しい思い出ばかりだった。

 そして、思い出すと胸が苦しくなる。

 初めて感じる感情に戸惑った。

 これがどういう感情なのかは分からなかったが、他のことが考えられなくなるのは問題がある。自分のやるべきことは国王を選ぶこと。自分の心を上手く切り替えられない自分に腹立たしくもなった。

 一晩眠り、明日になれば忘れているだろうと目を瞑る。しかし、なかなか眠ることが出来ない。



 エリー王女は、レイのことばかりを思い出す長い長い夜を過ごした――――。




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