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帰還の章
主の帰還
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マルムスは困っていた、門番たちからの報告に。
突然、魔王の気まぐれで消えたはずの魔王の娘が、出奔したはずの北の領主夫妻と、やはり消えたはずの魔王の親衛隊長を帯同して彼に謁見すると言われてもどうしてよいのか全く分からない。
既に彼には理解不能な状況なのだ。
なので、いつものように頼りになる補佐官に、どうすればよいか尋ねた。
鼠のような顔の補佐官は、報告の内容に若干青くなりながらも「そこは失礼のないようにお通しすべきでしょう」とマルムスに進言した。
「ならば出迎えよう」
マルムスは謁見の間に向かうと、相手が誰なのかを失念したように、愚かにもいつものように玉座で彼らを待つことにした。
四人が王城を進む中、何人かの兵やメイドが、ガルバーンとシルフェーヌに向けて跪いた。
涙を流しながら。
「あ、あなたは」
「奥様」
その中には、最初にシルフェーヌを北の城で出迎えてくれたメイドの姿もあった。
思わずシルフェーヌは彼女と抱き合うと、その涙をドレスの胸に受け止めた。
「おかえりなさいませ、奥様」
「ただいま、ただいま」
「貴様らもついてこい」
ガルバーンからのやさしい指示を受け、彼らは四人が進む背に無言で従っていく。
謁見の間の扉が儀仗兵によって開かれた。
ディアンは儀礼に従い、一旦玉座のマルムスに跪く。
「マルムス卿、突然の訪問を受け入れてくれたこと、感謝する」
これは親衛隊長という役職の者が領主の身分の者に接する際の儀礼だ。
続いてディアンは立ち上がった。
彼の表情は先程の穏やかな表情から憤怒の表情に変化している。
「南の領主マルムスよ! 姫殿下の前で無礼であろう。即刻玉座から降り、臣下の礼をとれ!」
突然のディアンの剣幕にマルムスはたじろぎ、身を硬直させてしまう。
彼はどうしていいかわからない。
目の前の男が自分に何を言っているのかも理解できない。
だから彼は助けを求めるように横の補佐官へと視線を送った。
困惑した表情を浮かべながらも、補佐官はマルムスに耳打ちした。
補佐官の進言にマルムスは満足する。
続けてマルムスは玉座から立ち上がることもなく、こう怒鳴り飛ばした。
「貴様らは姫とノース家を僭称しているようだが、証拠はあるのか!」
そんなマルムスの妄言をガルバーンは無視する。
「マルムスよ、貴様が王城への派兵を準備しているというのは事実なのか」
しかしマルムスは同じことを繰り返すだけ。
「それよりも、貴様らの正体をまずは明かせよ!」
ガルバーンとディアンは嘆息した。
やはりこいつは無能者だ。
ガルバーンは胸から王家の短剣を取り出すとマルムスに提示した。
「これが証明である。しかしどうせ貴様は、まがい物だ何だと難癖をつけるのであろうな」
「まがい物をまがい物と言って何が悪い」
マルムスの耳元には、既に補佐官が張り付き、マルムスに一言一言を指示しているようだ。
「それでは、領主同士の闘いを解決する儀礼に則り、貴様に決闘を申し込むとしよう」
ガルバーンからの申し出にマルムスと補佐官はニヤリとした。
「よかろう。ただし、決闘を申し込まれた側は代役を立てることが叶うという規則は承知だな?」
そう、領主同士の決闘は儀礼に規定されてはいる。
しかしそれは申し込んだ側に圧倒的に不利になるように規定されている。
安易に領主同士が争わぬためにだ。
ところがガルバーンは何を今さらだとばかりに答えた。
「承知」
まもなくマルムスの代役が現れた。
そいつはガルバーンよりも更に頭二つほど大きな亜巨人族の男。
体幅もガルバーンの二倍はある。
そいつはその全身を金属鎧で包み、両手に破壊槌を携え、後ろでは魔術師が何かの呪文を唱え続けている。
「こいつは狂戦士だが構わんだろうな?」
「構わん」
「降伏するなら今だぞ?」
マルムスからの挑発をガルバーンは鼻で笑いながら受け流している。
その背後にはシルフェーヌが音もなく寄り添った。
「旦那様、どういたしましょうか?」
「折角の機会だ、凱旋の挨拶代わりに、部下共にお前の代名詞を久しぶりに披露してやろう」
ガルバーンと亜巨人は広間の中央で対峙する。
するとすぐに亜巨人の後ろにいた魔術師が、亜巨人を弛緩させていた安静呪文を解除した。
呪文から開放された亜巨人は、まずは目の前の男から血祭りにあげようとばかりに、破壊槌を振り上げてガルバーンに突進する。
ガルバーンも、ゆっくりとミスリルスラッシャーを上段に構えた。
武器強化【雪月花】
シルフェーヌの呪文詠唱と同時に、ガルバーンは剣を上段から無作為にふるった。
すると剣の切っ先から輝く白銀の波動が現れ、きらきらと輝きを伴いながら亜巨人へと向かっていく。
亜巨人はそれを正面からまともに受けると一瞬ブルっと体を震わせた。
その後、中心で割られた身体を静かに左右へと倒していった。
その切断面は白く凍り、輝くような霜の花で全身を覆われていた。
玉座は文字通り凍りつき、同時にガルバーンの背後は歓声に沸いた。
「あれはまさしく坊っちゃんと奥様の剣技だ!」
「主が帰ってきた、帰ってきたんだ!」
その歓声はアリアウェットが動くまで続くことになる。
突然、魔王の気まぐれで消えたはずの魔王の娘が、出奔したはずの北の領主夫妻と、やはり消えたはずの魔王の親衛隊長を帯同して彼に謁見すると言われてもどうしてよいのか全く分からない。
既に彼には理解不能な状況なのだ。
なので、いつものように頼りになる補佐官に、どうすればよいか尋ねた。
鼠のような顔の補佐官は、報告の内容に若干青くなりながらも「そこは失礼のないようにお通しすべきでしょう」とマルムスに進言した。
「ならば出迎えよう」
マルムスは謁見の間に向かうと、相手が誰なのかを失念したように、愚かにもいつものように玉座で彼らを待つことにした。
四人が王城を進む中、何人かの兵やメイドが、ガルバーンとシルフェーヌに向けて跪いた。
涙を流しながら。
「あ、あなたは」
「奥様」
その中には、最初にシルフェーヌを北の城で出迎えてくれたメイドの姿もあった。
思わずシルフェーヌは彼女と抱き合うと、その涙をドレスの胸に受け止めた。
「おかえりなさいませ、奥様」
「ただいま、ただいま」
「貴様らもついてこい」
ガルバーンからのやさしい指示を受け、彼らは四人が進む背に無言で従っていく。
謁見の間の扉が儀仗兵によって開かれた。
ディアンは儀礼に従い、一旦玉座のマルムスに跪く。
「マルムス卿、突然の訪問を受け入れてくれたこと、感謝する」
これは親衛隊長という役職の者が領主の身分の者に接する際の儀礼だ。
続いてディアンは立ち上がった。
彼の表情は先程の穏やかな表情から憤怒の表情に変化している。
「南の領主マルムスよ! 姫殿下の前で無礼であろう。即刻玉座から降り、臣下の礼をとれ!」
突然のディアンの剣幕にマルムスはたじろぎ、身を硬直させてしまう。
彼はどうしていいかわからない。
目の前の男が自分に何を言っているのかも理解できない。
だから彼は助けを求めるように横の補佐官へと視線を送った。
困惑した表情を浮かべながらも、補佐官はマルムスに耳打ちした。
補佐官の進言にマルムスは満足する。
続けてマルムスは玉座から立ち上がることもなく、こう怒鳴り飛ばした。
「貴様らは姫とノース家を僭称しているようだが、証拠はあるのか!」
そんなマルムスの妄言をガルバーンは無視する。
「マルムスよ、貴様が王城への派兵を準備しているというのは事実なのか」
しかしマルムスは同じことを繰り返すだけ。
「それよりも、貴様らの正体をまずは明かせよ!」
ガルバーンとディアンは嘆息した。
やはりこいつは無能者だ。
ガルバーンは胸から王家の短剣を取り出すとマルムスに提示した。
「これが証明である。しかしどうせ貴様は、まがい物だ何だと難癖をつけるのであろうな」
「まがい物をまがい物と言って何が悪い」
マルムスの耳元には、既に補佐官が張り付き、マルムスに一言一言を指示しているようだ。
「それでは、領主同士の闘いを解決する儀礼に則り、貴様に決闘を申し込むとしよう」
ガルバーンからの申し出にマルムスと補佐官はニヤリとした。
「よかろう。ただし、決闘を申し込まれた側は代役を立てることが叶うという規則は承知だな?」
そう、領主同士の決闘は儀礼に規定されてはいる。
しかしそれは申し込んだ側に圧倒的に不利になるように規定されている。
安易に領主同士が争わぬためにだ。
ところがガルバーンは何を今さらだとばかりに答えた。
「承知」
まもなくマルムスの代役が現れた。
そいつはガルバーンよりも更に頭二つほど大きな亜巨人族の男。
体幅もガルバーンの二倍はある。
そいつはその全身を金属鎧で包み、両手に破壊槌を携え、後ろでは魔術師が何かの呪文を唱え続けている。
「こいつは狂戦士だが構わんだろうな?」
「構わん」
「降伏するなら今だぞ?」
マルムスからの挑発をガルバーンは鼻で笑いながら受け流している。
その背後にはシルフェーヌが音もなく寄り添った。
「旦那様、どういたしましょうか?」
「折角の機会だ、凱旋の挨拶代わりに、部下共にお前の代名詞を久しぶりに披露してやろう」
ガルバーンと亜巨人は広間の中央で対峙する。
するとすぐに亜巨人の後ろにいた魔術師が、亜巨人を弛緩させていた安静呪文を解除した。
呪文から開放された亜巨人は、まずは目の前の男から血祭りにあげようとばかりに、破壊槌を振り上げてガルバーンに突進する。
ガルバーンも、ゆっくりとミスリルスラッシャーを上段に構えた。
武器強化【雪月花】
シルフェーヌの呪文詠唱と同時に、ガルバーンは剣を上段から無作為にふるった。
すると剣の切っ先から輝く白銀の波動が現れ、きらきらと輝きを伴いながら亜巨人へと向かっていく。
亜巨人はそれを正面からまともに受けると一瞬ブルっと体を震わせた。
その後、中心で割られた身体を静かに左右へと倒していった。
その切断面は白く凍り、輝くような霜の花で全身を覆われていた。
玉座は文字通り凍りつき、同時にガルバーンの背後は歓声に沸いた。
「あれはまさしく坊っちゃんと奥様の剣技だ!」
「主が帰ってきた、帰ってきたんだ!」
その歓声はアリアウェットが動くまで続くことになる。
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