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炎の国の章
くちづけ
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「やっぱりな」
ガルバーンの腕の中で再び気を失ったシルフェーヌを見つめながら、ゼノスはそう呟いた。
「何がだ?」
ガルバーンはシルフェーヌを心配そうに抱きながらゼノスに視線を向けた。
「シルフェーヌは、魔族としては既にポンコツだということじゃよ」
そのぞんざいな物言いに、ディアンとアリアウェットもゼノスに驚いた様子で目を向けた。
当のガルバーンは眉間にしわを寄せている。
「婆さん、人の嫁をポンコツ呼ばわりとは、失礼ではないのか?」
するとゼノスはガルバーンに向けて鼻で笑った。
「ど阿呆、これは褒め言葉だと思え。この娘はお前のために自らの魂を割り、『運命転生を同時に二人前も唱えたのじゃ。そりゃポンコツにもなるじゃろう」
ゼノスは立ち上がるとガルバーンの元に向かい、シルフェーヌの髪をなでてやる。
「こやつが雪世界などの特殊能力を満足に使えることは今後なかろうて。ガルバーンよ、今後はこの娘をちょっと魔力量が多い人間族だと扱ってやれよ」
横ではアドルフも無言で頷いている。
ガルバーンはゼノスの真意に気付くと、あえて若いころの口調に戻した。
「全く問題なし! シルフェーヌは俺のもの! 特殊能力なんかいらん!」
そのときシルフェーヌの目元に涙が浮かんだのにアリアウェットは気づいた。
彼女は素知らぬ顔でシルフェーヌの頬に手をやると、そっと涙を拭ってあげる。
「さて、次はお前かい?」
ゼノスは次にディアンの前に立った。
「ああ、頼む」
ディアンも椅子の上で改めて姿勢をただした。
ゼノスは腰を折り、ディアンの顔を覗き込む。
そうしていくうちにゼノスは徐々に顔をしかめていく。
「アドルフ、これを見てみろ」
ゼノスは死霊魔術師を手招きすると、招かれた彼もゼノスの横でディアンの顔を覗き込んだ。
沈黙が部屋を支配する。
ぷっ
突然ゼノスとアドルフはしかめっ面を崩すと同時に吹き出した。
「何だよ」
不満げなディアンにアドルフとゼノスがからかうように言葉をあわせた。
「これはまたわかりやすい呪いじゃのう」
「お前、相当惚れられていたんじゃなあ」
ディアンには二人の言葉の意味がわからないのでただ眉をひそめる。
そんな彼の表情をからかうかのように、ゼノスはディアンに呪いの状況を教えてやる。
「お前のことを好いた女の情熱が、悪魔四十八匹分の魔力でお前に焼き付けられておる」
その言葉でディアンは思い出した。
黒い嵐に巻き込まれた時を。
あの時ディアンは秘書の手を引き、悪魔どもを楯にした。
二人で悪魔どもの塵を浴びた。
そして最後に、秘書も砕け散り、彼女も彼に降り注いだ。
「あいつか……」
ディアンは複雑な心境になる。
忘れていた、忘れようとしていた大事な存在が、彼の心によみがえる。
「で、どうすんじゃ? 呪いを解くのか? そのままその女の愛情に包まれて生きるか?」
ディアンは一度深呼吸をすると、冷静な瞳をゼノスに向けた。
「呪いを解く方法は?」
そんなディアンに、ゼノスは再びからかうような口ぶりで教えてやる。
「なに、簡単なことじゃ。お前を好いた女に『くちづけ』してもらえ」
「どういうことだ?」
ゼノスは皆にも聞こえるように、声のトーンをあげて説明を始めた。
それはそれは楽しそうに。
「この呪いをお前が受けた後、何人かの女はお前の呪いを打ち破っているじゃろう。その女の誰かにくちづけしてもらえ。そうすればお前の呪いは解ける。その代わり、お前にくちづけをした女だけは、一生お前を呪うことになる。要は呪いの移動じゃよ」
「その娘は俺を呪う以外の実害はあるのか?」
「それは問題ない。お前が一生その娘に呪われるだけじゃ」
楽しそうなゼノスの表情にむかつきながらも、ディアンは思考をめぐらせていく。
彼の呪いを乗り越えたのは、多分四人。
アリアウェット
宿屋の娘ジル
ブリングアップウィドウズのエリー
それから多分シルフェーヌ
これが選択肢となるだろう。
アリアウェットとキスなぞあり得ない。
ジルに一生呪われるのは勘弁してほしい。
エリーとも帰還の際にもう一度お会いしたい。
ならば選択肢は一つ。
「ガルバーン卿、シルフェーヌ奥様とキスをさせてほしい」
「殺すぞ」
同時に殺気立つガルバーンをなだめるように彼の肩に手を置きながらアドルフが面白そうにディアンに注釈を入れた。
「シルフェーヌは魔族じゃから、お主の呪いの対象外じゃよ」
そういえばとディアンは思い出す。
シルフェーヌは最初から彼のことを気持ち悪がっていなかった。
「他に方法はないのか?」
いらつくようなディアンに、ゼノスは意地悪そうな表情になった。
「ないこともないが、あたしに金貨四十八枚を支払えるか?」
ガルバーンの腕の中で再び気を失ったシルフェーヌを見つめながら、ゼノスはそう呟いた。
「何がだ?」
ガルバーンはシルフェーヌを心配そうに抱きながらゼノスに視線を向けた。
「シルフェーヌは、魔族としては既にポンコツだということじゃよ」
そのぞんざいな物言いに、ディアンとアリアウェットもゼノスに驚いた様子で目を向けた。
当のガルバーンは眉間にしわを寄せている。
「婆さん、人の嫁をポンコツ呼ばわりとは、失礼ではないのか?」
するとゼノスはガルバーンに向けて鼻で笑った。
「ど阿呆、これは褒め言葉だと思え。この娘はお前のために自らの魂を割り、『運命転生を同時に二人前も唱えたのじゃ。そりゃポンコツにもなるじゃろう」
ゼノスは立ち上がるとガルバーンの元に向かい、シルフェーヌの髪をなでてやる。
「こやつが雪世界などの特殊能力を満足に使えることは今後なかろうて。ガルバーンよ、今後はこの娘をちょっと魔力量が多い人間族だと扱ってやれよ」
横ではアドルフも無言で頷いている。
ガルバーンはゼノスの真意に気付くと、あえて若いころの口調に戻した。
「全く問題なし! シルフェーヌは俺のもの! 特殊能力なんかいらん!」
そのときシルフェーヌの目元に涙が浮かんだのにアリアウェットは気づいた。
彼女は素知らぬ顔でシルフェーヌの頬に手をやると、そっと涙を拭ってあげる。
「さて、次はお前かい?」
ゼノスは次にディアンの前に立った。
「ああ、頼む」
ディアンも椅子の上で改めて姿勢をただした。
ゼノスは腰を折り、ディアンの顔を覗き込む。
そうしていくうちにゼノスは徐々に顔をしかめていく。
「アドルフ、これを見てみろ」
ゼノスは死霊魔術師を手招きすると、招かれた彼もゼノスの横でディアンの顔を覗き込んだ。
沈黙が部屋を支配する。
ぷっ
突然ゼノスとアドルフはしかめっ面を崩すと同時に吹き出した。
「何だよ」
不満げなディアンにアドルフとゼノスがからかうように言葉をあわせた。
「これはまたわかりやすい呪いじゃのう」
「お前、相当惚れられていたんじゃなあ」
ディアンには二人の言葉の意味がわからないのでただ眉をひそめる。
そんな彼の表情をからかうかのように、ゼノスはディアンに呪いの状況を教えてやる。
「お前のことを好いた女の情熱が、悪魔四十八匹分の魔力でお前に焼き付けられておる」
その言葉でディアンは思い出した。
黒い嵐に巻き込まれた時を。
あの時ディアンは秘書の手を引き、悪魔どもを楯にした。
二人で悪魔どもの塵を浴びた。
そして最後に、秘書も砕け散り、彼女も彼に降り注いだ。
「あいつか……」
ディアンは複雑な心境になる。
忘れていた、忘れようとしていた大事な存在が、彼の心によみがえる。
「で、どうすんじゃ? 呪いを解くのか? そのままその女の愛情に包まれて生きるか?」
ディアンは一度深呼吸をすると、冷静な瞳をゼノスに向けた。
「呪いを解く方法は?」
そんなディアンに、ゼノスは再びからかうような口ぶりで教えてやる。
「なに、簡単なことじゃ。お前を好いた女に『くちづけ』してもらえ」
「どういうことだ?」
ゼノスは皆にも聞こえるように、声のトーンをあげて説明を始めた。
それはそれは楽しそうに。
「この呪いをお前が受けた後、何人かの女はお前の呪いを打ち破っているじゃろう。その女の誰かにくちづけしてもらえ。そうすればお前の呪いは解ける。その代わり、お前にくちづけをした女だけは、一生お前を呪うことになる。要は呪いの移動じゃよ」
「その娘は俺を呪う以外の実害はあるのか?」
「それは問題ない。お前が一生その娘に呪われるだけじゃ」
楽しそうなゼノスの表情にむかつきながらも、ディアンは思考をめぐらせていく。
彼の呪いを乗り越えたのは、多分四人。
アリアウェット
宿屋の娘ジル
ブリングアップウィドウズのエリー
それから多分シルフェーヌ
これが選択肢となるだろう。
アリアウェットとキスなぞあり得ない。
ジルに一生呪われるのは勘弁してほしい。
エリーとも帰還の際にもう一度お会いしたい。
ならば選択肢は一つ。
「ガルバーン卿、シルフェーヌ奥様とキスをさせてほしい」
「殺すぞ」
同時に殺気立つガルバーンをなだめるように彼の肩に手を置きながらアドルフが面白そうにディアンに注釈を入れた。
「シルフェーヌは魔族じゃから、お主の呪いの対象外じゃよ」
そういえばとディアンは思い出す。
シルフェーヌは最初から彼のことを気持ち悪がっていなかった。
「他に方法はないのか?」
いらつくようなディアンに、ゼノスは意地悪そうな表情になった。
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