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炎の国の章
自称最強
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帰れない。
それがシルフェーヌがこの街で得た結論だった。
彼女は理解した。
ここは召喚された者が住む街であり、召喚されたまま帰れなくなった者達の街だと。
彼女はここにいられない。
この街は怖い。
だから彼女は再び北に向かった。
寒さに惹かれるように。
そしてそこで、かつて自身が住んでいた山岳地帯を思わせる山脈を見つけた。
元の世界には戻れない。
ここの世界は恐ろしい。
彼女は膝を抱えながら、雪の中で長いときをじっと過ごした。
その永遠の生命とともに。
それからどれほどのときが過ぎ去ったであろうか。
ある日、彼女の耳に騒々しい叫び声が飛び込んできた。
「ヒャッハー! 俺最強!」
シルフェーヌは恐る恐る声の主を遠目に見つめてみた。
それは白馬にまたがり、剣を振り回しながら雪原を突っ走る人間族の少年のようだ。
ところが彼からは不思議と恐怖を感じない。
そう、彼女にとって目に映る彼は不思議な存在だった。
シルフェ―ヌはそんな彼に興味を持った。
なので、そっと彼の後をつけて、彼を観察してみることにする。
彼は雪原で魔物に出会う度に喧嘩を売っている。
「貴様! もしかしたら俺のライバルだな!」
実際、戦う彼は強かった。
雪原狼にも、雪原熊にも、彼は勝利した。
しかも彼は相手を深追いせず、相手が逃げるに任せていた。
シルフェーヌは胸を躍らせた。
「なんて自由でバカな人なんだろう」
彼が次に出会ったのは雪原竜。
「貴様こそ俺のライバルだな!」
相変わらず少年は相手に問答無用とばかりに掛け声とともに突っ込んでいく。
当然のことながら真正面から。
「あ、だめ!」
その事態に思わずシルフェーヌは少年に向かって叫ぶも、彼女の声は少年には届かない。
彼は正面から、雪原竜の氷息を食らい、その場で氷像となってしまう。
「ごめんね雪原竜さん!」
彼女は慌てて雪原竜と彼の間に飛び出すと、雪原竜に雪女王の視線を向けた。
これは雪の眷属を一時的に支配する特殊能力だ。
レンディネージュの視線にとらわれた雪原竜はとたんにおとなしくなる。
「ごめんね、彼を許してあげて」
そんなシルフェーヌの願いを叶えるかのように、雪原竜はシルフェ―ヌに背を向けると、その場からゆっくりと立ち去っていった。
融雪
治癒
シルフェーヌが続けて魔法を二つ唱える。
すると少年はぱっちりと目を覚ました。
そのまま少年は無言で彼女を凝視する。
そんな彼の真っ直ぐな視線に、シルフェーヌはつい目線を逸らしてしまう、頬を赤く染めながら。
彼はその場からむくっと起き上がると、いきなり彼女の両手をとった。
「助けてくれてありがとう! 俺はガルバーン、最強の男だ!」
最強の男がこんなところで雪像になっている矛盾に、彼も彼女も気づかない。
「ところできれいなねーちゃん、お前は何者だ!」
あまりにも威勢のいい彼の口調に、ぶしつけな質問にも関わらず彼女も反射的に答えてしまった。
「シルフェ……、シルフェーヌと申します」
シルフェーヌが小声で名前を名乗るのとほぼ同時に、少年はそのままの勢いで質問を重ねていく。
「ところでお前、こんなところで何をしているんだ?」
彼の素朴な問いに彼女は答えられない。
なぜなら彼女自身が、なぜここにいるのかわからないのだから。
自分がここに存在している理由すらわからないのだから。
無言のまま視線を落としてしまったシルフェーヌの態度を、ガルバーンは盛大に勘違いした。
「なんだ、何もしてねえのか。なら、俺のところに来いよ!」
「え?」
シルフェーヌは、誰かにそんなことを言ってもらえるとは思いもしなかった。
無垢な彼の一言が嬉しかった。
だけど不安だった。
だから彼女は小さくなりながらも、彼に正直に伝えた。
「私は魔族です……」
しかし彼はシルフェーヌの告白の意味をわかっているのかわかっていないのか、おかしな反応を見せた。
満面の笑顔で。
「へえ、魔族のねーちゃんってのはものすごく綺麗なんだな!」
数刻後、彼女は彼の馬に一緒に乗っていた。
それがシルフェーヌがこの街で得た結論だった。
彼女は理解した。
ここは召喚された者が住む街であり、召喚されたまま帰れなくなった者達の街だと。
彼女はここにいられない。
この街は怖い。
だから彼女は再び北に向かった。
寒さに惹かれるように。
そしてそこで、かつて自身が住んでいた山岳地帯を思わせる山脈を見つけた。
元の世界には戻れない。
ここの世界は恐ろしい。
彼女は膝を抱えながら、雪の中で長いときをじっと過ごした。
その永遠の生命とともに。
それからどれほどのときが過ぎ去ったであろうか。
ある日、彼女の耳に騒々しい叫び声が飛び込んできた。
「ヒャッハー! 俺最強!」
シルフェーヌは恐る恐る声の主を遠目に見つめてみた。
それは白馬にまたがり、剣を振り回しながら雪原を突っ走る人間族の少年のようだ。
ところが彼からは不思議と恐怖を感じない。
そう、彼女にとって目に映る彼は不思議な存在だった。
シルフェ―ヌはそんな彼に興味を持った。
なので、そっと彼の後をつけて、彼を観察してみることにする。
彼は雪原で魔物に出会う度に喧嘩を売っている。
「貴様! もしかしたら俺のライバルだな!」
実際、戦う彼は強かった。
雪原狼にも、雪原熊にも、彼は勝利した。
しかも彼は相手を深追いせず、相手が逃げるに任せていた。
シルフェーヌは胸を躍らせた。
「なんて自由でバカな人なんだろう」
彼が次に出会ったのは雪原竜。
「貴様こそ俺のライバルだな!」
相変わらず少年は相手に問答無用とばかりに掛け声とともに突っ込んでいく。
当然のことながら真正面から。
「あ、だめ!」
その事態に思わずシルフェーヌは少年に向かって叫ぶも、彼女の声は少年には届かない。
彼は正面から、雪原竜の氷息を食らい、その場で氷像となってしまう。
「ごめんね雪原竜さん!」
彼女は慌てて雪原竜と彼の間に飛び出すと、雪原竜に雪女王の視線を向けた。
これは雪の眷属を一時的に支配する特殊能力だ。
レンディネージュの視線にとらわれた雪原竜はとたんにおとなしくなる。
「ごめんね、彼を許してあげて」
そんなシルフェーヌの願いを叶えるかのように、雪原竜はシルフェ―ヌに背を向けると、その場からゆっくりと立ち去っていった。
融雪
治癒
シルフェーヌが続けて魔法を二つ唱える。
すると少年はぱっちりと目を覚ました。
そのまま少年は無言で彼女を凝視する。
そんな彼の真っ直ぐな視線に、シルフェーヌはつい目線を逸らしてしまう、頬を赤く染めながら。
彼はその場からむくっと起き上がると、いきなり彼女の両手をとった。
「助けてくれてありがとう! 俺はガルバーン、最強の男だ!」
最強の男がこんなところで雪像になっている矛盾に、彼も彼女も気づかない。
「ところできれいなねーちゃん、お前は何者だ!」
あまりにも威勢のいい彼の口調に、ぶしつけな質問にも関わらず彼女も反射的に答えてしまった。
「シルフェ……、シルフェーヌと申します」
シルフェーヌが小声で名前を名乗るのとほぼ同時に、少年はそのままの勢いで質問を重ねていく。
「ところでお前、こんなところで何をしているんだ?」
彼の素朴な問いに彼女は答えられない。
なぜなら彼女自身が、なぜここにいるのかわからないのだから。
自分がここに存在している理由すらわからないのだから。
無言のまま視線を落としてしまったシルフェーヌの態度を、ガルバーンは盛大に勘違いした。
「なんだ、何もしてねえのか。なら、俺のところに来いよ!」
「え?」
シルフェーヌは、誰かにそんなことを言ってもらえるとは思いもしなかった。
無垢な彼の一言が嬉しかった。
だけど不安だった。
だから彼女は小さくなりながらも、彼に正直に伝えた。
「私は魔族です……」
しかし彼はシルフェーヌの告白の意味をわかっているのかわかっていないのか、おかしな反応を見せた。
満面の笑顔で。
「へえ、魔族のねーちゃんってのはものすごく綺麗なんだな!」
数刻後、彼女は彼の馬に一緒に乗っていた。
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