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灼熱の荒野の章

思わぬ収入

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「ただいま、ディアン、ガル!」

 店のオーナーがディアンに自己紹介を済ませたところに、アリアとシルフェが街から帰ってきた。
 二人の後ろに体格の良い若い男性二人が続いている。
 彼らは大きな木箱を二人がかりで担いでいた。

 アリアたちの状況が飲み込めないディアンとガルの前で、話が進んでいく。
「お嬢ちゃん達、この辺に置いておけばいいかい?」
「うん、ここまでありがとう!」
 アリアとシルフェの笑顔に男性二人も笑顔で答えた。 

「うちのご主人も大喜びだよ。こちらこそありがとうな!」
 若者二人はそう言い残すと、ディアンたちにも会釈をし、街に帰って行った。
 
「すまんオーナー。さっきの話の前に、まずは連れの荷物を確認させてくれ」
「ああ、構わんよ」
 ディアンは店のオーナーに詫びると、アリアウェットとシルフェに向かい合った。
「何ですかこの棺桶みたいなのは」
「クッキーだよ」
「え?」
 またもや予想外の展開にディアンは再び驚きながらも、箱のふたを開け中身を確認してみる。

 中身はまさに「お菓子」で満たされていた。
 しかも、箱には防腐防湿プリサーベーションの持続魔法までもが付与されている。
「どうしたんだ、これ?」
「クッキーのお店で、女主人さんと交換したんだよ! 私のバッグと、お店のお菓子全部と」
 アリアとシルフェは満面の笑みを浮かべながら自慢げに報告した。
「すげえな姉さん、シルフェ!」
 ガルも目の前に現れた大量のお菓子に驚きの声をあげる。
 
 そう、そのとき焼き菓子店の女主人は瞬時に計算したのだ。
 店の菓子だけならば金貨一枚程度の価値。
 なので魔道具の箱もセットにした。
 それでも合計で金貨二枚程度の価値である。
 その結果、市場に出たらいくらの値が付くのかも予想がつかない一点ものの逸品を、女主人は金貨二枚で手に入れたのである。
 これはまさに勝ち組といえよう。
 さすがは商売人だ。
 
 呆れてものが言えない状態のディアンと、箱の中のお菓子についてあれやこれやと楽しそうに話を始めた三人。
 するとそこに突然甲高い女性の声が響きわたった。

「こちらに銀髪の娘さんと白髪の娘さんはいらっしゃるかしら!」

 その声にまずはオーナーが反応した。
「どうしたんだ、お前」
 どうやら声の主はオーナーの妻らしい。
「ねえ聞いてよあなた! 今エリシャの店にケーキを買いに行ったら、全品売り切れだって言うのよ!」
「商売繁盛はいいことだろ?」
 なぜか興奮気味の妻を夫は諭すが、彼女の興奮は止まらない。

「でも、生ものはともかく、日持ちがするものまで全て売り切れっておかしいでしょ!」
「そりゃそうだ」
「そしたらエリシャったら、売り切れでごめんなさいと言いながら、私にわざとらしくバッグを見せつけるかのように肩にかけたのよ!」
 エリシャというのはどうも焼き菓子店の女主人の名前らしい。
 妻の興奮は続く。
「私すぐにわかったわ! それが最高級のバッグだって! エリシャったら、わざわざお気に入りのドレスに着替えてバッグと合わせていたのよ!このドレスでも物足りないかしらとかニヤニヤしちゃってさ!」

 ここで妻の興奮を遮るように、夫は素朴な疑問を投げかけた。
「で、何でここに来たんだ?」
「悔しいからエリシャを締めあげたのよ! どこでそのバッグを手に入れたのかって! そしたら散々焦らされた後でやっと白状したのよ。銀髪の娘さんから譲ってもらったって!」
「で?」
「白髪の娘さんも同じようなバッグを持っていたから、できるものならば無理を承知で頼んでみなさいなって言われたのよ!」
「だから何でお前はここに来たんだ?」
「二人は冒険者らしいわよって、エリシャが言ってたのよ!」

 オーナーは先ほど帰ってきたアリアウェットとシルフェ、それから大量に運ばれてきたお菓子の方を見ると、無言で指差した。
 それにつられて彼の奥様も二人の方に顔を向ける。
 すると奥様の目にシルフェのバッグが飛び込んだ。
 
「きゃー!!!」

 奥様が絶叫する。
 そして女性とは思えない素早さで、一気にシルフェとの距離を詰めた。
「ねえあなた! そのバッグを見せてくださらない?」 
 驚いたシルフェは、反射的に奥様に無言でバッグを差し出してしまう。

 すると奥様は丁寧にバッグを隅々まで確認すると、興奮の度合いを高めた。
「素晴らしいわ! このバッグはエリシャのと似ているけど、彼女のバッグよりデザインはシンプルだわ。だけどエリシャのより上等な部分の革が使われているわね! このバッグもエリシャのに勝るとも劣らない逸品だわ!」
 続けて奥様はシルフェに向き合うと、一方的に商談を始めた。

「ねえあなた、このバッグを私に譲ってくださらない?」
 奥様の怒涛の押しに、シルフェの頭はすでにオーバーフロー状態となり、目線をあさっての方向に泳がせ始めている。
 アリアウェットもガルも、口をぽかんと開けながら目の前の出来事を見つめている。

「やれやれ」
 また俺の出番かよと肩を落としながら、ディアンは奥様の前に立った。
「ちょっと落ち着いてください、奥様」
「何よあなたは」
「こいつらの保護者です」
「あら」
 保護者と聞いて奥様は態度を改めたが、ディアンの顔を見ると露骨に表情をゆがめてしまう。

 するとここでオーナーが奥様に向けて唸るような声を発した。
「お前、先の戦いの英雄になんて口を叩いているんだ」
 奥様はオーナーの方を振り向きくと、もう一度ディアンと目を合わせ、気持ちが悪くなってしまう。
「え、このゴキブリみたいな方が?」

 オーナーは肩を落とした。
「すまんディアンソンさん。こいつには後できっちりと説教を入れておくから、ここは勘弁してくれ」
「別にいいですよ。気にしないでください」

 ディアンもこんな中年ババアに好かれたくもないので、ここは水に流してやる。
 しかし、さすが中年のババアといったところか。
 場が険悪な空気になっても、彼女は己の我を通してきた。

「でもあなた、私はどうしてもこのバッグが欲しいの。だからあなたからも皆さんにお願いしてよ!」
 するとオーナーは一転、にやりと笑う。
「気持ちはわかる。実は俺も欲しいものがあるんだ」
 ギルドマスターは次にディアンの方に振り向いた。

「すまないなディアンソンさん。話の続きだ。その背負い籠の持ち主は誰だい?」
 ディアンはアリアウェットに耳打ちした。
 すると彼女も笑顔で耳打ちして返す。
「こしらえたのはアリアロッドだが、今の持ち主はガルだ」
 ディアンの返事に、今度はオーナーが奥様の耳元で囁く。
 奥様は彼の横に置かれた豪華絢爛竜革背負籠のセンスのなさに一瞬唖然とするも、続く夫の言葉にうんうんと頷いた。

「あの籠に火炎龍ファイアドラゴンの鱗をたんまり入れて、背負って帰ってきてやるぜ」という一言に。

「それじゃガルさん、シルフェさん。改めて頼む。背負籠とトートバッグをあわせて金貨十枚で俺たちに売ってくれないか?」

 金貨十枚に周囲はどよめいた。

「兄さん、金貨十枚って、銀貨で何枚なんすか?」
「千枚だな」
 ガルとディアンのやり取りに、恐る恐るアリアウェットも口はさんでくる。
「もしかしたら、ケーキセット千皿分ってこと?」
「ケーキセットが一皿銀貨一枚ならな」
 そう、ガルもシルフェも、そしてアリアウェットも、金貨と銀貨の交換レートを知らなかったのだ。 

「ガル、シルフェ、ギルドマスターがせっかくここまで言ってくださっているんだから、譲ってやれ。それにお前ら二人の路銀も必要だろ?」
 ディアンの提案にガルとシルフェは無言でひたすら頷くだけ。
 制作者のアリアウェットも釣られて一緒になって頷いている。

 オーナー夫妻はディアンの仲介に感謝し、金貨をもう一枚追加するといってきたが、ディアンはそれを断り、代わりに馬車につなげる屋根付きの荷車を一台譲ってほしいとギルドマスターに頼んだ。
 オーナーはお安い御用とばかりに胸を叩いてみせる。

 しばらくの後、彼らは馬車の後ろにお菓子専用の荷車をつなぐと街を出発した。

 彼らがこれから向かうのは「灼熱の荒野」
「人が人を殺す場所」である。
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