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灼熱の荒野の章
蓼食う虫
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お茶会後、彼女たちはすぐに焼き菓子店を見つけると店の扉をくぐった。
二人に残された銀貨は2枚ぽっち。
お目当てのクッキーは十枚で銀貨1枚なり。
つまり銀貨二枚では二十枚しか買えない。
二人はクッキーとアリアウェットのお財布を交互に見つめる。
しかしそんなことを繰り返しても銀貨が増えるわけでもない。
ディアンは目的地まで三十日はかかると言っていた。
それでは二人は三日に一枚ずつしかクッキーを食べることができない。
そんなの我慢できない。
二人はケーキで味わった天国から、クッキー不足の地獄に突き落とされてしまう。
しかしそこに「天の声」が注がれた。
クッキーを前に落胆している二人に、焼き菓子店の女主人が興味津々の表情で声を掛けたのだ。
「お客様、失礼ですが、もしよろしければ、そちらのトートバッグを、どちらでお買い求めになられましたのか、お教えくださいませんか?」
そう、女主人が注目しているのは、二人が肩にかけているトートバッグだ。
「うーんと、買ったんじゃないの。これは私がこしらえたのよ」
アリアウェットからの予想外の回答に女主人は驚き、彼女の興味はさらに膨らんだ。
「お許しいただけるのでしたら、バッグを少し見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「いいわよ!」
アリアウェットは笑顔で女主人に彼女のトートバッグを差し出した。
「これは」
女主人はトートバッグを手に取るなり仰天した。
これは素晴らしい竜革のバッグだ。
まずは材料である竜革そのものが持っている「艶」や「きめ細かさ」が素晴らしい。
これは皮を相当高い技術で革になめしたうえ、表面に何らかの保護加工を施しているのだろう。
それからトートバッグの造形と細部の仕立てにもセンスが光っている。
さらには留金などに使用されている乳白色に輝く石などのデザインも素晴らしい。
これらは恐らく「竜爪」や「竜歯」を丁寧に磨きあげたのであろう。
このバッグならば、市井のパーティはもちろん、王侯貴族のパーティにおいてですら、衆目を集めるに間違いない。
市場に出たらどんな値がつくのかわからないほどの逸品。
女主人は己の欲求に基づくと、冷静に計算を始めた。
先ほどこの娘はバッグを「自分でこしらえた」と言っていた。
ならば彼女の意思でこのバッグを手放すことも可能であろう。
彼女たちは、店のクッキーとお財布を見比べてため息をついていた。
それは多分入用の商品に対しての代金が足りないからだろう。
一方でこのバッグの価値は、今日一日の焼き菓子の売上、いや、店の在庫全てよりも明らかに高いと彼女は判断した。
それならば挑戦する価値はある。
商売人である彼女は小出し交渉の愚かさも知っている。
ここはワンチャンスに賭けるしかない。
「お客様、もしお許しいただけるのでしたら、この店にあるお菓子すべてと、このバッグを交換してはいただけませんか?」
予想だにしない女主人からの提案に、アリアウェットもシルフェも一瞬理解ができなかった。
「全てって?」
おずおずとアリアウェットが聞き直すと、女主人は焦る心を笑顔で隠しながら繰り返した。
「当店のお菓子すべてとそのバッグを交換してはいただけませんか?」
「え! いいの?」
アリアウェットとシルフェは突然訪れた幸運に、互いの顔を信じられないという表情で見合わせた。
続けて主に向き直ると、二人とも呆けた表情でうんうんと頷いた。
女主人はワンチャンスをものにした。
さて、ディアンがガルを黙らせてからしばらくの後、受付から彼らに「集計終了」のアナウンスがかかった。
店に収められたのは砂漠蜥蜴の尻尾が合計百十三尾。
うち百尾は、ガルとシルフェの冒険者登録証の発行費用となるので、残り十三尾の扱いをどうするのか、受付嬢はディアンと目を合わせないようにしながら尋ねてきた。
ディアンはガルの麻痺を解いてやると、受付に来るように手招きしてやる。
「十三尾は、売っぱらってもいいか?」
「兄さんに任せるぜ!」
「阿呆! 自分のもんは自分で処理するように考えろ!」
そう叱りながらガルを小突いた後、ディアンは尻尾がいくらくらいになるのか受付嬢に尋ねた。
「一尾銅貨五枚ですから、十三尾ですと、銀貨六枚と銅貨五枚になります」
「結構いい値段で買い取ってくれるんだな」
ディアンの言葉に受付嬢はそっぽを向きながらも教えてくれる。
「砂漠蜥蜴の尾は、常に需要がありますからね」
するとそこに、受付の奥から体格のいい強面の中年男が姿を現した。
受付嬢が驚きの表情で彼に席を譲る。
その両手には、アリアウェットがこしらえた竜革製の背負籠を抱えている。
「ディアンソンさん、この背負籠の持ち主はあんたかい?」
「それがどうした?」
「これ、売る気はあるか?」
「えっ?」
ディアンは中年男からの予想外の問いかけに、思わず驚きの声を漏らしてしまう。
まさかこんな豪華絢爛成金趣味の背負籠に需要があるのか。
すると中年男は呆けているディアンの視線を猜疑心か何かと勘違いしたのか、自ら自己紹介を始めた。
「すまんすまん、俺はこの店のオーナーだ」
二人に残された銀貨は2枚ぽっち。
お目当てのクッキーは十枚で銀貨1枚なり。
つまり銀貨二枚では二十枚しか買えない。
二人はクッキーとアリアウェットのお財布を交互に見つめる。
しかしそんなことを繰り返しても銀貨が増えるわけでもない。
ディアンは目的地まで三十日はかかると言っていた。
それでは二人は三日に一枚ずつしかクッキーを食べることができない。
そんなの我慢できない。
二人はケーキで味わった天国から、クッキー不足の地獄に突き落とされてしまう。
しかしそこに「天の声」が注がれた。
クッキーを前に落胆している二人に、焼き菓子店の女主人が興味津々の表情で声を掛けたのだ。
「お客様、失礼ですが、もしよろしければ、そちらのトートバッグを、どちらでお買い求めになられましたのか、お教えくださいませんか?」
そう、女主人が注目しているのは、二人が肩にかけているトートバッグだ。
「うーんと、買ったんじゃないの。これは私がこしらえたのよ」
アリアウェットからの予想外の回答に女主人は驚き、彼女の興味はさらに膨らんだ。
「お許しいただけるのでしたら、バッグを少し見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「いいわよ!」
アリアウェットは笑顔で女主人に彼女のトートバッグを差し出した。
「これは」
女主人はトートバッグを手に取るなり仰天した。
これは素晴らしい竜革のバッグだ。
まずは材料である竜革そのものが持っている「艶」や「きめ細かさ」が素晴らしい。
これは皮を相当高い技術で革になめしたうえ、表面に何らかの保護加工を施しているのだろう。
それからトートバッグの造形と細部の仕立てにもセンスが光っている。
さらには留金などに使用されている乳白色に輝く石などのデザインも素晴らしい。
これらは恐らく「竜爪」や「竜歯」を丁寧に磨きあげたのであろう。
このバッグならば、市井のパーティはもちろん、王侯貴族のパーティにおいてですら、衆目を集めるに間違いない。
市場に出たらどんな値がつくのかわからないほどの逸品。
女主人は己の欲求に基づくと、冷静に計算を始めた。
先ほどこの娘はバッグを「自分でこしらえた」と言っていた。
ならば彼女の意思でこのバッグを手放すことも可能であろう。
彼女たちは、店のクッキーとお財布を見比べてため息をついていた。
それは多分入用の商品に対しての代金が足りないからだろう。
一方でこのバッグの価値は、今日一日の焼き菓子の売上、いや、店の在庫全てよりも明らかに高いと彼女は判断した。
それならば挑戦する価値はある。
商売人である彼女は小出し交渉の愚かさも知っている。
ここはワンチャンスに賭けるしかない。
「お客様、もしお許しいただけるのでしたら、この店にあるお菓子すべてと、このバッグを交換してはいただけませんか?」
予想だにしない女主人からの提案に、アリアウェットもシルフェも一瞬理解ができなかった。
「全てって?」
おずおずとアリアウェットが聞き直すと、女主人は焦る心を笑顔で隠しながら繰り返した。
「当店のお菓子すべてとそのバッグを交換してはいただけませんか?」
「え! いいの?」
アリアウェットとシルフェは突然訪れた幸運に、互いの顔を信じられないという表情で見合わせた。
続けて主に向き直ると、二人とも呆けた表情でうんうんと頷いた。
女主人はワンチャンスをものにした。
さて、ディアンがガルを黙らせてからしばらくの後、受付から彼らに「集計終了」のアナウンスがかかった。
店に収められたのは砂漠蜥蜴の尻尾が合計百十三尾。
うち百尾は、ガルとシルフェの冒険者登録証の発行費用となるので、残り十三尾の扱いをどうするのか、受付嬢はディアンと目を合わせないようにしながら尋ねてきた。
ディアンはガルの麻痺を解いてやると、受付に来るように手招きしてやる。
「十三尾は、売っぱらってもいいか?」
「兄さんに任せるぜ!」
「阿呆! 自分のもんは自分で処理するように考えろ!」
そう叱りながらガルを小突いた後、ディアンは尻尾がいくらくらいになるのか受付嬢に尋ねた。
「一尾銅貨五枚ですから、十三尾ですと、銀貨六枚と銅貨五枚になります」
「結構いい値段で買い取ってくれるんだな」
ディアンの言葉に受付嬢はそっぽを向きながらも教えてくれる。
「砂漠蜥蜴の尾は、常に需要がありますからね」
するとそこに、受付の奥から体格のいい強面の中年男が姿を現した。
受付嬢が驚きの表情で彼に席を譲る。
その両手には、アリアウェットがこしらえた竜革製の背負籠を抱えている。
「ディアンソンさん、この背負籠の持ち主はあんたかい?」
「それがどうした?」
「これ、売る気はあるか?」
「えっ?」
ディアンは中年男からの予想外の問いかけに、思わず驚きの声を漏らしてしまう。
まさかこんな豪華絢爛成金趣味の背負籠に需要があるのか。
すると中年男は呆けているディアンの視線を猜疑心か何かと勘違いしたのか、自ら自己紹介を始めた。
「すまんすまん、俺はこの店のオーナーだ」
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