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嵐の国の章

赤い毛玉

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 ルナルは考える。

 あの男を封じるには、娘を捕らえればいい。
 娘を捕らえるには、あのぬいぐるみを使えばいい。

 ぬいぐるみをあの娘の前でボロ雑巾にする。
 あの娘を男の前でボロ雑巾にする。
 あの男をダンカンの前でボロ雑巾にする。
 ダンカンを民の前でボロ雑巾にする。

「乱れるわ。最高だわ」
 そう呟き微笑むルナルを親衛隊員の一人が呼びに来た。
 
 処刑姫はぬいぐるみに飽きてしまった。
 何故なら、ぬいぐるみはちっとも彼女の言うことを聞かないから。  
 牛に変化してみろと命じても、ぬいぐるみのまま変わらない。
 もしかしたら腹が減っているのだろうかと、干し肉を投げてやっても食おうともしない。
 ならば抱っこをしてやろうと思って呼んでみても、ちっとも反応せぬ。

「つまらん」

 処刑姫は愛用の鞭でぬいぐるみを打った。
 ぬいぐるみは鞭打たれる度に鞠のように弾み、弾む度にきゅーと鳴く。

「これは面白い!」

 処刑姫は夢中でぬいぐるみを鞭打った。
 ぬいぐるみは弾み、鳴き、それを繰り返す。

 ところがしばらくの後、ぬいぐるみは弾むだけになり、鳴かなくなった。
 そのうち流れる血が毛に絡み固まったかのように、弾むのを邪魔し始める。
 やがてそれは弾みもしなくなった。
 残ったのは真っ赤に染まった玉、それと赤い水たまり。

「つまらん」
「姫様、お呼びでしょうか」
「ルナル、これを何とかせい」
 ルナルは真っ赤な玉に視線をやると落胆のため息を付いた。
 何故なら、あの娘の前でぬいぐるみをこうしてやりたかったのだから。

 しかし彼女はすぐさま計画を変更する。
「姫様、これを餌に、飼い主をいたぶりませんか?」
 ルナルの提案に処刑姫は再び楽しくなってくる。
「任せるぞ」

 痛いよ、痛いよ、痛いよ、痛いよ……
 助けて、アリアウェット姫様……
 助けて、姫様……
 助けて……
 姫……
 ……

 アリアウェットはディアンの指示に従い、ダンカン軍とともに王城に向かっている。
 皆、難しい顔をしている。
 皆、難しい話をしている。
 皆、ぷーさんの心配をしてくれない。

「ぷーさん、寂しいだろうな」
 アリアウェットはぷーさんを想う、酷い目に合っていなければいいなと。

 ディアンはダンカンのところに付きっきりとなっており、オルウェンも今は軍の最後尾からダンカンの近くまで移動している。
 アリアウェットは最後尾でディアンからの指示をただ待つだけだった。

 突然彼女は膨大な魔力を背中に感じた。
 それは例の女魔術師が発するもの。
 姿を現した女魔術師は、他の兵からの威嚇も気にせずにアリアウェットに近づいてゆく。
 アリアウェットも女魔術師を迎え撃つかのように馬から降りた。

 兵たちは無言で凍りつき、凍りついた兵たちの間を女魔術師は優雅に進んでいく。
 一方のアリアウェットは、その切れ長の瞳で女魔術師を睨みつけている。
 勝ち気な表情が、女魔術師の情欲をじくりと刺激する。

 ああ……。

 女魔術師は喜びのため息を漏らしつつ、彼女に微笑みながら向き合った。
「貴女のぬいぐるみを、王家に内緒でお返ししますわ。信じていただけるのでしたら、この手をお取りください。
 アリアウェットに我慢の限界が訪れた。
 憎き女魔術師が目の前に立っている。

 ぷーさんを助けなきゃ。
 彼女は女魔術師の手をとった。

 女魔術師は娘の手の感触に歓喜する。
 今日はこの娘の断末魔を堪能できるのね。
 醜い処刑姫が美しいこの娘を狂気にまみれていたぶるのね。

 アリアウェットの手を取ると同時にルナルは転移を唱えた。
 ルナルはこの娘をさらう目的など忘れてしまった。
 両軍の戦況など、どうでも良くなってしまった。

「なんだと!」
 兵からの緊急報告に、ディアンとダンカンは同時に驚きの声を発した。
 アリアウェットがルナルと消えてしまったという報告に対して。

「すまんダンカン、アリアが先走った」
「それよりも、アリアウェット殿は大丈夫なのか?」
 心配そうなダンカンにディアンは苦虫をかみつぶしたような表情を返す。
「ああ、それは問題ない。しかし計画通り処刑姫と女魔術師を生かしたまま捕らえるのは、たぶん無理になった」
 ダンカンはディアンが言っている言葉の意味を理解しかねたが、彼の動揺を鑑み、黙ってうなずくことにした。

 転移により、王城に到着したアリアウェットとルナルは、処刑姫の謁見室に向かった。
「おお、歓迎するぞ」
 玉座には痩せっぽちの娘が座り、その周囲では数人の男がにやにやと笑いながら立っている。

「あちらでございますわ。どうぞお引き取りくださいませ」
 ルナルが指さした先には赤い塊がころがっている。

「え?」

 アリアウェットは血に汚れるのも構わずに塊へと駆け寄ると、それを胸に抱きかかえた。
「ぷーさん! ぷーさん! ぷーさん!」
 ぬいぐるみは既に冷たくなっていた。

「ぷーさん!」
麻痺パラライズ

 ルナルが発した呪文によってアリアウェットはぷーさんを抱きかかえたまま麻痺し、叫びを止められてしまう。

傀儡マリオネット
 続くルナルの魔法で、アリアウェットは自らの意志に関係なく、ぷーさんを床に下ろさせられ、処刑姫の前に立たされてしまう。
 
「おお、こやつが銀髪の娘か」
 アリアウェットの美しい容姿は、処刑姫の嫉妬にまみれた嗜虐心をこれでもかと刺激する。
「姫様、この娘はどのようにいたぶりますか?」
 ルナルの笑みに処刑姫は舌なめずりで返した。
「そうじゃのう、裸にひんむいてから首を燭台にでも縛り付け、親衛隊ども全員に順番に犯させるというのはどうじゃ?」
 処刑姫の提案に親衛隊から下品な歓声が上がる。
 順番じゃなくて全員で同時でもいいですぜなどと、下品な提案が姫に奏上される。

「ルナルはどうじゃ?」
 楽しそうに醜い顔をゆがめた処刑姫にルナルは微笑みながらうなずいた。

「そうですね、女であることを心底後悔させるような責めがよろしいかと」
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