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嵐の国の章
処刑姫
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ワールストームの将軍とワールフラッドの前親衛隊長が改めて対峙した。
「国が乱れている?」
「ああ」
「どういうことだ?」
「言葉の通りだ」
ディアンの問いに、ダンカンは吐き捨てるように答えた。
そんな彼にディアンは当然の疑問をぶつけていく。
「なぜ?」
「貴様のところの魔王が原因だよ」
やるせない表情でダンカンはディアンに語り始めた。
彼の主であるワールストーム王は早くに崩御された先王の後を継ぎ、全てに弱腰と世間で批判されながらも、それなりの統治を治めてきた。
ダンカン達の力を借りてではあるが。
そんな王が、突然圧政を始めたのは三年前にさかのぼる。
それは王が、ワールフラッド王国の魔王と、儀礼上は対等な立場で会談を行ったことが引き金であった。
両者の会談後、魔王が用意した最上級の賓室に引きこもったワールストーム王は、会談の際に心底恐怖した魔王に感化されていった。
彼は魔王に恐怖の効果を骨の髄まで叩きこまれたのだ。
魔王と一対一で相対することによって。
恐怖で縛る。
それは施政者にとって魅力的に映る。
なぜならそこには一切の反論がない。
つまりそれは完全な統治であるから。
だからワールストーム王は帰国後、圧政を開始した。
重税を課し、逆らう者はすべて処刑する。
それは魔王が彼の国で日常的に行っていたこと。
だからワールストーム王も盲目的にそれに習った。
しかしワールストーム王のそれは、所詮上辺だけの物真似に過ぎない。
しかも何事も全て中途半端であった。
例えば、魔王は問答無用で己の手により合理的な理由に基づいて粛清した。
しかしこの国の王は、いちいち理由をつけ、誰かに命じ、相手への不信感に囚われ、粛清した。
意思がないから理由をつける。
力がないから誰かに命じる。
見る目がないから目につく者を殺す。
王は気に入らない貴族を殺すために、最後は彼の妃をも生贄にした。
その貴族と妃が密会し、不義を犯していたとでっち上げたのだ。
当然、政は混乱し、軍は規律を失い、民は疲弊した。
ディアンは不愉快そうに鼻を鳴らした。
「貴様がこんなところにいるのも、それが原因か」
そんなディアンにダンカンも自嘲の表情で答えた。
「ああ、俺は真っ先に王から遠ざけられたよ」
「さすがのワールストーム王も、貴様を殺す勇気はなかったか」
ディアンのからかいにダンカンも笑う。
「王が仕掛けてくれば、返り討ちにする方法はいくらでもあったからな。だが、貴様のところの魔王ならば、真っ先に問答無用で俺の首を落としただろうよ」
「違いない」
ダンカンは肩の荷を少しでも楽にしたいかのように、ディアンにこの国の事情を話し始めた。
魔王の国では、一年ほどの恐怖政治の後に政治体制は元に戻され、精鋭として残った武官と文官たちにより国力を回復し、さらには増強させていった。
その後、「魔王の気まぐれ」と評された大規模行方不明事件の後も、新王ダグラスがその地道な手腕を持って、現在も国を保っている。
一方、ここワールストーム王国では、既に三年以上、恐怖政治が続いている。
しかも恐怖の先に何の目標も、何の成果も示さずにだ。
更に厄介なのが、処刑姫の存在。
処刑姫とは現王の一人娘であり、ダンカン将軍のそれを上回る、王位継承権第二位の地位にある。
王は姫を溺愛し、側室の一人である女魔術師を姫の教師に就けた。
ワールフラッド訪問後に、王の耳元で様々な「殺す理由」を囁いた女魔術師を。
いつの間にか王の側室におさまっていた美しき女魔術師。
その結果、処刑姫はこの国の圧政に拍車をかけた。
処刑姫の思考は単純だ。
気に入らない者は、手当たりしだいにその場で愛用の鞭で打つ。
逆らう者にはその場で死刑を宣告し、お付きの親衛隊がその場で刑を執行する。
姫が歩いた跡には必ず死体が残る。
いつしか姫は、国民から「処刑姫」と恐れられるようになった。
「酷いな」
「ああ」
ディアンの感想にダンカンは肩を落としながら力なくうなずく。
そんな彼の様子を気にしないかのようにディアンは質問を続けた。
「ところで、さっき貴様が言っていた『姫のわがまま』ってのは何なんだ?」
「それはな、聖水牛の捜索だ」
聖水牛の親子が底無の湿地で目撃されたという情報が王都にもたらされたのは十数日前のこと。
どうやらそれを処刑姫に吹き込んだ輩がいるらしい。
しかもそいつは古くから伝わる与太話も姫に吹き込んだ。
「聖水牛の子供を躾けることが叶えば、それが成体となった暁には、その能力を躾けたものが思い通りに操ることになるでしょう」と。
その与太話を処刑姫は真に受けた。
聖水牛の伝説など、遠の昔にデタラメだったと、旧王家が伝えていたのにもかかわらずだ。
「俺のところにも捜索命令が来てな、やむなく守備隊の一部を捜索に回したのだ。貴様らが湿地で出会ったのは多分俺の部下だ」
そう吐き捨てるダンカン。
「大変だな」
ダンカンに同情するも、ディアンは自らの興味へと話題を変えた。
「ところで、お前の息子には、魔術の才能があるだろう?」
「国が乱れている?」
「ああ」
「どういうことだ?」
「言葉の通りだ」
ディアンの問いに、ダンカンは吐き捨てるように答えた。
そんな彼にディアンは当然の疑問をぶつけていく。
「なぜ?」
「貴様のところの魔王が原因だよ」
やるせない表情でダンカンはディアンに語り始めた。
彼の主であるワールストーム王は早くに崩御された先王の後を継ぎ、全てに弱腰と世間で批判されながらも、それなりの統治を治めてきた。
ダンカン達の力を借りてではあるが。
そんな王が、突然圧政を始めたのは三年前にさかのぼる。
それは王が、ワールフラッド王国の魔王と、儀礼上は対等な立場で会談を行ったことが引き金であった。
両者の会談後、魔王が用意した最上級の賓室に引きこもったワールストーム王は、会談の際に心底恐怖した魔王に感化されていった。
彼は魔王に恐怖の効果を骨の髄まで叩きこまれたのだ。
魔王と一対一で相対することによって。
恐怖で縛る。
それは施政者にとって魅力的に映る。
なぜならそこには一切の反論がない。
つまりそれは完全な統治であるから。
だからワールストーム王は帰国後、圧政を開始した。
重税を課し、逆らう者はすべて処刑する。
それは魔王が彼の国で日常的に行っていたこと。
だからワールストーム王も盲目的にそれに習った。
しかしワールストーム王のそれは、所詮上辺だけの物真似に過ぎない。
しかも何事も全て中途半端であった。
例えば、魔王は問答無用で己の手により合理的な理由に基づいて粛清した。
しかしこの国の王は、いちいち理由をつけ、誰かに命じ、相手への不信感に囚われ、粛清した。
意思がないから理由をつける。
力がないから誰かに命じる。
見る目がないから目につく者を殺す。
王は気に入らない貴族を殺すために、最後は彼の妃をも生贄にした。
その貴族と妃が密会し、不義を犯していたとでっち上げたのだ。
当然、政は混乱し、軍は規律を失い、民は疲弊した。
ディアンは不愉快そうに鼻を鳴らした。
「貴様がこんなところにいるのも、それが原因か」
そんなディアンにダンカンも自嘲の表情で答えた。
「ああ、俺は真っ先に王から遠ざけられたよ」
「さすがのワールストーム王も、貴様を殺す勇気はなかったか」
ディアンのからかいにダンカンも笑う。
「王が仕掛けてくれば、返り討ちにする方法はいくらでもあったからな。だが、貴様のところの魔王ならば、真っ先に問答無用で俺の首を落としただろうよ」
「違いない」
ダンカンは肩の荷を少しでも楽にしたいかのように、ディアンにこの国の事情を話し始めた。
魔王の国では、一年ほどの恐怖政治の後に政治体制は元に戻され、精鋭として残った武官と文官たちにより国力を回復し、さらには増強させていった。
その後、「魔王の気まぐれ」と評された大規模行方不明事件の後も、新王ダグラスがその地道な手腕を持って、現在も国を保っている。
一方、ここワールストーム王国では、既に三年以上、恐怖政治が続いている。
しかも恐怖の先に何の目標も、何の成果も示さずにだ。
更に厄介なのが、処刑姫の存在。
処刑姫とは現王の一人娘であり、ダンカン将軍のそれを上回る、王位継承権第二位の地位にある。
王は姫を溺愛し、側室の一人である女魔術師を姫の教師に就けた。
ワールフラッド訪問後に、王の耳元で様々な「殺す理由」を囁いた女魔術師を。
いつの間にか王の側室におさまっていた美しき女魔術師。
その結果、処刑姫はこの国の圧政に拍車をかけた。
処刑姫の思考は単純だ。
気に入らない者は、手当たりしだいにその場で愛用の鞭で打つ。
逆らう者にはその場で死刑を宣告し、お付きの親衛隊がその場で刑を執行する。
姫が歩いた跡には必ず死体が残る。
いつしか姫は、国民から「処刑姫」と恐れられるようになった。
「酷いな」
「ああ」
ディアンの感想にダンカンは肩を落としながら力なくうなずく。
そんな彼の様子を気にしないかのようにディアンは質問を続けた。
「ところで、さっき貴様が言っていた『姫のわがまま』ってのは何なんだ?」
「それはな、聖水牛の捜索だ」
聖水牛の親子が底無の湿地で目撃されたという情報が王都にもたらされたのは十数日前のこと。
どうやらそれを処刑姫に吹き込んだ輩がいるらしい。
しかもそいつは古くから伝わる与太話も姫に吹き込んだ。
「聖水牛の子供を躾けることが叶えば、それが成体となった暁には、その能力を躾けたものが思い通りに操ることになるでしょう」と。
その与太話を処刑姫は真に受けた。
聖水牛の伝説など、遠の昔にデタラメだったと、旧王家が伝えていたのにもかかわらずだ。
「俺のところにも捜索命令が来てな、やむなく守備隊の一部を捜索に回したのだ。貴様らが湿地で出会ったのは多分俺の部下だ」
そう吐き捨てるダンカン。
「大変だな」
ダンカンに同情するも、ディアンは自らの興味へと話題を変えた。
「ところで、お前の息子には、魔術の才能があるだろう?」
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