上 下
60 / 147
嵐の国の章

牛にも衣装

しおりを挟む
「おかえりなさい、先生、ぷーさん!」

 待ちくたびれたのか、アリアウェットは少々不満気な表情を見せていたが、ディアンが抱えて布の包みからぷーさんが顔を出すと、途端にご機嫌な笑顔となった。

「ああ、待たせたな姫様。ところで……」
 ぷーさんを手渡しながら、ディアンは今後についてアリアウェットに説明してやる。

 ぷーさんはワールストームで狙われるかもしれない。
 特に聖水牛の姿でいるのはまずい。
 なので、今日からぷーさんは、「北の辺境」に住むといわれている「獣族」の子供だと押し切ることにする。
 また、今後はぷーさんには馬車を引かせないようにする。

「そこで姫様にお願いです」
「なんでしょう先生」
「ぷーさんを獣族と押し切るのであれば、彼に衣服を着せなければなりません」
「はい」
「ということで、ぷーさんの衣装を買ってきてもらえますか?」
 突然の楽しいお仕事を任せられ、アリアウェットは目を輝かせた。

「ぷーさんと一緒に?」
「阿呆ですか姫様、あなたは裸のぷーさんを連れ回すおつもりですか」
 ディアンは子供用のシャツとズボンをとりあえず二セット選んでくるよう、彼女に念を押した。

「よろしいですか、決して無駄遣いをしてはいけませんよ。それとも姫様が留守番をしていますか?」
「わかった、私が行ってくる」
 アリアウェットはディアンから金貨を一枚受け取ると、これまでの退屈を解放するような勢いで街に飛び出していった。

「やれやれ」
 ディアンはため息をつく。
 アリアウェットの買い物も怖いが、彼女とぷーさんを二人きりで宿に残すほうがもっと怖い。
 ディアンは姫様がおかしなものを買ってこないことを、そっと祈った。
 
 街並みに沿ってアリアウェットは衣料店を覗いている。
 すると店先に、ちょうどよさそうな衣装が飾られていた。

 なにこれ可愛い
 なにこれ可愛いわ
 なにこれ可愛いわね

 アリアは即決した。
 
 しばらくすると、威勢よく姫様が宿に帰ってきた。
「ただいまー! 見て見て先生!」
 アリアは勢い良く包みを開いてみせる。
 衣装を広げてみたディアンは思わず吹き出し、ぷーさんは呆然とした。

 それは、赤とオレンジの子供用ワンピースだったのだ。
 ご丁寧にも「ちょうちんパンツ」もついている。
 アリアウェットはその場から逃げ出そうとするぷーさんを捕まえると、無理やりちょうちんパンツを履かせてから、赤のワンピースを頭から被らせた。

「やだこれ可愛い!」
 赤いワンピースに身を包んだ真っ白なぷーさんは、とても可愛らしかった。
 主にぬいぐるみ的に。

 なにかきゅーきゅーと怒っているぷーさんを、アリアウェットは構わず胸に抱きしめた。
 ぷーさんは初めて出会った時と同じように、しばらく痙攣した後、おとなしくなる。
 その後アリアウェットはぷーさんを洗面所に連れて行き、ぷーさんの姿を本人に確認させてやる。
 鏡に映る自分の姿を見つめたぷーさんは、文句をいうのをやめた。
 
 ワンピースをかぶってまんざらでもなさそうな牛をからかいつつ、今晩の夕食を考えていた一行のところに、砦の城から使いがやってきた。
 それはオルウェンの父である砦の領主からであり、内容は夕食の招待。

 ディアンは使いの者に尋ねた。
「獣族の連れがいるが、それでも大丈夫か?」
「問題ございません」
 使いの者は即答した。

 そういうことかとディアンは顔をしかめながらも納得する。
 恐らくは既に自分たちは周辺調査をされているのだろう。
 最悪ぷーさんのこともばれているかもしれない。
 その場合は罠ということもありうる。
 しかし宿を知られている時点で彼らは袋のネズミなのだ。
 ならば堂々と招待を受けるとしよう。

「了解した。すぐに支度をする」
 ディアンは使いの者にそう答えると、アリアウェットにとっておきの薄紅のワンピースに着替えるように指示を出した。

 砦の領主は興味津々であった。
 息子を助けてくれた、ワールフラッドの魔王姫と、前親衛隊長の名前を持つ二人に。
 領主はワールフラッドに放っていた密偵から「関所の分隊長惨殺事件」と「街のマフィア壊滅事件」について既に報告を受けていた。
 更には湿地調査に向かっている兵からの「七首竜の異常死体」に関する報告も既に入っている。
 そして白い二足歩行をする牛の存在も。
 
「ここはひとまず様子見とさせてもらおう」

 領主は自分自身に言い聞かせるように頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

【完結】お前さえいなければ

冬馬亮
恋愛
お前さえいなければ、俺が跡取りだった。 お前さえいなければ、彼女は俺を見てくれた。 お前さえ―――お前さえいなければ。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...