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底無の湿地の章
異常な骸
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「姫様、ぷーさんを拾ってきた状況のことを覚えているか?」
そういえば、ぷーさんを拾ってきた経緯を姫様から聞いてなかったなと、ディアンは新ためてアリアウェットに尋ねた。
彼女は当時を思い出しながら状況を説明していく。
大きく真っ白できれいな牛が数人の男たちと戦っていたこと。
牛のお腹に小さな毛玉がへばりついていたこと。
きれいな牛は、男たち全員を倒した後、自らも倒れてしまったこと。
毛玉はぬいぐるみだったこと。
きれいな牛はその場で深く埋めてやり、男たちはそのまま放っておいたこと。
「他には?」
「さっさと親牛を殺して、ガキを捕まえろ!って誰かが叫んでいたよ」
アリアウェットが思い出した状況にディアンは眉をひそめた。
親牛を殺せとはどういうことだ?
単なる聖水牛の探索なら成体でも構わないはずだ。
ならば成体では駄目で、幼生でなくてはならないというのは、何か理由があるということだ。
姫様が親牛を埋め、人間の死体を放置してきたのは正解だ。
そうした状況なら、兵団はしばらく「水牛の親子」が生きているとの前提で、あの周辺を探索するだろう。
まさか幼生がここで牛車を引いているとは思うまい。
「先を急ぐか」
この辺りはとっとと通過してしまった方が得策だと考えたディアンは、御者台に乗り込むと、アリアウェットたちとともに急いで南下を始めた。
先ほどの兵団はディアンの予想通り「聖水牛の探索隊」であった。
しかもワールストーム軍によって構成された探索隊である。
彼らの探索は予想以上に難航した。
十数日前にとある隊商からもたらされた目撃情報以降、彼らには何の情報も入ってこない。
あのときディアンに質問した、部隊を率いる中隊長は、進まぬ捜索に何日かの野営を覚悟した。
するとしばらくの行軍後、兵士の一人が息せき切って中隊長のところへ報告に戻ってきた。
「中隊長、すごいものを見つけました」
「水牛か?」
「いえ、七首竜の骸です」
「そりゃ七首竜も死ぬだろうさ」
「いえ、その死体がすごいのです」
百聞は一見にしかずと、部下に急かされるように現場に向かった中隊長は、その光景に口をあんぐりと開けたまましばらく放心してしまった。
「なんだこれは!」
我に返った中隊長は、案内の部下に問いただした。
七首竜は、この湿原最大の脅威である。
人間一人では、どんな古強者であろうと熟練魔術師であろうとまず勝ち目がない。
なぜなら、七首竜はその巨躯に加え、強烈な再生能力を持っているからだ。
七首竜を倒すセオリー、それは最初の首を破壊してから、その首が再生完了する前に、残り六本の首も全て破壊することにある。
そのためには複数の兵力で挑むことが必須となり、ワールストーム軍では、七首竜討伐に特化した隊列も編み出されている。
しかし目の前の七首竜は、全ての首を「焼き切られて」絶命していた。
彼は急いで軍属の魔術師を呼ぶと、竜の切り口を検分させる。
すると魔術師も信じられないといった面持ちで、中隊長に報告を始めた。
この死体は2つの点で異常だと。
まずは一つ目。
それは、焼き切られた痕が、頭と首の両方に残っていること。
つまり、首を切り落とした後に、再生を少しでも遅らせるために首側の傷口を焼いたのではなく、まさしく「首を焼き切った」ということだ。
だが、少なくともこの魔術師の知識には、そんな魔法は存在しないという。
そして二つ目。
七首竜は、傷口を焼くことにより再生を遅らせることはできるが、完全に封じることはできない。
なので順に切り落としたのならば、その切り口は再生の加減が異なっているはずだ。
しかしこの死体は、すべての首の焼き痕がほぼ同じなのだ。
つまりこれは七つの首がほぼ同時に焼き切られたということを示している。
仮に首を焼き切る魔法があったとしても、その魔法はかなりの魔力を使用するはず。
それに七つの首を同時に焼ききるということは、単純にその七倍の魔力が必要であるということ。
魔術師はここまで説明して信じられないとばかりに首を左右に振った。
一人でそんなことを行うのは不可能だと。
もし、七名の高位魔術師がたまたまここを通りかかって、七首竜に向かって同時に未知の魔法を放ったというのであれば、この結果を出す可能性はほんの少しならありうるだろう。
しかしそれは前提に無理がありすぎる。
よって、この光景は異常だと。
中隊長は今回の探索に、この死体を創りだした何者かが絡んでこないことを、心の中で祈った。
その翌日、今度は数人の遺体が発見された。
遺体は巨大な動物との格闘結果を思わせる、無残なものであった。
ところで、兵の一人が彼らに見覚えがあるという。
兵が言うには、彼らは、街ではそれなりに有名な冒険者のパーティだったらしい。
姫が冒険者の店にもお忍びで依頼を出していることは、軍も薄々は気付いていた。
そしてその結果がこの有り様だ。
遺体には、蹄や角の痕がはっきりと残っている。
彼らは聖水牛を発見し、戦いを挑んだのであろう。
で、彼らは返り討ちにあったと。
中隊長は無残な死体どもに何の憐憫も見せず、その様子を観察していった。
彼らの武器は血糊に染まっている。
ならば聖水牛も相当のダメージを負っているはずだ。
「付近一帯を改めて捜索するぞ! 輸送部隊は改めて砦の待ちと兵站をつなげ、工作部隊はここに拠点を構えろ!」
中隊長は長期戦を覚悟し、兵たちに指示を出した。
まだこの辺に聖水牛が留まっていると信じて。
そういえば、ぷーさんを拾ってきた経緯を姫様から聞いてなかったなと、ディアンは新ためてアリアウェットに尋ねた。
彼女は当時を思い出しながら状況を説明していく。
大きく真っ白できれいな牛が数人の男たちと戦っていたこと。
牛のお腹に小さな毛玉がへばりついていたこと。
きれいな牛は、男たち全員を倒した後、自らも倒れてしまったこと。
毛玉はぬいぐるみだったこと。
きれいな牛はその場で深く埋めてやり、男たちはそのまま放っておいたこと。
「他には?」
「さっさと親牛を殺して、ガキを捕まえろ!って誰かが叫んでいたよ」
アリアウェットが思い出した状況にディアンは眉をひそめた。
親牛を殺せとはどういうことだ?
単なる聖水牛の探索なら成体でも構わないはずだ。
ならば成体では駄目で、幼生でなくてはならないというのは、何か理由があるということだ。
姫様が親牛を埋め、人間の死体を放置してきたのは正解だ。
そうした状況なら、兵団はしばらく「水牛の親子」が生きているとの前提で、あの周辺を探索するだろう。
まさか幼生がここで牛車を引いているとは思うまい。
「先を急ぐか」
この辺りはとっとと通過してしまった方が得策だと考えたディアンは、御者台に乗り込むと、アリアウェットたちとともに急いで南下を始めた。
先ほどの兵団はディアンの予想通り「聖水牛の探索隊」であった。
しかもワールストーム軍によって構成された探索隊である。
彼らの探索は予想以上に難航した。
十数日前にとある隊商からもたらされた目撃情報以降、彼らには何の情報も入ってこない。
あのときディアンに質問した、部隊を率いる中隊長は、進まぬ捜索に何日かの野営を覚悟した。
するとしばらくの行軍後、兵士の一人が息せき切って中隊長のところへ報告に戻ってきた。
「中隊長、すごいものを見つけました」
「水牛か?」
「いえ、七首竜の骸です」
「そりゃ七首竜も死ぬだろうさ」
「いえ、その死体がすごいのです」
百聞は一見にしかずと、部下に急かされるように現場に向かった中隊長は、その光景に口をあんぐりと開けたまましばらく放心してしまった。
「なんだこれは!」
我に返った中隊長は、案内の部下に問いただした。
七首竜は、この湿原最大の脅威である。
人間一人では、どんな古強者であろうと熟練魔術師であろうとまず勝ち目がない。
なぜなら、七首竜はその巨躯に加え、強烈な再生能力を持っているからだ。
七首竜を倒すセオリー、それは最初の首を破壊してから、その首が再生完了する前に、残り六本の首も全て破壊することにある。
そのためには複数の兵力で挑むことが必須となり、ワールストーム軍では、七首竜討伐に特化した隊列も編み出されている。
しかし目の前の七首竜は、全ての首を「焼き切られて」絶命していた。
彼は急いで軍属の魔術師を呼ぶと、竜の切り口を検分させる。
すると魔術師も信じられないといった面持ちで、中隊長に報告を始めた。
この死体は2つの点で異常だと。
まずは一つ目。
それは、焼き切られた痕が、頭と首の両方に残っていること。
つまり、首を切り落とした後に、再生を少しでも遅らせるために首側の傷口を焼いたのではなく、まさしく「首を焼き切った」ということだ。
だが、少なくともこの魔術師の知識には、そんな魔法は存在しないという。
そして二つ目。
七首竜は、傷口を焼くことにより再生を遅らせることはできるが、完全に封じることはできない。
なので順に切り落としたのならば、その切り口は再生の加減が異なっているはずだ。
しかしこの死体は、すべての首の焼き痕がほぼ同じなのだ。
つまりこれは七つの首がほぼ同時に焼き切られたということを示している。
仮に首を焼き切る魔法があったとしても、その魔法はかなりの魔力を使用するはず。
それに七つの首を同時に焼ききるということは、単純にその七倍の魔力が必要であるということ。
魔術師はここまで説明して信じられないとばかりに首を左右に振った。
一人でそんなことを行うのは不可能だと。
もし、七名の高位魔術師がたまたまここを通りかかって、七首竜に向かって同時に未知の魔法を放ったというのであれば、この結果を出す可能性はほんの少しならありうるだろう。
しかしそれは前提に無理がありすぎる。
よって、この光景は異常だと。
中隊長は今回の探索に、この死体を創りだした何者かが絡んでこないことを、心の中で祈った。
その翌日、今度は数人の遺体が発見された。
遺体は巨大な動物との格闘結果を思わせる、無残なものであった。
ところで、兵の一人が彼らに見覚えがあるという。
兵が言うには、彼らは、街ではそれなりに有名な冒険者のパーティだったらしい。
姫が冒険者の店にもお忍びで依頼を出していることは、軍も薄々は気付いていた。
そしてその結果がこの有り様だ。
遺体には、蹄や角の痕がはっきりと残っている。
彼らは聖水牛を発見し、戦いを挑んだのであろう。
で、彼らは返り討ちにあったと。
中隊長は無残な死体どもに何の憐憫も見せず、その様子を観察していった。
彼らの武器は血糊に染まっている。
ならば聖水牛も相当のダメージを負っているはずだ。
「付近一帯を改めて捜索するぞ! 輸送部隊は改めて砦の待ちと兵站をつなげ、工作部隊はここに拠点を構えろ!」
中隊長は長期戦を覚悟し、兵たちに指示を出した。
まだこの辺に聖水牛が留まっていると信じて。
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