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底無の湿地の章

すごいぞぷーさん

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 翌朝のこと。

 これまでと同じように、アリアウェットはぷーさんを連れてお散歩に出かけていく。
 ディアンは桶いっぱいに戻った豆を見てため息をつきながら、与太を思いついた。

 試しにこいつを無理やりぷーさんの胃袋に流し込んだら、また変身しねえかな?
 そしてあまりのくだらなさに頭を振った。

 仕方がない、当初の予定通り、隊商が通りかかるまでここでキャンプを張るか。
 彼は戻した豆をそのままにし、朝食の準備を始めた。
 
 朝食の準備が終わる頃、笑顔のアリアときゅーきゅーと苦しそうなぷーさんが戻ってきた。
 ぷーさんの背負籠には、オレンジ色の果物がてんこ盛りに積まれている。

「これは相当重いぞ……」
 ディアンは改めてぷーさんに同情した。

 ぷーさんは背嚢を下ろすと、昨日と同じように、疲れた身体に鞭打ちながらも、よろよろと馬車の後ろにまわり、ぺちぺちと桶を叩く。

「どうせ無駄になる豆だ。たくさん食え、ぷーさん」
 ディアンはぷーさんにねぎらいの声をかけ、目の前に桶を下ろしてやる。

 すると再びぷーさんは光に包まれ、白い雄牛の姿となる。
 その角にアリアウェットがいそいそと籐のリングを引っ掛け、コマンドワードを唱えた。

 ディアンは理解した。
 ぷーさんは豆を食べて巨大化するのではなく、自らの意志で巨大化するのだということを。
 そしてその姿を維持するために、大量の豆を欲っしたということだ。

 その後彼は改めてぷーさんに同情した。
 いっそ、雄牛の姿のままでいたほうが、姫様に連れ回されなくて幸せだったろうに。

 まもなく底無の湿地を抜けるかというところで、アリアウェットの空間把握に、一行の前方から大勢の男達が馬と徒歩でこちらに向かってくるのが引っ掛かった。

 しばらくすると目視でもその姿が見えるようになってくる。
 行軍の統制がとれているところを見ると、どこぞの貴族の私兵か何かの恐れもある。
 こんなところで絡まれてもつまらない。

 なので彼らは牛車を道の脇に寄せ、前方からの集団の通行を妨げないようにした。
「先生、何人かは魔法を使っています」
 アリアウェットの空間把握は、集団に何人かの魔術師も混じっていることも教えてくれる。

「やり過ごすか」
 ディアンはそう呟くと、念のためぷーさんに魔力隠蔽ハイドマジックを唱え、魔力探知ファインドマジックの対象外としておく。
 続けてアリアウェットを馬車内に隠し、男女の言いがかりを付けられないようにしておく。
 そのまま彼はぷーさんの手綱を取り、旅人然とした風情で、道端で一行を受け流していく。
 彼らの統一された装備を見ると、どうやら私兵ではなく、正式な兵団なのかもしれない。

聴力強化ヒヤリングエクスパンション魔力隠蔽ハイドマジック
 ディアンは彼らの会話を盗み聞きしてみることにした。
 
「全く、姫のわがままにも困ったもんだ」
「大体、そんなもんが本当にいるのかよ?」
「目撃情報も眉唾もんだ」
「大体、牛を探すのに軍を動かすかよ普通」
「七首竜とか出てきたら洒落にならねえぞ」

 牛の捜索?
 まさか。

 すると、ひときわ無骨な兵装を纏った男がこちらに近づいてきた。
 彼はディアンの前で馬から降りると、その風貌に似合わない丁寧な物腰で、ディアンに尋ねてきた。
「すまないが、ちょっといいか?」
「はい、なんでしょう」
 ディアンは絡まれる前に自ら身分証明証代わりの通行証を男に提示した。

「貴様は湿地を渡ってきたのか?」
「はい。ワールフラッドから街道を南下してきました」
 一瞬男は何かを考えたような表情となるも、言葉を続ける。
「なあ、途中で『白色の水牛』を見なかったか?」
 やはりそうか。
 ディアンはあえてとぼけた回答をする。

「他の隊商や旅人も、うちの牛のような土茶色のやつばかりでしたよ。あ、黒いのも何頭か混じっていたかな」
 男はディアンの的はずれな回答にため息をつく。
「すまん、俺の聞き方が悪かった。家畜ではなく野生の水牛でだ」
「それは見ていないですねえ」
「そうか、時間を取らせた」

 男は形式的な礼をディアンに述べると、再び馬にまたがり、兵団の先頭へと向かっていった。
 軍団が十分彼らと距離をとったところで、ディアンは呟いた。

「どこぞの姫が兵団を動かして、聖水牛を探索しているということか。まさか与太話が復活したのかねえ」
 続けてぷーさんに目線を移す。
「なあ、聖水牛さんよ」

 ぷーさんは不愉快そうに「ぶもう」と唸った。
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