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底無の湿地の章
並列意識
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ディアンは以前から気になっていたことをアリアウェットにぶつけてみた。
「姫様は盗賊相手に、三つの魔法を同時に唱えただろう? なぜ俺との勝負では、複数の魔法を同時に唱えなかったんだ?」
彼は魔王から「並列思考」については聞いていた。
それは複数の思考を同時に操れるというもの。
同時に異なる呪文を唱えることが可能だというのが、わかり易い例になる。
並列思考がなくても、一つの魔法を複数の相手に同時に仕掛けるのは、魔力をそれだけ費やすことにより可能だ。
魔法を順番に効果を発揮するように重ねがけをすることも可能。
これは実際にディアンが分隊長を地獄に貶す際に使用している。
ただし、この場合は「効果持続」や「発動遅延」などの間接魔法も併せて使用しなければならない。
一方で複数の魔法を同時に操ることは、常人には不可能だ。
なぜなら、魔法の使用にはその瞬間に「精神の集中」を要するので、最初の魔法を発動させる前に、他の魔法に集中することはできない。
しかし魔王は並列思考を用いることによって、同時に複数の魔法を使用することをこともなげに実行した。
だから魔王の娘であるアリアウェットに、その才が備わっていたとしても、なんら不思議なことではない。
ところが突然のディアンからの質問に、アリアウェットも悩みだしてしまう。
そういえば何でだろ。
ここは私が説明しましょう。
お任せいたします。
するとアリアウェットの眼が、一瞬金色に光った。
「簡単な事です。同一の目標に対して複数の魔法を同時に唱えても、最も強力な魔法に上書きされてしまうからなのです。盗賊の時を思い出していただけますか? あの時、私共は『風刃』、『重力壁』、そして『磔刑』を唱えました」
ディアンは突然口調が変わったアリアウェットに驚くも、その高貴な圧力に押されるかのように黙って頷く。
「盗賊の頭目らしき男が、風刃に抵抗したように見えたのは、奴に向かって放った風刃が、磔刑に上書きされてしまっただけなのです。親衛隊長殿も、召喚魔法である磔刑にタイムラグが存在することは、既にお気づきでしょう?」
非常にわかりやすい説明だ。
ディアンは納得するも、一方で色々と引っかかる。
アリアウェットが発している高貴な圧力、そして彼を親衛隊長と呼んだこと。
彼は嫌な予感を抑えながら、次の質問を続けた。
「ところで、盗賊どもは風刃と重力壁だけで倒せたはずなのに、なぜわざわざ磔刑を唱えたんだ?」
するとアリアウェットのポニーテールがはらりと解けた。
「私がどうしても威力を試してみたかったのです、ディアン様」
ディアン様?
ディアンはアリアウェットの物言いに再び違和感を覚えた。
普段の彼女は、彼のことを先生と呼ぶ。
が、たまに親衛隊長殿とか、ディアン様などと呼ぶ。
その際に彼女が醸し出す雰囲気は雰囲気は、あるいは高貴であり、あるいは妖艶であり……。
ディアンは違和感をそのまま彼女にぶつけた。
「姫様、もしかしたら姫様の中に、他の誰かがいるのか? 例えば金色の瞳の方とか、銀の髪を躍らせる方とか?」
しかしアリアウェットにはディアンの質問が全く理解できなかった。
「いないよ! 私だけだよ!」
「いませんよ! わたくしだけですよ!」
「おりません! 私だけですが!」
アリアウェットは同時に三種の声色で喋ってみせた。
「器用だな」
あっけにとられてつい漏らしたディアンの感想にアリアウェットは
「そうかな?」
「そうかしら?」
「そう?」
再び三種同時の声がディアンに届く。
「わかったわかった、それじゃこの話題はお終い」
ディアンは話を打ち切り、そして一つの仮説をたてた。
並列思考は、魔王の話通りならば、複数の思考は全て一人の人格に基づいている。
しかし、先ほどのアリアウェットは、彼から見るかぎり、三人の個性を表した。
ただ、それは恐らく「多重人格」のようなものではない。
なぜならば表現の仕方が異なるだけで、彼女たちは同じことを言っている。
例えば並列思考に準じるならば、それは「並列意識」とでも表現するのだろうか。
今の彼には情報が足りない。
しかし彼のことを親衛隊長殿と呼ぶ彼女も、ディアン様と呼ぶ彼女もアリアウェットだと確認できた。
「ここはじっくり観察していくとするか」
ディアンは呟くと、アリアウェットに振り返った。
「それじゃ姫様、馬車を頼む」
そうしてディアンは馬車内に引っ込んだ。
そんなことよりも今日は大事な仕事が残っているのだ。
ジルの画像を、アリアのブレスレットから手持ちの道具にコピーするという大事な大事な仕事が。
「姫様は盗賊相手に、三つの魔法を同時に唱えただろう? なぜ俺との勝負では、複数の魔法を同時に唱えなかったんだ?」
彼は魔王から「並列思考」については聞いていた。
それは複数の思考を同時に操れるというもの。
同時に異なる呪文を唱えることが可能だというのが、わかり易い例になる。
並列思考がなくても、一つの魔法を複数の相手に同時に仕掛けるのは、魔力をそれだけ費やすことにより可能だ。
魔法を順番に効果を発揮するように重ねがけをすることも可能。
これは実際にディアンが分隊長を地獄に貶す際に使用している。
ただし、この場合は「効果持続」や「発動遅延」などの間接魔法も併せて使用しなければならない。
一方で複数の魔法を同時に操ることは、常人には不可能だ。
なぜなら、魔法の使用にはその瞬間に「精神の集中」を要するので、最初の魔法を発動させる前に、他の魔法に集中することはできない。
しかし魔王は並列思考を用いることによって、同時に複数の魔法を使用することをこともなげに実行した。
だから魔王の娘であるアリアウェットに、その才が備わっていたとしても、なんら不思議なことではない。
ところが突然のディアンからの質問に、アリアウェットも悩みだしてしまう。
そういえば何でだろ。
ここは私が説明しましょう。
お任せいたします。
するとアリアウェットの眼が、一瞬金色に光った。
「簡単な事です。同一の目標に対して複数の魔法を同時に唱えても、最も強力な魔法に上書きされてしまうからなのです。盗賊の時を思い出していただけますか? あの時、私共は『風刃』、『重力壁』、そして『磔刑』を唱えました」
ディアンは突然口調が変わったアリアウェットに驚くも、その高貴な圧力に押されるかのように黙って頷く。
「盗賊の頭目らしき男が、風刃に抵抗したように見えたのは、奴に向かって放った風刃が、磔刑に上書きされてしまっただけなのです。親衛隊長殿も、召喚魔法である磔刑にタイムラグが存在することは、既にお気づきでしょう?」
非常にわかりやすい説明だ。
ディアンは納得するも、一方で色々と引っかかる。
アリアウェットが発している高貴な圧力、そして彼を親衛隊長と呼んだこと。
彼は嫌な予感を抑えながら、次の質問を続けた。
「ところで、盗賊どもは風刃と重力壁だけで倒せたはずなのに、なぜわざわざ磔刑を唱えたんだ?」
するとアリアウェットのポニーテールがはらりと解けた。
「私がどうしても威力を試してみたかったのです、ディアン様」
ディアン様?
ディアンはアリアウェットの物言いに再び違和感を覚えた。
普段の彼女は、彼のことを先生と呼ぶ。
が、たまに親衛隊長殿とか、ディアン様などと呼ぶ。
その際に彼女が醸し出す雰囲気は雰囲気は、あるいは高貴であり、あるいは妖艶であり……。
ディアンは違和感をそのまま彼女にぶつけた。
「姫様、もしかしたら姫様の中に、他の誰かがいるのか? 例えば金色の瞳の方とか、銀の髪を躍らせる方とか?」
しかしアリアウェットにはディアンの質問が全く理解できなかった。
「いないよ! 私だけだよ!」
「いませんよ! わたくしだけですよ!」
「おりません! 私だけですが!」
アリアウェットは同時に三種の声色で喋ってみせた。
「器用だな」
あっけにとられてつい漏らしたディアンの感想にアリアウェットは
「そうかな?」
「そうかしら?」
「そう?」
再び三種同時の声がディアンに届く。
「わかったわかった、それじゃこの話題はお終い」
ディアンは話を打ち切り、そして一つの仮説をたてた。
並列思考は、魔王の話通りならば、複数の思考は全て一人の人格に基づいている。
しかし、先ほどのアリアウェットは、彼から見るかぎり、三人の個性を表した。
ただ、それは恐らく「多重人格」のようなものではない。
なぜならば表現の仕方が異なるだけで、彼女たちは同じことを言っている。
例えば並列思考に準じるならば、それは「並列意識」とでも表現するのだろうか。
今の彼には情報が足りない。
しかし彼のことを親衛隊長殿と呼ぶ彼女も、ディアン様と呼ぶ彼女もアリアウェットだと確認できた。
「ここはじっくり観察していくとするか」
ディアンは呟くと、アリアウェットに振り返った。
「それじゃ姫様、馬車を頼む」
そうしてディアンは馬車内に引っ込んだ。
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ジルの画像を、アリアのブレスレットから手持ちの道具にコピーするという大事な大事な仕事が。
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