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旅立ちの章
実験は順調
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ジルは、「最初にメインストリートを案内するね!」と、アリアウェットの手を引いていく。
アリアウェットも、ジルに手を引かれるがままに、様々なお店を覗いていった。
二人は水色と新緑色のワンピースをなびかせ、ステップを踏むかのように、軽やかに歩を進めていく。
さながら二人の妖精のように。
ステップに合わせて銀の髪がさらさらと流れ、赤の髪がふわふわと踊る。
何もかもが真逆な二人の少女は、だからこそ互いの可愛らしさを引き立て合う。
「ジル、今日はおめかししているな!」
雑貨屋の主人が宿屋の娘に挨拶代わりの声を二人に掛けてくる。
「お嬢さん、今日も来たんだね」
昨日アリアウェットにバザールを教えてくれた市場の主人も誘われるように二人に手を振ってくる。
ジルとアリアウェットは、まるで昔からの幼馴染かのごとく仲良く振る舞い、街を明るくした。
「あ、ここです。昨日兄様と見つけた店です!」
アリアウェットが指差したのは、昨日ディアンと見つけたケーキショップ。
「ここ、美味しいんだよ!」
どうやらジルもこの店を知っている模様。
二人は仲良く入店すると、テーブルスペースでそれぞれ選んだケーキと紅茶を頼んだ。
「アリアウェットさんたちってどこから来たの?」
「王城の市街からです、あ、私のことはアリアと呼んでください。ジルさん」
「わかった、なら、アリアも私のことジルって呼んでね」
「わかったわ、ジル」
二人は少女らしい他愛もない会話を楽しみ、それぞれのケーキと紅茶を楽しんだ。
お互いがお互いの素敵なところを見つけていく。
そんな楽しくて幸せなひととき。
あっという間に陽はオレンジ色に変化していく。
「ジル、今日はそろそろ帰りましょうか」
「そうねアリア、明日は私が大好きなお店を案内するわ」
アリアウェットはディアンに言いつけられたように、ジルの宿屋が忙しくなる前に、二人してちゃんと帰ってきた。
宿屋の主人もニコニコしながら二人の帰りを出迎えてくれる。
「あれ? 兄様は?」
アリアウェットはディアンの姿が見えないことに気がついた。
すると宿屋の主人が説明してくれる。
「お嬢様がお出かけになられた後に、用事があるといって出かけられましたよ。暗くなる前には戻るとおっしゃっていましたが」
そうしているうちに、二人を追いかけてきたようなタイミングで、ディアンも宿に帰ってきた。
彼はわざとらしく、並ぶ二人を後ろから包むように抱きかかえながら、ただいまの挨拶をして見せた。
実際に、彼は二人を追いかけていたのだ。
それは尾行ではあるが。
アリアウェットの空間把握能力も、彼女に向けて悪意や殺気を放たなければ、特にこのような雑踏ではそうそう引っ掛かることはない。
さらに念のためディアンは存在希薄の呪文も唱えている。
この魔法は擬態と同じような効果を持つが、擬態が視覚をごまかすのに対し、存在希薄は、認識をごまかす。
なので、街の人々は、ディアンの存在には気づいたとしても、彼がアリアウェットの兄とはまでは思いに至らない。
彼はアリアウェットとジルが通り過ぎた後の街の反応に聞き耳を立てていく。
「何だい、ずいぶん可愛らしい二人だねえ」
「娘の一人は宿屋のジルかい、見違えちまったよ」
「もう一人の娘さんは、ジルのところのお客さんだってよ」
「どこぞのお嬢様なんだろうなあ」
「街が華やかになっていいねえ」
こうした年配者達の和やかな会話に混じって、生々しい声も聞こえてくる。
「おい、あの娘、昨日から街に来ている子だろ」
「綺麗な子だなあ。俺、一目ぼれしちゃったかも」
「ジルのところの宿に泊まっているんだってよ」
「ああ、話だけでもしてみたいなあ」
「なあ、今度思い切って声を掛けてみないか」
よしよし。
ディアンは心の中で計画がつつがなく進行していることに満足する。
と、こんな声も聞こえてきた。
「俺はジルに惚れなおしちゃったよ」
あいつは焼いておくか。
ディアンは一瞬、声の主に対して炎嵐を唱えそうになってしまうも、何とか踏みとどまる。
とにもかくにも計画は順調。
明日にでも結果を確認できるかもしれないとディアンは満足しながら、ケーキショップから出てきた二人の後を追った。
ディアンはアリアへの建前だけの抱擁とジルへの下心たっぷりの抱擁で二人を迎えてから、宿の主人に向き直った。
「主、ちょっとよろしいですか? アリアウェットは先に部屋に戻っていなさい」
ディアンはアリアに沿う指示をすると、宿屋の主とともに、カウンターの後ろに消えてしまう。
アリアウェットは言いつけどおりに一旦部屋に戻った。
ディアンから主への依頼は、明日は朝から一日中、ジルにアリアウェットの相手をさせて欲しいというものだ。
主は破格なディアンの取引に驚きながらも礼を言う。
「それは構いませんが。でも、本当によろしいのですか? ジルにあんな仕立ての良い衣装を買っていただいた上に、明日の昼営業を貸し切りにしていただくなんて」
「いいんだ。妹の喜ぶ表情を堪能できるのだからな」
ディアンが本当に堪能しているのは、ジルの可愛らしさなのだが、父親の前でデレるのも恥ずかしいので、それは内緒にしておく。
さて、その日の夕食後。
給仕を終えたジルは父親に呼ばれた。
「なあに? 父ちゃん」
「ジル、明日はお客さん達の朝食の後片付けが終わったら、アリアウェットお嬢様と夕方までお付き合いしなさい」
父親はそう娘に命じながら、やさしいウインクを送る。
それは、明日の昼食の手伝いはしなくてもいいという合図だ。
「いいの?」
「ああ、ディアン様からのたっての依頼だ」
「わかった、お父さんありがとう!」
父親への敬称を露骨に変えながら、ジルは明日、とっておきの場所にアリアウェットを案内しようと決めた。
一方、部屋に戻ったディアンは机とセットになっている備え付けの椅子に腰かけると、アリアウェットに手招きをした。
「姫様、こちらにいらっしゃい」
「なんですか先生」
「手を出してごらんなさい」
アリアウェットが手のひらを差し出すと、ディアンはそこに銀貨を四枚乗せてやる。
「明日は朝食を終えたら、夕方までジルとお過ごしなさい。宿屋の主の了解は取り付けてあります。これは昼食代ですよ。姫様とジルで二枚ずつです。ジルにランチの美味しいお店でも教わってきなさいな」
アリアウェットは一瞬きょとんとした後、満面の笑みを浮かべてでディアンに抱きついた。
「ありがとう、先生!」
「無駄遣いをしてはいけませんよ」
その夜、アリアウェットは、楽しいはずに違いない明日を夢見ながらベッドに入った。
一つ目は眠りについた。
二つ目の意識は。親衛隊長殿は何を画策しているのかしらと危惧をする。
三つ目の意識はそれを受け、楽しそうですからと、コロコロと笑う。
その後まもなく、ディアンは部屋の明かりを消した。
アリアウェットも、ジルに手を引かれるがままに、様々なお店を覗いていった。
二人は水色と新緑色のワンピースをなびかせ、ステップを踏むかのように、軽やかに歩を進めていく。
さながら二人の妖精のように。
ステップに合わせて銀の髪がさらさらと流れ、赤の髪がふわふわと踊る。
何もかもが真逆な二人の少女は、だからこそ互いの可愛らしさを引き立て合う。
「ジル、今日はおめかししているな!」
雑貨屋の主人が宿屋の娘に挨拶代わりの声を二人に掛けてくる。
「お嬢さん、今日も来たんだね」
昨日アリアウェットにバザールを教えてくれた市場の主人も誘われるように二人に手を振ってくる。
ジルとアリアウェットは、まるで昔からの幼馴染かのごとく仲良く振る舞い、街を明るくした。
「あ、ここです。昨日兄様と見つけた店です!」
アリアウェットが指差したのは、昨日ディアンと見つけたケーキショップ。
「ここ、美味しいんだよ!」
どうやらジルもこの店を知っている模様。
二人は仲良く入店すると、テーブルスペースでそれぞれ選んだケーキと紅茶を頼んだ。
「アリアウェットさんたちってどこから来たの?」
「王城の市街からです、あ、私のことはアリアと呼んでください。ジルさん」
「わかった、なら、アリアも私のことジルって呼んでね」
「わかったわ、ジル」
二人は少女らしい他愛もない会話を楽しみ、それぞれのケーキと紅茶を楽しんだ。
お互いがお互いの素敵なところを見つけていく。
そんな楽しくて幸せなひととき。
あっという間に陽はオレンジ色に変化していく。
「ジル、今日はそろそろ帰りましょうか」
「そうねアリア、明日は私が大好きなお店を案内するわ」
アリアウェットはディアンに言いつけられたように、ジルの宿屋が忙しくなる前に、二人してちゃんと帰ってきた。
宿屋の主人もニコニコしながら二人の帰りを出迎えてくれる。
「あれ? 兄様は?」
アリアウェットはディアンの姿が見えないことに気がついた。
すると宿屋の主人が説明してくれる。
「お嬢様がお出かけになられた後に、用事があるといって出かけられましたよ。暗くなる前には戻るとおっしゃっていましたが」
そうしているうちに、二人を追いかけてきたようなタイミングで、ディアンも宿に帰ってきた。
彼はわざとらしく、並ぶ二人を後ろから包むように抱きかかえながら、ただいまの挨拶をして見せた。
実際に、彼は二人を追いかけていたのだ。
それは尾行ではあるが。
アリアウェットの空間把握能力も、彼女に向けて悪意や殺気を放たなければ、特にこのような雑踏ではそうそう引っ掛かることはない。
さらに念のためディアンは存在希薄の呪文も唱えている。
この魔法は擬態と同じような効果を持つが、擬態が視覚をごまかすのに対し、存在希薄は、認識をごまかす。
なので、街の人々は、ディアンの存在には気づいたとしても、彼がアリアウェットの兄とはまでは思いに至らない。
彼はアリアウェットとジルが通り過ぎた後の街の反応に聞き耳を立てていく。
「何だい、ずいぶん可愛らしい二人だねえ」
「娘の一人は宿屋のジルかい、見違えちまったよ」
「もう一人の娘さんは、ジルのところのお客さんだってよ」
「どこぞのお嬢様なんだろうなあ」
「街が華やかになっていいねえ」
こうした年配者達の和やかな会話に混じって、生々しい声も聞こえてくる。
「おい、あの娘、昨日から街に来ている子だろ」
「綺麗な子だなあ。俺、一目ぼれしちゃったかも」
「ジルのところの宿に泊まっているんだってよ」
「ああ、話だけでもしてみたいなあ」
「なあ、今度思い切って声を掛けてみないか」
よしよし。
ディアンは心の中で計画がつつがなく進行していることに満足する。
と、こんな声も聞こえてきた。
「俺はジルに惚れなおしちゃったよ」
あいつは焼いておくか。
ディアンは一瞬、声の主に対して炎嵐を唱えそうになってしまうも、何とか踏みとどまる。
とにもかくにも計画は順調。
明日にでも結果を確認できるかもしれないとディアンは満足しながら、ケーキショップから出てきた二人の後を追った。
ディアンはアリアへの建前だけの抱擁とジルへの下心たっぷりの抱擁で二人を迎えてから、宿の主人に向き直った。
「主、ちょっとよろしいですか? アリアウェットは先に部屋に戻っていなさい」
ディアンはアリアに沿う指示をすると、宿屋の主とともに、カウンターの後ろに消えてしまう。
アリアウェットは言いつけどおりに一旦部屋に戻った。
ディアンから主への依頼は、明日は朝から一日中、ジルにアリアウェットの相手をさせて欲しいというものだ。
主は破格なディアンの取引に驚きながらも礼を言う。
「それは構いませんが。でも、本当によろしいのですか? ジルにあんな仕立ての良い衣装を買っていただいた上に、明日の昼営業を貸し切りにしていただくなんて」
「いいんだ。妹の喜ぶ表情を堪能できるのだからな」
ディアンが本当に堪能しているのは、ジルの可愛らしさなのだが、父親の前でデレるのも恥ずかしいので、それは内緒にしておく。
さて、その日の夕食後。
給仕を終えたジルは父親に呼ばれた。
「なあに? 父ちゃん」
「ジル、明日はお客さん達の朝食の後片付けが終わったら、アリアウェットお嬢様と夕方までお付き合いしなさい」
父親はそう娘に命じながら、やさしいウインクを送る。
それは、明日の昼食の手伝いはしなくてもいいという合図だ。
「いいの?」
「ああ、ディアン様からのたっての依頼だ」
「わかった、お父さんありがとう!」
父親への敬称を露骨に変えながら、ジルは明日、とっておきの場所にアリアウェットを案内しようと決めた。
一方、部屋に戻ったディアンは机とセットになっている備え付けの椅子に腰かけると、アリアウェットに手招きをした。
「姫様、こちらにいらっしゃい」
「なんですか先生」
「手を出してごらんなさい」
アリアウェットが手のひらを差し出すと、ディアンはそこに銀貨を四枚乗せてやる。
「明日は朝食を終えたら、夕方までジルとお過ごしなさい。宿屋の主の了解は取り付けてあります。これは昼食代ですよ。姫様とジルで二枚ずつです。ジルにランチの美味しいお店でも教わってきなさいな」
アリアウェットは一瞬きょとんとした後、満面の笑みを浮かべてでディアンに抱きついた。
「ありがとう、先生!」
「無駄遣いをしてはいけませんよ」
その夜、アリアウェットは、楽しいはずに違いない明日を夢見ながらベッドに入った。
一つ目は眠りについた。
二つ目の意識は。親衛隊長殿は何を画策しているのかしらと危惧をする。
三つ目の意識はそれを受け、楽しそうですからと、コロコロと笑う。
その後まもなく、ディアンは部屋の明かりを消した。
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