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呪われた娘の章

つかのまの平穏

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 この国には、身寄りのない娘が就ける仕事などはほとんどない。

 僅かにある仕事とは、「春をひさぐ」ことだけ。
 男に身を委ね、わずかな対価を得ることだけなのだ。

 しかし彼女はそういった点のみでは幸運だった。
 王都では、各領地の地方貴族たちが、消えてしまった王城貴族の穴を埋めるために、次々と王都に招集されていった。
 ある者は息子を領地に残し、自身が登城した。
 ある者は自身が領地に残り、息子を登城させた。
 さらに地方貴族の娘たちは、新たな王の侍女として、城に集められた。

 そのため、新たに王城勤務を開始した屋敷では、侍女の人手が足りなくなってしまったのだ。
 アリアウェットはダグラス王が持たせてくれた紹介状のおかげで、彼に連なる地方貴族の屋敷で、アリスとして侍女の職を得ることができた。

 つかのま、彼女は幸せだった。
 彼女の主人は常に忙しく、ほとんど屋敷には戻らない。
 なので、戯れに夜伽よとぎを求められることもなかった。
 その結果、アリアウェットは生娘のままでいられた。

 彼女の奥様は地方から王城下に移ったことで、王都における文化の高さに舞いあがっていた。
 奥様は王都の商家めぐりに忙しく、アリスは王都の案内係として重宝された。
 その結果、アリアウェットが奥様からいじめられることもなかった。

 彼女の主な役目は、奥様の王都案内と、六歳になるお嬢様のお相手。
 彼女の目の前に、つい先日までの彼女と同じ年齢だった娘がいる。
 それはアリアウェットにとっては奇妙な感覚だった。
 お嬢様は彼女になつき、彼女はお嬢様と屈託なく戯れた。
 まるで同年代の友達のように。
 
 そうして季節が一つ過ぎた。

 ある日、彼女は仕事仲間の侍女を挟んで、護衛兵の一人に呼び出された。
 彼は彼女に屋敷の裏に来てくれないかという。

 彼女は彼を良く知っていた。
 屋敷の前で門を守る彼は凛としており、何の感情も感じさせない。
 でも、護衛兵の待機部屋から漏れ聞こえてくる笑い声の中心には、いつも彼の陽気な声が響いていた。
 彼女にいつも笑顔を向けてくれる彼。
 そんな彼女の中に、いつのまにか、彼に対するくすぐったい感情が生まれていた。

 彼女は精一杯身なりを整え、いそいそと屋敷の裏に回る。
 彼ならば危険なことはないだろう。
 そう自分に言い聞かせる彼女は自らの想像に頬を赤らめる。
 彼との危険なことをかすかに期待している自身の心に気がついて。 

 ここは屋敷の裏。
 彼はそこに立っていた。
 直立不動で立っていた。
 門を守るときと同様の、凛とした姿勢で。

 彼女は彼の元に走る。侍女服の裾を持ち上げ。
 彼女の中で、くすぐったいものがどんどん大きくなってゆく。
 彼女は息を切らせながら、彼の前に立つ。
 すると彼は、緊張した面持ちで、仮初かりそめの彼女の名を呼んだ。

「アリス」
「はい」

 彼女は素直に返事をする。
 顔が火照っているのを感じながら。
 彼は彼女の目を見つめ、改めて意を決したかの表情を浮かべ、ゆっくりと彼女に告白した。
 
「愛している」

 彼女は嬉しかった。
 ただただ、嬉しかった。
 涙がこぼれそうになる。
 しかしその直後、涙の意味は変わってしまう。

 次の瞬間、彼は砕け散った。
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