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呪われた娘の章

魔女の呪い

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 城下では、城から響いた笑いの主は、石の魔女であろうと既に噂が広まっていた。

「なんだと?」

 ダグラスは兵長の報告がにわかには信じられない。
 なぜならば彼自身もメデュエットの美しい死体を目にしているのだから。
 その後石の魔女はジロー殿が国王となった後に、彼の魔法によって、王都広場で灰も残らない程に焼き尽くされたはずなのだ。

「お前にも笑い声は聞こえたのか?」
 ダグラスにそう尋ねられた侍女は肩を震わせながら小さく頷いた。
「はい、私にも女性の笑い声は聞こえました。でも、どなたの笑い声かまでは分かりません、申し訳ございません」

 深々と頭を下げる侍女と、次の指示を待つ兵長の前でダグラスは考える。

 魔王が石の魔女を討伐したのは周知の事実。
 しかし相手は魔女なのだ。
 人ならざる何かが起きてもおかしくはない。

「魔女の復讐か?」

 ダグラス卿は兵士長に命令を下した。
「魔術師どもを呼べ! 大至急、城内の残存魔力に異常がないか計測させろ」

 続けてダグラスは侍女の身を案じてやる。
「アリスとか言ったな。お前にも実家はあるだろう。一旦そこに戻っているがいい」

 しかし彼女は返事ができない。
 なぜならこの城こそが彼女の家だから。

 彼女の表情から、ダグラス卿は勝手にこう察した。
 彼女の実家は、かつての魔王に粛清されたのだろうと。
 恐らくこの娘は後宮にいたのだ。
 その後後宮が解体された際に、身寄りのないこの娘はそのまま侍女として城詰しろづめとなったのだろう。
 
 ダグラスは侍女を憐憫れんびんの表情で一瞥いちべつすると、一言こう命じた。

「しばらくの間、王城からの外出は禁止する。その間はわしの命に従うように」
 その後、ダグラスは彼に仕える女官を一人呼び寄せると、アリスを紹介し、王城が落ち着くまでの王内の維持を命じた。 

 数日後にもう一人の有力貴族が王都に到着した。
 彼は南の砦を守護する、マルムス・サウス・ワールフラッド卿という。
 マルムスは前王妃の兄であり、その血縁だけで南の領地を与えられたのだ。
 
 現在地方に残されている有力貴族は、ダグラス卿とマルムス卿の二人だけとなっている。
 西の砦を任されていた貴族は、反逆者として魔王自らの手によって処刑されてしまっている。
 北の砦は、魔王が登場する前に、とある事情により前王と王子により滅ぼされている。

 つまり現時点で王位継承権を持つのはダグラスのイースト家とマルムスのサウス家しか残っていないのだ。
 そうした中、王の執務室に用意された席の一角で、マルムスはダグラスに王の地位を譲ると申し出た。

「賢明なるダグラス卿こそが、次の王としてワールフラッドを治めるべきとでしょう」
 ところが、王といっても王城には一人の武官も文官も残っておらず、王家の機能は麻痺しているのだ。 
 現在の王位には、厄介事が山積みなのである。

 しかし誰かが王を名乗らねばならないのだ。
 そうしなければこの国の根幹が崩れてしまう。

「やむを得ないか」
 ダグラスは小さくつぶやくと、目の前で厭らしい笑いを浮かべているマルムスを睨みつけた。

 しかしマルムスはダグラスの視線など気にしないかのようにこう続けたのだ。
「ダグラス卿が治めていた東の砦は、跡取りがないダグラス卿に代えて、我が愚息にでも引き継がせましょう」

 こうしてワールフラッド王国に、新たな王が立つことになった。

 その後アリアウェットは、アリスという偽名のまま、ダグラスから暇を出された。
 彼女は侍女の控室に置かれていた荷物をまとめ、出ていく準備をする。
 侍女の部屋にはかなりの銀貨が蓄えられており、しばらくの生活に不自由する心配はなさそうだ。
 当然のことながら、六歳のアリアウェットがそんなことを知るはずもない。
 これは誰か他者の記憶によるものだろう。
 
 最後に、荷物の奥底に彼女の母が彼女のために用意してくれた宝石箱を沈みこませた。
 宝石箱に残された形見を身につけたい気持ちはあった。
 しかし、それはあまりに目立ちすぎる。

 アリアウェットは、母の形見を身につけることもなく、一人王城を後にした。
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