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引っ込みがつかない

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 商人組合支配人のキュールと、風俗組合副支配人のツァーグは、玉のような汗を皮膚に浮かべながら、二人で雁首を揃え、ガキ二人の前で硬直していた。
 
 なんというガキどもだ。

 二人は痛感する。
 多分今が「精神的に身ぐるみを剥がれた」状態なのだろう。

 アージュの尋問は、それはそれは巧妙なものであった。
 とにかく「ごまかし」を許さない。
 しかも、会話に虚偽を混ぜると、なぜかクラウスから「あれ、おかしいなあ?」などと的確にツッコミが襲いかかってくる。
 
 結局彼ら二人は商人組合と風俗組合の詳細や、キュルビスの政治経済状況についてなどを洗いざらい喋らされたののだ。

「よっしゃ、ありがとよおっさんども」
「キュールさんもツァーグさんもありがとう。参考になったよ」
 金髪と黒髪が、悪魔を思わせるうす笑いを浮かべながら二人にぺこりと頭を下げた。
 
 当初の計画通り、アージュ達は「ナイとその弟達」ということで風俗組合が正規の組合員証と家族証を発行することになった。
 フントとベルについては、ナイが保証人となって「雇用者証」を風俗組合を通じて発行すれば、ナイの部下という立場で組合登録できるということだ。
 これで全員が実質的な身分証明証を得ることができる。

 これにはベルが「僕も家族証がいいなあ」と文句を言ったのだが、クラウスの「家族証にしちゃうと性別を記載しなきゃならないからさ。それじゃあ面白くないでしょ?」という耳打ちに納得した様子だ。
 
 結局ナイは風俗組合ではなく商人組合と「荒地周辺の警備業務請負契約」を結ぶことになった。
 業務内容は荒地の定期パトロールおよび異常発生時の速やかな報告であり、戦闘行為は含まれていない。
 対価は当初の取り決め通り一日二万リルとする。
 
 一方、アージュが持つ「パンプキンシェイク」のレシピは、その特許権パテントと共に風俗組合へ引き渡すことで合意。
 こちらは継続契約の形式を取り、パテント使用料は、既にアージュ達が引っ越した建物の家賃と相殺されることで決定。

 また、これとは別にアージュが使用している「ハンドミキサー」の複製品を、商人ギルドに所属する道具店にて委託制作し、風俗組合他に販売する形式とする。
 こちらのパテント使用料は、ナイを通じてアージュに販売額の5パーセントが支払われることで決まった。

 最後に骨粉肥料ボーンペレットだが、これについては商人組合がアージュ達住まいの敷地内に設置する食料箱に毎朝獣骨を荷車一台分届け、それに隣接させる乾燥場からハイエナハウンドたちが吐き出したボーンペレットを毎回全量引き取るという段取りとした。

 なお、泥棒対策として常時二頭のハイエナハウンドが敷地内でお留守番をすることも明示しておく。
 ボーンペレットの代金1回五千リルは警備料と併せてナイに支払われる。

 なお、同時にナイは商人組合に口座を作り、そこに代金を貯めておくことにする。
 口座管理手数料は三十日ごとの締日残高の0.1パーセントなので、収入に対しての手数料は大したことはない。
 それに、いくばくか貯まったところで小金貨や大金貨として引き出しておけば、かさ張ることもない。

 また、現在打ち合わせをしている風俗組合の事務所にある部屋の一つを、ナイの控室として風俗組合が無償貸与することも決まった。
 これはナイの戦力を風俗組合に取り込むという名目によるものだ。
 なので、今後アージュ達の町での活動は、風俗組合事務所が中心となる。

 部屋の管理はツァーグの指示により、リスペルに行わせることにする。
 この措置により、当初は「講義」の名目でアージュたちはツァーグとリスペルのところに出入りするつもりであったが、その必要はなくなった。

 まさにとんとん拍子。
 ガキどもの思惑通りにコトが進んでいく。
 アージュたちの恐ろしさを目の当たりにしているツァーグとリスペルにすれば、それでもこの戦力を身内に引き入れる魅力と引き換えならば惜しくはないと判断できる。

 しかし納得がいかないのは商人組合のキュールだ。
 そもそも、本当にこの娘とガキどもは強いのか?
 なのでキュールは、精いっぱいの虚勢を張ってみることにした。
 
「ところで、ツァーグやリスペルが言うには、ナイさんとアージュが化物を片付けたとのことですが、どうも私には信じられないのです」
 すると待ってましたとばかりにアージュが答えた。
 
「なら試してみるか?」

 こうなると売り言葉に買い言葉だ。
 商人組合とて、風俗組合には劣るものの、ヴァントを筆頭にそれなりの自衛戦力は抱えている。
 それにキュールも、こう見えても若いころは武装商人として他都市を荒らしまわったこともある、それなりに腕に覚えのある男なのだ。
 
「わかりました。それではヴァントを連れてきますから、少しお時間をいただけますか」
「おう、オレはその間に風俗組合にシェイクのレシピを教えておくよ」

 ということで、昼食終了と同時に、キュールは早足で一旦商人組合へと戻り、アージュ達はツァーグが事前に呼んでおいた、探索団の遺族たちが控える別室に移動した。

 アージュの料理教室が開催される。
 教えられている女年寄り子供の間には、感心するかのようなため息や驚きの声が上がった。
 
「いいかな、先にかぼちゃを半分のミルクにヘラでなじませてから、もう半分のミルクにハンドミキサーで溶かしこんでいくんだよ。この後に裏ごししてやれば、なめらかな口当たりになるからね」

「シナモンはほんのちょっとでいいんだ。入れ過ぎると渋みと苦みが出て台無しになるからね」

 遺族たちは順番にアージュのハンドミキサーを借りては、最初は恐る恐る、途中からは軽快にシェイクを混ぜていく。

「これは便利だね!」
「ツァーグさんが複製品を商人組合に発注してくれるそうだから、それまでは大変だけれど普通のミキサーを使ってください」

 猫を被ったアージュに名指しされたツァーグは慌てて頷くと、場を取り繕うかのように完成したシェイクを味見してみる。
 
「もう少し冷やせば完璧だな。ならば、冷却の石を風俗組合から貸し出すとするか」
 すると遺族たちから歓声が上がる。
 どうやらこの辺りでは冷却の石はそれなりに高価らしい。
 
 これは予想以上に売れるかもしれませんね。
 
 ツァーグは味見の結果に満足しながら、少年言葉で遺族たちに愛想を振りまくアージュにこっそりと視線を送った。
 多分このガキは他にも色々と知識があるだろう。
 ならばそれを存分に利用させてもらうとしよう。
 
 そのように思考していくこと自体が、既にアージュとクラウスの術中に落ちているのにも気づかないままに。
 
 さて、シェイク講座がひと段落したところで、商人組合からキュールが戻ってきた。
 キュールはやる気満々の表情で半革鎧ハーフレザーアーマー小剣ショートソードを装備している。
 他方ヴァントは訳がわからんといった面持ちで、半金属鎧ハーフプレートメイルに愛用の戦斧バトルアックスを抱えてきた。
 何故かその後ろには眼鏡っ娘フリーレがついてきている。
 
「おっ」
「へえ」

 アージュとクラウスは気づいた。
 フリーレがリスペルに小さく手を振り、リスペルもそれに対し、周りにばれないようにそっと手を挙げて答えたことにだ。
 
「ふーん」
 その仕草にアージュが何かを思いついた。
「ねえアージュ」
 クラウスも何かを思いついたらしい。
 続けて二人でごにょごにょのやり始めた。
 最後に二人は、いいおもちゃを見つけたとばかりに悪魔の笑みを揃えた。
 その瞬間にフリーレとリスペルの背筋に思わぬ悪寒が走ったことは言うまでもない。
 
 さて、ガキどものそんな様子には気付かず、キュールは胸を張った。
 主にナイの前で。
 
「それで、皆さんの腕前を試させていただきますよ。けがをしたら治療して差し上げますからね」

 ということで、キュールのおっさんは巻き込まれたヴァントのおっさんと共に、アージュたちに喧嘩を売ったのだ。
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