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ローション?

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 昼前に商人組合をマジカルホースにまたがり出発した三人は、速歩トロットで安全を確認しながら町を抜け、街道に出てからは襲歩ギャロップで飛ばしていく。
 
 マジカルホースは簡易人形イージーゴーレムの一種であり、乗り手の意思によって動作するが、その動作体系はシンプルであり、馬術のような繊細な動きを求めることができないので、実は余り使い勝手はよくない。
 その一方で、単純に速く走ることについては疲れを知らない分、馬よりも優れている。

 畑を抜け、草原を抜け、荒野に向かっていく。
 おおよそ二時間ほどで、三人は目的地である土色カーキの大きなテントを発見した。

「あれだな」
 アージュの指示で三人はマジカルホースの速度を落とすと、ゆっくりとテントに近づいていく。
 すると、まず三人の目に入ったのは、テントの裏で樽に腰掛け、空を眺めている小さな存在だった。
 
「こんにちはー」
 ゆっくりと近づいたアージュがその存在に声をかけると、びくりとしたそれは、そそくさと樽の陰に隠れ、そこから三人の様子を恐る恐る覗き込んでいる。
 
 その姿に三人は強烈な違和感を感じた。
 
 アージュが感じた違和感は、彼が声をかけるまで三人に気付かなかった無防備さ。
 クラウスが感じた違和感は、その右足に結ばれた鎖と、反対側に結ばれた杭。
 ナイが感じた違和感は、その存在そのもの。
 
 その存在はワンピースを纏った少女であった。
 
 すると、テントの中から一人の小男が顔を出した。
「商人組合からの定期便か?」
 小男は樽の陰に少女など存在しないかのような様子で三人に確認を入れる。
「ええ、荷物をお届けに上がりました」
 ナイはそう返事をすると、マジカルホースから降り、小男に明細と受領書を渡す。
 
「念のため明細と中身の照合をさせてもらうぞ」
 小男はそういうと、三人に荷物をテント前まで持ってくるように指示を出し、中身と目録のチェックを始めた。
 
 荷物のほとんどは、食料品と酒、それにいくばくかの日用品。
 小男は手際よく荷物をチェックしていくが、ある品物のところで手を止めると、それを眺めながらにやりと笑った。
「おう、これがなきゃ始まらないぜ。まったくこんな大事なもんを切らしちまいそうになるとは、俺もヤキが回ったもんだ」

 男が手にしていたのは、潤滑剤ローションと書かれた瓶。
 
「なんだあれ?」
「なんだろ?」

 それはアージュとクラウスにとって初めて見る代物。
 当然ナイにとっても未知の品。
 
 するとそんな様子に気付いたのか、小男は下卑げひた笑みを浮かべながら、三人に聞いてくる。
 
「お前らも試してみるかい?」

 何を言われたのかわからず、ぽかんとしている三人の表情に満足したかのように、にやにやしながら男は続けた。
 
「冗談だ。商人組合の使いに手を出しゃしねえよ。それじゃあ受領書と次回の発注書だ。また明日も頼むぞ」
「はい、ありがとうございます」

 ナイは受領書を男から受け取ると、アージュとクラウスを伴って再びテントの裏に回る。
「ナイねーちゃん、ハイエナハウンドの気配は感じるか?」
 アージュの小声に、ナイは小さく首を横に振って答える。
「ここでは感じないわ」
「まだ初日だしね。これからこれから」
 クラウスはそういうと、再びマジカルホースに跨った。
 それに合わせ、アージュとナイもマジカルホースに跨る。
 すると背後から小男の気配が再び近づいてきた。
 
 しかし小男の目的は三人ではなかった。
 
「そら、ローションが来たからな。とりあえず俺からだ」

 小男はそう言いながら、樽の裏に隠れていた、鎖でつながれた少女の元に向かったのだ。
 その後、テントから立ち去ろうとする三人の耳に、少女の悲鳴のような、嗚咽のような声がかすかに響いてきた。

「ねえアージュ……」
「とりあえず無視だ」
 アージュは何かを言いたそうなクラウスの言葉を遮ると、そのままマジカルホースを走らせた。
 
 日が暮れる前には、三人は商人組合に戻ってきた。
 キュールに受領書と次回の発注書を渡すと、それと引き換えに三千リルをナイに支払ってくれる。
 
 そこでまずはクラウスが口を開いた。
「ねえキュールさん、テントの裏に女の子がつながれていたけれど、あれってなんなの?」

 するとキュールは、一瞬驚いたような表情となった後、苦虫をかみつぶしたような表情で、つい呟いてしまった。
 
「ちっ、よりによってパド一派が出向いたのか」
「パド一派?」

 ナイの繰り返しにキュールは慌てたように首を左右を振り、作り笑いを見せる。
 
「何でもありません。皆さんが気になさることはありませんよ」
 しかし続くアージュの問いに、表情をこわばらせた。
 
「あのガキ、おっさんどもの性欲処理に連れていかれたんだろ?」 
「君たちには関係のないことだ。さあ、明日も早いだろう。家に帰りたまえ!」

 三人はキュールに追っ払われるように商人組合を出ると、なんとなくざらつく気持ちのまま、市場で売れ残った格安食材を購入し、アパートメントに戻っていった。
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