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高貴なお嬢さんだってさ

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 三人は通行の邪魔にならないように、先頭をアージュ、次にナイ、最後にクラウスと一列になって、まずは中央市場を目指した。
 これはお仕事のネタ探しのため。

 市場に出店されている露店はきちんと区画割りが成されている。
 露店は敷物一枚に特定の野菜を並べただけの簡素な店から、一区画にすっぽり収まるワゴンでの総菜や加工品の販売を行っている店、さらには複数の区画を占有して様々な食材を並べている店などがある。
 それらは、ある程度は店舗の形態を統一しつつも、商品の性質に沿って様々な陳列ができるように設営している様子だ。

 三人はひとしきり中央市場をぐるりと巡り、商品の種類や価格を確認すると、次にお仕事紹介所を目指した。
 
「おう、坊主たち。今日はどうした?」
 気さくに声をかけてきたのは、昨日掲示板の前で二人に小遣銭を握らせたおっさん。
 ここでガキどもの小芝居が始まる。

「昨日食べたおやつが美味しくてさ、今日はお姉ちゃんに買ってもらおうと思って一緒に来ちゃった」
 同時に後ろからクラウスに尻を突っつかれたナイが、打ち合わせ通りおっさんに向かって小さく会釈する。
 
「お、おう。そりゃよかった。まあじっくりと選んでいけ」
 さすが見た目はきれいなねーちゃんのナイ。
 おっさんの視線も釘付けだ。

 一方でアージュとクラウスにはおっさんの表現が引っ掛かった。
 選んでいけ?

 すかさずクラウスが続ける。
「おじさんはお店の人なの?」
「そうだ。普段はここで掲示板の案内をやっているのさ」

 いいことを聞いた。
 これはコネにしておく必要がある。

「僕はクラウス、前の金髪は弟のアージュ、それにナイねーちゃん。よろしくね」
 などという、見た目無邪気な少年のあいさつにおっさんもつられる。
「おう、俺はキュルビス商人組合の案内人をやっているヴァントだ。よろしくな」

 商人組合?
 これは追加情報ゲットのチャンス。
 すかさずアージュも動く。

「ヴァントさん、ここって商人組合なの?」
 するとヴァントという大男は、ナイの前で「ええカッコしい」でも意識したのか、アージュが聞いてもいないことも教えてくれた。

「ああそうだ。一階がお仕事紹介所と各種売店、二階が露店申請所、三階が金融所と事務所になっている」

 よっしゃ。
 これで商人組合を探す手間が省けると同時に、身元ばれの危険性リスクも減らせることができる。

 なぜなら、商人組合のことを色々と聞いて回ることによって、質問された側は、このガキどもは商店組合に用事がある、つまりはそれなりの金を持っていると邪推されてしまうだろうからだ。
 聞き込み回数は少ない方がいい。
 
 すると、おっさんの自己紹介はどうでもいいとばかりに、掲示板を興味深そうに見つめているナイにヴァントが気づいた。

「ナイさんといったかな? お仕事をお探しかい?」
 そんなことがナイにわかるはずもない。
 
 なので、ナイはここもアージュから事前に指示されたとおりに演技をする。
 それは対応に困ったときの仕草だ。

 それは相手の目に一瞬だけ目線を合わせた後、無言で軽く微笑みを浮かべるというもの。
 これなら肯定も否定もせずに時間稼ぎができる。
 そこにすかさずアージュとクラウスがフォローを入れればいいのだ。
 
「姉ちゃんは露店に興味があるみたいなんだ!」
「そうそう、ボクたちも一緒にやるんだよ!」

 そう続けると、二人はヴァントのおっさんに礼を言うと、ナイを店内に引っ張っていってしまった。
 最後にもう一度ヴァントに会釈するナイ。
 同時に若草の香りがふわりとヴァントの鼻孔びこうをくすぐっていく。
 
 ……。
 
 残されたヴァントは、心地よいながらも、己の野性を無性にき立てる香りに囚われながら想った。
「あの高貴なお嬢さんは、いったいどちらからお見えになったのだろう?」

 ヴァントは、ナイが昨日まで薄汚い格好でカマキリ女をやりながら人間を食ってましたなんて、毛の先ほども思わなかった。
 そう、ヴァントはガキ二人の偽装とナイの香りに見事騙されたのである。

「あら、このかぼちゃは美味しいわ」

 昨日アージュとクラウスが試したかぼちゃスティックを幸せそうにカリカリやっているナイを横目に、アージュとクラウスはいつものように丸テーブルから店内の様子を窺っている。
 
 入って右手には売店。
 左手には露店でも見かけたワゴンの骨組みが何台か並んでいる。
 中央のホールにはテーブルが何台か備えられており、その奥にはカウンターがある。
 カウンターの右には店外に設置されたのと同様の掲示板が設置され、左には二階へ上がる階段が設けられている。

 まず動いたのはアージュ。
 カウンター右の掲示板近くまでちょこちょこと移動し、何人かのおっさんが掲示板の前で何やらごそごそ言いあっている下から、掲示板を眺めてみる。
 
 北街路石畳設置工事元請 一式五十万リル 工期二週間まで
 南の荒野魔物調査護衛 一日五万リル 賃金は生還時のみ支払い
 東洞窟のジャイアントフルーツバット討伐 一体十万リル 要頭部 他の部位は別途査定の上買い取り
 
 どうやら外の看板よりも難易度が高い仕事がこちらに掲示されているらしい。

 アージュは一旦席に戻ると、クラウスと掲示板の内容を共有しておく。

「今のボクたちだと受注は難しいね」
「そうだな。ガキの分際で工事の元請や護衛なんかあり得ねえし、討伐もさすがに不自然だもんな」
「それじゃあ地道に商売するしかないね」
「まあ、当分はな」

 ちらりとワゴンに目線を送ったクラウスに同意するように頷くと、アージュは袋に残ったかぼちゃスティックを一本ぽりぽりとかじった。
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