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トラブル発見

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「なんだあれ?」
「なんだろ?」

 砂煙さえんが沸き立つ方向へと用心深くマジカルホースを進めていきながら、アージュとクラウスはその先で起きている状況について、互いに問答しあう。
 
 アージュとクラウスは砂埃すなぼこりの中心で何か争いが起きていると予想していた。
 なぜなら、近づくにつれて怒号や悲鳴が耳に届いてきたからだ。
 それらが全ておっさんやにーちゃんのものらしいことから、二人は対立する二つの勢力が争っていると踏んだ。
 
 争いあう二勢力に出会ったときはどうするべきかについて、アージュとクラウスはエリスから既に学んでいた。

「目の前で二つの軍勢が戦っています。さあどうする?」

 アージュは答えた。
「劣勢な方に加担すればリターンがでかい」

 クラウスは答えた。
「優勢な方に加担すればリスクが少ない」

 ところが師匠のエリスは二人の回答を鼻で笑いながら、模範回答を提示した。
 
「共倒れを誘って両方の身ぐるみを剥ぐのよ」
 そう、一見いちげんさんである両勢力のどちらかにわざわざ加勢する必要はないのだ。

 最小のリスクで最大のリターンを求めよ。
 目指せ火事場泥棒。
 これがエリスの教えである。
 
 なのでアージュもクラウスもそれを実践すべく、争いの場に注意深く近寄ちかよっていったのだ。
 主にクラウスの魔法で場を混乱させ、戦場を離脱しようとする敗残兵を片っ端からアージュが狩るために。
 
 ところが、彼らの目に映る光景は予想とはちょっと異なっていた。
 
「ねえアージュ、こういう時はどうするのかな?」
「うーん。これだけアンバランスな事例は学んでねえぜ」

 二人の目線の先では、剣や槍などの武具を装備した十数人の集団に対し、遠目に見てもみずぼらしいとはっきりわかる粗末な布一枚だけをまとった、素足の少女がたった一人で対峙していたのである。

「すげえな、あのアマ」
 アージュは素直に感嘆している。

 少女はどうやら二刀流らしく、両腕から不自然に伸びる切っ先を左右自在に操り、彼女に襲い掛かろうとする兵士たちを威嚇している。

 一方で兵士たちも、数人の犠牲を出した後に頭目らしき後方の男が発する指示に従い、数人が同時に少女と距離を詰めていく。
 
「へえ、汚い身なりだけれど、結構可愛らしい子だね。若草色の髪とか緑の大きな瞳とかさ」
「何見てんだクラウス」
「女性がいたら、まずは褒める材料を探すために徹底的に観察しなさいって、マルゲリータさんが教えてくれたじゃないか」
 しかしアージュは全く興味を示さない。
「忘れた」
 この辺りが、アージュとクラウスの得意不得意の一つの目安となっている。

「とりあえず人数の多い方が金を持っていそうだし、あっちから片づけるか」
「そだね。少女は生け捕りにしてお風呂に沈めてもいいしね。でもその前に売っぱらい先を探さなきゃならないかあ」

 ちなみに二人が育った街に奴隷商人はいなかったが、給金前払いで風呂屋が女性を身受けすることは普通にある。

 などと楽しそうに会話を交えた無邪気な8歳と9歳は、それぞれの装備を改めて点検した後、まるで呼吸を合わせるかのように、二人同時に舌なめずりをした。

「なんだこれは!」
「うわあ!」
 突如兵士たちが何かに足を取られたように、その進軍を停滞させる。
「ちっ、あの娘は魔術も使うのか!」
 足元の大地が突然ぬかるみと化し、足を取られた兵達は、急停止した馬車に積まれた荷物のように、前方に勢いよく押し崩されていく。
 
 その直後に、突然兵士たちの頭上から複数の細い閃光が彼らに襲い掛かる。
 
「ぎゃっ!」

 兵士たちは斉唱ユニゾンを奏でるかのように、同時に悲鳴を上げ、その場にバタバタと倒れていく。

「なんだこれは、もしや電撃の魔法か?」
 かろうじて意識をつないだ頭目らしいおっさん他数名の兵士たちも、今度は目の前から襲い掛かる金色の閃光から放たれた衝撃により、等しく意識を刈り取られてしまった。

 それを目の当たりにした若草色の少女は心底びびった。
 
 目の前で対峙していた男どもが突然悲鳴をあげた直後に、自身にも撃ち込まれた魔法のやばさを直感的に感じ取った少女は、とっさに倒れこんで死んだふりをする。

 そんな彼女を後回しとばかりに、目の前で嬉々としながら、気を失った兵士たちから金目のモノを剥ぎ取りつつ、ご丁寧にも一人一人のズボンと下着を脱がし、下半身を裸にしていく少年二人。
 
「すげえなクラウス、こいつら金持ちだぜ」
「貨幣価値を早いところ調べなきゃね!」

 金髪おかっぱの少年と黒髪ロングの少年が、大人の身ぐるみを二人で競い合うように剥いでいっている。

 少女は困ってしまう。
 
 つい先ほどまでは、縄張りを通りかかった人間を狩ったうえで保存食にするつもりだったのに、いきなりそれを邪魔されてしまった。
 それも一瞬のうちに。
 
 少女は理解していた。
 兵士たちは多分中級地形魔法である「泥召喚サモンマッド」より足を取られ、そこに中級電撃魔法である「雷雨ライトニングシャワー」を食らったのだ。
 電撃の魔法は泥の水分を介して大地に広がっていく。
 これがほとんどの兵士の意識を刈り取ってしまった理由であろう。
 
 その後、金髪の少年が手にはめていた拳具ナックルが、かろうじて意識を残した兵士たちを容赦なく打ち抜き、意識を刈り取っていったのも、死んだふりをしながら薄く開けていた視界に残像が残っている。
 しかしそんなことは些細なことだ。
 
 少女にとっての最大の問題、それは先ほど彼ら二人ののどちらかに撃ち込まれた魔法である。
 それは何らダメージを彼女に与えることはなかった。
 しかしそれは確かに彼女の守りを、薄絹一枚まで剥ぎ取るような感覚をもたらした。

 少女は直感した。
 そして恐怖した。

 今の自分自身はまさしく赤子に等しいのであると。
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